「幼馴染に裏切られたので偶然出会った美少女と同棲します!」…とか、思ってるんだろな。
幼馴染ざまぁの逆張りかつ救いがない的ストーリーです。ご注意ください。
久しぶり。
そう言ってマコはばつが悪そうに笑った。
しばらくぶりに見る顔は少し疲れていて、前のようなはつらつとした雰囲気はない。せっかくのかわいい顔が台無しだが、俺が気にしてもしょうがないだろう。だいたい、どんな用事でここに来たっていうんだ。
俺は隣に座るカナを抱きよせた。マコと俺の仲が良かったといってもそれは過去の話で、今やまったくの他人。俺の横にいるのは、俺を必要としてくれるのは、カナしかいない。
「シューイチくん大丈夫? 無理しないでね」
カナの声音は柔かい。優しい子だ。いつでも俺に笑顔を向けてくれる。それに比べて目の前にいるマコの表情は冴えなかった。
「その子が……カナ?」
「そう」
カナはかわいらしい笑顔で挨拶をした。
「シューイチくんの彼女のカナです。彼のことはぜんぶ、私に任せてくださいね」
マコはなにも言わなかった。せめて会釈ぐらいすればいいのにそれもない。本当に、何しにきたんだろう。マコとの関係は終わった。まさかよりを戻したいとか言わないよな。俺を手ひどく裏切ったくせに。内心腹立たしい。でもそれを口に出しはしなかった。
気まずい空気が流れる。マコはなにか言おうとしたが結局言葉にすることはなかった。それが余計に俺をイライラさせる。しばらくするとマコが席を立つ。
「また、来るね」
わざわざ会いに来たくせに会話らしい会話はなくて、ただ重たい空気を吸っただけ。俺は膝の上でこぶしを握った。
「……来なくていい」
俺の言葉にマコは悲しそうな顔をした。
「結婚するんだろ。如月って人と」
図星だったのか、マコはきつく唇をかんで部屋から出ていく。あとに残された俺とカナは、顔を見合わせて笑った。たぶん、笑った。そう思う。
◆◆◆
【302号室置きノートの記述1】
今のうちにノートに書き記そうと思う。
マコは幼馴染の女の子だ。小さい頃からずっと一緒だった。だから、裏切られるなんて思わなかった。お互いに憎からず想っていたはずだったのに、どこで道を違えてしまったんだろう。
そりゃあ、俺は冴えない見た目だし、目立つ才能もない。唯一他人に羨ましがられたのは、仲がいいマコがとびっきりかわいかったことくらいだ。
マコは本当にかわいかった。ずっと一緒にいたから普段は意識することもなかったけど、高校に通っていたある日、ふと見た横顔がとてもキレイで、知らない人のようだった。からかおうとしたのに緊張してうまく口が回らなかったことを覚えている。
でもマコはそれだけじゃない。前向きで、頑張り屋で、優しくて、たまにおっちょこちょいで、見た目がどうとかじゃなくても、かわいいんだよ。友だちに囲まれて笑う姿を見ると、なぜか俺が誇らしかった。
小さい頃、俺らずっと一緒にいたよな。どっちかの親がいない時はお互いの家に泊まったし、どっちかが泣かされるようなことがあれば、上級生だろうが仕返しにいった。ふたりして迷子になって、手を繋いでベソかいたこともあった。懐かしいよな。
……いつまでもそんな関係でいられると思ったんだけどな。それはどうやら無理だったみたいで。
マコは俺を裏切ったんだ。
俺たちは恋人同士だったのに、マコはあろうことか二股をかけていたんだ。信じていたのに。
悲しかった俺は途方にくれ、さまよった。そんな時に出会ったのがカナだった。
◆◆◆
駐車場に停めてある一台の車。その助手席のドアが静かに開き、滑るようにひとりの女性が乗り込む。
「見舞い、どうだった」
「……あいかわらずだった」
運転席に座っているのは若い男だった。身なりはよく、パリッとしたシャツからは良い香りがする。
「彼にとってはそれが幸せなのかも。なにが現実かわからないなら、自分の信じたいようにするのがいちばんさ」
