エルとヴァ 1st Month
更新頻度不定期。
アタシと彼女が出会ったのは1年前。
死者が眠るこの場所で、彼女は雨に打たれていた。
「……アンタ、こんなところでなにやってるの」
「……………」
彼女から返事は返ってこない。
聞こえるのはザーと雨の降る音だけ。
アタシは……繰り返し、彼女に向かって話しかけてしまう。
「ねぇ? 傘もささないで……ずぶ濡れじゃない!」
金の髪色に顔立ちが整った少女、娘?
見たところ、耳も長いし……森人だと思うけれど。
彼女はアタシに「ほっといて下さい」だなんて言い放った。
親切心から声をかけてあげたのに……。
「一先ず、この場所から立ち去りなさい」
こんな寒空の下で。
ましてや、雨が降りしきる真冬の共同墓地の真っ只中で!
女の子が独りでぽつりと突っ立ってりゃ、誰だって心配して声をかけるじゃない!
「……嫌……です」
彼女は、黒い絹装束姿のままで一人立ち尽くし、力なく下に顔をうつ向かせていた。
その表情にアタシの胸は何かを覚える。
「聞こえなかったの? アタシはアンタにここから出ていけって言っているのよ?」
その身を包んでる喪服の絹装束だって……びしょ濡れにしちゃって。
……ほんとどうかしちゃってるわ。アタシ。
「……わたしのこと、かまわないで……クダサイ」
あの眼だ。
この娘の眼。
昏く透き通った、濁りのない、幽かな灰の眼。
いつまでもあるはずだったものを無くした眼。
大切なものを失った目。拠り所を亡くした瞳。
彼女もまた1年前のアタシと同じ眼をしていた。
そして不意に、不用意に、アタシは不可解な行動に出てしまった。
アタシは……繰り返し、彼女に向かって話しかけてしまう。
「アナタ、そんな格好のままじゃ風邪を引いてしまうわ。 まずは一度家に帰って、お風呂に入って体をあっためて、よく寝て次の日にでもまた、ここにきなさい」
「かえる…ばしょなんて…ない」
はっ? 帰る場所がない?
この娘一体、何があったの……。
――ピカ! ゴロゴロゴロ――
「ぎぃやっ?! カミナリじゃない! サイアク!!」
うぅーっ。
寒い。
寒いわ。
このままじゃアタシが風邪を引いてしまうわ。
「……もう。もう、一人にして下さい」
「アンタは良くてもアタシがよくないの!」
このままじゃ埒が明かないばかりか、月が沈んで朝になってしまう。
「あーもう! 決めたわ。 アンタ、アタシの家に連れて帰るから」
「……ふぇえ?」
「あぁ、勿論拒否権なんてアンタには無いからよろしくね」
今はまだ喫茶店も開いていない朝の3時だし。
警察に連れて行くわけにもいかないし。
「何か言いたいならアタシの家で聞くからそのつもりでね」
そうよ! これは不可抗力ってやつよ!
断じて、誘拐だとか、人さらいだとかそういうのじゃないんだから。
「あ……、あのっ! 待っ!」
アタシは、何が起きたか状況を全く飲み込めていないこの娘の手を握り、 隠していた羽を背中から顕現させた。
「それじゃ、行くわよ」
「きゃあぁあぁあ! と、とんで……!」
そしてアタシは、この娘を連れて月の雨空に羽ばたき、私の家に向かった。
アタシにはこの娘に何があったかなんて事情はわからない。
事情を知ったとしても、アタシには関係がない。
だけれど……放ってはおけない。
あぁ。
アタシがアノ人を失った時も……こんな土砂降りの雨の日だったっけ。
――と、まぁ……ここまでが1年前のお話。
で、今はどうなっているかというと……。
「ミア! わたし、きょうは朝の勤務だから! 行ってくるね」
「おー。……行ってらっさぁーい……。ふあぁぁ……ねむ」
――バタン――
屋敷の外に出ていったのはティア。
アタシが1年前の雨の日に拾った森人。
今ではアタシの屋敷でアタシと2人で暮らしている。
アタシとティアの生活時間は真逆。
ティアは森人だから、太陽が起き出す頃に彼女も起きる。
アタシは吸血人だから、月が寝静まる頃にアタシも寝る。
だから、2人で顔を合わす時間は決まってアタシが寝る時。
「ふわっ……今日はもう配信はこれぐらいにしておいて……ねるかーっ!」
アタシは、遮光自室に戻って 超時空配信装置の魔電力源を切った。
「オヤスミ……よい宵と夢と夜を……。」