エルとヴァ Day1
――1年前の雨の日の夜。
ミアに連れてこられて、ミアの屋敷に……来たの。わたし。
だけれど、あの方をなくした悲しみが――心を支配され――すべて満たされてしまって……。
ミアに何を言われても「ほっといて」としか言えずにいたの。
「……ぇ! ……いて……!? 何が……か……」
すぐ、そばにいる私に、何かを話しかけてくれているの……。
「……丈……な……の?」
――ミアの言葉が、耳に残らず、通り過ぎていくの。
死にたい。
……連れていって欲しかったの、わたし。
「……アリエル」
あの日。
……そればかりを思っていた。
ピピピピ――ピピピピ――ピピピピ……。
あ……さ、……か。
時計を見ると6時30分。
目覚ましを止める。わたし。
「ふっ……うぅん……!」
……さむい。
もうちょっとだけ……お布団とぬくぬくしたいの……。
けれど、起きなきゃ……。
まだ眠い……けど、寝床台から這い出る。
……わたしは、ゆっくりと起き上がるの。
木漏れ日の様な遮光布を開け。
朝の光を部屋に取り入れるの。
窓も開けて空気も入れ換える。
――ビュウ!
わっ! 外の風を感じる……気持ちいいの。
寝床台の横の台に飾ってある、写真立てを見る。
「おはようなの」
アリエルに朝の挨拶をする。わたし……。
1年経っても、まだ落ち着かないけど……。
大丈夫だから……ね?
視線を、その横の祭壇に目を向け。
精霊さんに、祈りを捧げるの。
今日、1日も、よい日でありますように。
ねぇ、アリエル。
これが、この1年の。
わたしの新しい生活習慣なのよ。
「さっ、朝の支度をしなきゃね……」
衣服収納棚から服を取り出し。
ひとりで寝間着から中世少女使役服に着替える。わたし。
顔を洗いに1階の洗面所に行くの。わたし。
床の上に揃えてある上履靴を履く。
じぶんの部屋の扉を開け。
この部屋を出る。
――パタン
廊下に出ると、1階に降りる階段を目指して左に向かって歩いて隣の部屋を通り過ぎようとすると、その部屋の扉からミアの声が、盛大に漏れ聞こえてきたの。
「喰らいやがりなさいですのよっ!!!」
「魚人真空手裏剣ハートをシャドウケーン!!」
隣のお部屋は、ミアの高遮日光棺部屋。
「ふふっ。ミアったら」
ミアは可愛い。
ここに来て、わたしのお部屋を決める時に……。
「べっ! 別に! アナタが死んでしまうかも……とか! そんな心配で、アタシの隣にした訳じゃないじゃないっ! そ! そうよ! 偶然……! そこしか使える部屋が開いてなかったんだからぁっ!!」
……だなんて。
しどろもどろで喋っていたのも、つい最近かな……って感じてしまう程に。
「また、ミアったら。Vsummonrっていうの? してたのかなぁ?」
吸血人は朝になったら寝ないと身体に良くないのよ! って、本人が言ってたのに……。
ま、いっか。
ミアのお部屋の前を通りすぎ、階段を降りる。
それにしても……。
この屋敷は広い。
今でも、どこにどんな部屋がいくつあるのか、まだわからないの……。
玄関大広間を抜けて、1階の洗面所に着く。
顔を洗い。歯をみがき。髪を結わえる。
ひと通りの身支度を整え終わると、鏡の中にきれいになったわたしが映っている。
「今朝は嫌な夢……見ちゃったなぁ」
この屋敷には、ミアとわたししかいない。
でも、ミアが教えてくれた話だと、わたしがここに連れて来られる前に、執事の人と2人で暮らしていたみたい。
だけど……。
それ以上は、何があったのか分からない。
執事の人について、詳しい話を聞こうとすると、ミアは固くなに「……ごめん」しか言わない。
こっちこそ、アリエルの事は、ミアになにも言えてない。
今度、ちゃんとアリエルの話を、ミアにしておかなきゃ……。
屋敷にいる時のわたしは、中世少女使役服を着ている。
あの日の夜。
ここに連れて来てくれた恩を、少しでもミアに返したい。
そう思って、何か出来ることはないかと……わたしからミアに願い出たの。
そうしたら……ふふっ。ミアは……。
「アタシは、家政婦淑女の真似ごとをさせる為に、アナタをここへ連れてきたわけじゃないのよ! ただ……少しの間だけ、いっしょにいてくれれば…あぅ」
だなんて。
そんな事をしなくてもいいって、すごい剣幕でわたしの願い出に反発していたの。
でも、試しに中世少女使役服に着替えて、その姿をミアに見せてみると、まんざらでもない反応だったの。
あの時の、ミアが顔を赤くした顔……可愛かったなぁ。
屋敷内の掃除と洗濯を簡単に済ませて。
屋敷にある厨房に足を向け、歩く。
わたしの朝御飯の食事の準備と。
ミアが朝寝から起きた時の、お昼御飯の支度と。
わたしのお弁当を作ってから、厨房の中で、1人で朝食をとる。わたし。
今日のわたしの朝御飯は三日月麦食2つ。
カリカリに焼いた塩漬豚燻製肉とかき混ぜ卵焼き。
野菜盛に赤茄子果汁なの。
故郷の国で暮らしていた時には、こんな料理は食べたことなくて、すごくおいしいの。
――もくもくもく。
はぁ……。
ミア《あの子》に、アリエルの事を……。
どうやって伝えればいいかなぁ?