男はふんと鼻で笑った。その瞬間、マコの目がすっと細められた。わずかながら怒りが孕んだ瞳を見て、男が慌ててとり繕う。
「ごめん、そう睨まないで」
悪かったよ、といって男は小さく笑った。
二人を乗せた車はなめらかに動き出し、駐車場をあとにした。流れる景色を眺めながら、マコはこっそり息を吐く。病院のあった方角を探し、それから隣でハンドルを握る男を見た。
来月、マコはこの男と結婚をする。
自分の意志で彼のプロポーズを受け入れた。
「このままドレスの下見に向かうよ。途中、コンビニとか寄らないでいい?」
「うん。大丈夫」
マコの表情は浮かない。
車窓の向こう側では雨粒が落ち始めてきた。灰色の世界。せめて現実をシャットアウトしたくて、マコは目をつぶる。なにもかも夢だったらいいのに。そう考えるのは何度となるかわからない。
◆◆◆
【302号室置きノートの記述2】
カナはマコがかすむほどの美少女で、スタイルも抜群だ。正直目のやり場に困る。カナと出会ってすぐに趣味が同じだということを知り、あっという間に打ち解けた。同じ高校の生徒なのに彼女の存在は知らなくて……ああ、そうか。マコが邪魔してたんだ。俺がカナに惚れないように、情報を制限していたんだ。マコは俺を恐ろしいくらいに束縛していたから。なにか気に入らない事があったらすぐに文句を言って、暴力をふるうんだ。俺が頭に包帯を巻いていたのはそのせいだ。職場がどうのこうの、うるさくてたまらない。辞めるとか辞めないとか、そんな問題じゃないんだよ。大人なんだから。
それに比べて、カナは天使だった。確かゲームが得意なんだ。そう、そうだ。俺がやっているゲームを彼女もしていて、それで……
思考がもつれる。
俺はせまいアパートを飛び出して、カナのいる広い家に引っ越した。そうした方がいいって言われたんだ。どこも清潔で、扉がいっぱいあって、他にも人がいる。カナもいる。いや、カナしかいない。広い家にはカナと二人きりなんだ。それで時々誰かが訪ねてきては色々と質問をして去っていく。似たような質問を毎度される。うんざりだ。いつまでここにいるんだ。
だけどカナと一緒にいるからなにも問題はない。美少女が、俺のことを心の底から慕ってくれている。いつも俺がほしい言葉をかけてくれる。マコみたいに笑って、マコみたいにしゃべってくれる。
そう言えば、誰かがマコが来るとか言っていた。今更なんの用だろう。俺は用なんてないのに。まさか、俺と寄りを戻したいとか言うつもりだろうか。無理だろう。無理だよ。カナがいるんだ。カナが、マコとしゃべっちゃダメって目で訴えるんだ。ごめん。もう遅いんだよ。
……遅い? うん、遅い。
俺たちはもう無理なんだ。
やっぱり考えがまとまらない。
ごめん。ごめんね。ごめん。ごめんマコ。
おまえがいなくても、おれは大丈夫だから。
(以下、ノートの至るところに「ごめん」「マコ」の文字が綴られている。しかしマコという字は二重線を引かれ、その上にカナと書き直してある箇所もある)
◆◆◆
雨が降っている。
ああ、あの日の夢だとマコは思った。薄暗い雲が空を覆い、冷たい大粒の雨が容赦なくふりそそいでいる。まだマコとシューイチの関係が良好で、世界から希望が消え去った日だった。
スーツ姿のシューイチが傘もささずに雨に打たれている。歩道橋の上。世界は灰色。まわりの人間は亡霊のようにかすんだ姿をしている。希望と夢を抱いて社会へ出たのに、いつのまにか彼は負の歯車に巻き込まれていた。対人関係や慣れない業務でシューイチの身体は確実におかしくなっていた。ミスをして叱咤され、謝罪や補填などで精神ががりがりと削られていく。労働時間は日ごとに増え、だんだんと食事もおろそかになっていった。
そんなぼろぼろのシューイチをマコが放っておけるわけがない。
休日だからとシューイチの家を訪れたのに、家の中はからっぽだった。心配でいてもたってもおられず、あちこち探して回った。ようやく見つけたシューイチは歩道橋のまん中にいた。ずぶ濡れで幽鬼のように佇んでいた。
「シューイチ」
「……俺、ダメだ。なんにもできない。なんでこんなにできないんだろう」
彼は泣いていた。強がりで、世話焼きで、弱みなんか簡単にみせないシューイチが、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。マコにはそれがツラくて、苦しくて、真似たいわけじゃないのにぼろぼろと涙がでてくる。だからシューイチの手を引いた。道を違わないように。怖いものから守るように。
「……ごめん、マコ。ごめん」
「いいよ」
簡単に買い物してからシューイチのアパートへ向かった。彼に父親はおらず、母親は彼が社会人になったのを見計らって再婚し、今は遠く離れたところで暮らしていた。母親に心配かけられないと言って強がるシューイチを、マコはいつも気にかけていた。
アパートの階段をのぼりながら、シューイチはマコが自分同様ぐっしょり濡れていることに気付いた。服は肌にはりつき、寒さのせいか唇に血の気がない。
「……マコこそ大丈夫かよ。なんで、ここまで」
「わたしたち、幼馴染じゃん」
マコの本心に、わずかながらシューイチがほほ笑んだ。そして二人の歯車がここで壊れた。雨がいけなかったのか、不注意がいけなかったのか。階段で足を滑らせたマコは傾く視界と崩れる重心を感じた。スローモーションで動く景色。せまい鉄製の階段とシューイチ。買い物袋の白。世界は灰色。
ぐっと手を掴まれた。一瞬体が浮上するものの、落下自体はまぬがれなかった。途中で体が入れ替わる。頭や体を強く殴打しながら上から下へ転げていった。がんがんする痛みに目がかすんだけれど、そこで見たものはマコをかばうように下敷きになったシューイチだった。意識がない。目を開けない。マコを守るように抱いた腕が動かない。追い打ちをかけるように強い雨がふたりに降り注いだ。
──そこで悪夢から目が覚める。全身に冷たい汗をかいていた。式場のすぐ近くまで来ていた。
◆◆◆
華やかな披露宴にたくさんの人々が集まり、新郎新婦に祝いの言葉をかけていた。美男美女のウエディング姿はことさら美しく、見た人の心をくすぐる。特にブーケを持つ花嫁の姿は目を惹く。新郎も鼻が高いだろう。ほほ笑むふたりに自然と拍手が巻き起こった。周囲には相思相愛のように見えているのだろう。
会場から少し離れた場所で数人が談笑していた。
「ねえ知ってる? 如月くんって花嫁さんのことずっと好きだったんだって。でもなかなか振り向いてくれなくて。で、ある日花嫁さんの友だちが事故で頭を打って、現実と妄想の区別がつかなくなっちゃたの。ずっと入院で社会復帰できないレベル。花嫁さんかなりショックを受けて……それ見て如月くんがその人の支援を決めたの。その優しさに花嫁さんが感激してお付き合いが始まったらしいよ」
「えー純愛じゃん。でも支援って……入院費用出してるってこと?」
「まあ如月くんのとこお金持ちだし、病人ひとり面倒見るくらいどうとでもなるんでしょ」
「あーあ、いちばんの狙い目だったのにな、如月くん。やっぱ才色兼備の美人にはかなわないよね」
くすくすと小さな笑い声が重なる。
その時、会場の空に風船が舞いあがった。どこまでも青い空に、ピンクやブルーなどのカラフルな風船が無邪気にただよう。
◆◆◆
【302号室置きノートの記述3】
いつかの記憶。
枕元で聞こえてきた会話。
覚えのある限り書き記すが意味はわからない。
「×××を助けてあげようか」
「×××のお母さんも慎ましやかな生活を送っているだろうし、×××だって全てを負担するのは無理だろう?」
「×××らが夫婦になれば、共有の財産からその費用を出していいんだよ。×××のであり×××のお金にもなるわけだからね」
「期限は三日にしようかな。大事な のために、よく考えるといいよ」