1年前のあの日。
大切なアリエルをなくしたの。わたし。
アリエルとは、この国の隣の国で出逢ったの。
故郷の国のしきたりで、真に愛する伴侶となる殿方を見つける旅の途中で出会ってしまったアリエルと過ごした10年は、長いようで短くて。
とても楽しかったの。
だけれど、やっぱり人族の殿方は寿命が短く、身体も脆くて。
療養の為に、この国に来たとたん。
アリエルが病で死んでしまうなんて……。
私には想像が出来なかった。
真に愛する伴侶となれたかもしれないアリエル……。
大切なアリエルがいない失意と後悔と故郷の国へ帰る事が出来ない喪失感。
何より形を失ってしまったこの心が、絶望の底へとわたしを叩き落としたの。
アリエルには身寄りがなかったの。
遥か遠い海の向こうからやって来た、島国人の方だったアリエルの亡骸を、わたし1人で弔い、火葬し、共同墓地に墓を建て埋葬したの。
その時の事を、ミアに話すと、 ミアも 大切な人を亡くしていて……。
わたしは、そうとは知らずにアリエルのお墓の前でずっと立っていたんだけれど……。
どうやらその隣が ミアもの大切な人の墓だったから、 ミアはそれで何があったのかと思い、わたしに声をかけてくれたそうなの。
……本当。ミアって、気の毒なくらい素直じゃなくて……優しい人なんだから。
「どうせ行く宛がないって言うんだったら、誰も住んでいないこの屋敷に入ればいいじゃない……。ふ、ふん! 好きにすればぁ!?」
あの日の夜。
ミアが掛かけてくれた言葉は、今も、わたしのこの心から片時も離れたりしないの。
――ぺろり。
さて、朝御飯も食べちゃったし、後片付けをして、今日のお仕事は朝の勤務だからそろそろお外に行く準備をしなくちゃね。
朝御飯の器を洗う。わたし。
器を乾燥機に掛け、乾いたら布巾で水気を拭いて、片付けを終える。
そしてわたしの部屋へと戻り、お気に入りの中世少女使役服を脱いで、衣服収納棚に戻してから、外へ出かける用のお洋服。軽装服に着替える。わたし。
「さっ、アルバイトに行く前に、おやすみと行ってきますの挨拶をミアに言わなきゃ」
ミアの部屋の前へ行き、外から声を掛ける。
――トントン。
「ミア? おはよー。わたし。アルバイトに行ってきますなの」
ミアが眠たそうな声で、お部屋の中から返事をしてくれる。
「うー、ティアー なにー? もう行っちゃうのー?」
そして部屋から出てきて、わたしに顔を覗かせてくれる。
「うん、行ってくるね。あ! いつも通りにお昼御飯を食堂に用意しておいたから、お腹空いちゃって起きたら食べてね」
「わかった……それよりもティアー」
ミアの顔が近づいてくる。
ミアの唇がわたしに近づいてくると……。
――ちうう。
「……ん」
チクリと痛みが首元に伝わる。わたし。
「もう、ミアっていつも急なんだから!」
「ありがとう、ティア。今日も美味しかったよ」
そういって赤面するミア。
本当積極的なんだか、そうでないのか、よくわからないの。
「お粗末様。じゃあ行ってくるね。ミア」
「ティア、行ってらっしゃい。気を付けるのよ」
ミアと顔合わすのはいつも決まって、この時だけだ。
――バタン
「さぁーって、行きますか。」
今日もいい天気。
お日様も気持ちいいし、風も綺麗。
こういう日は、外でポカポカ日向ぼっこでもしていると気持ちいいよね。
そんなことを思いつつ、わたしはお世話になっている喫茶店に足を向け歩いた。