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失われた欠片(ロストピース)

 アノンとウルギス、その力の差は歴然。淡々と作業を熟すように、怒りに任せて攻撃を仕掛けるウルギスを炎纏う翼で焼き払う。戦闘が始まって30分、アノンの周囲には50を超えるウルギスの焼死体が転がる。だが、相手は仮初の体。痛みも無く、何度でも復活可能。この先、何千と殺しても勝利は手に入らない。可能性があるのは、ウルギスが戦闘を諦めるぐらしかない。しかしそれも、ウルギスの様子を見る限る無さそう…。


「殺す、コローーース! 暗示の効かない奴など、この世には要らな~~~~い!」


 何度も何度も同じ光景が繰り広げられている。猪のように突進するウルギスを、アノンが炎の翼で焼き払う。多少の差異はあっても、行動と結果は全く同じ。流石に50回も殺されれば、何かしら作戦を練っても良さそうな気がする。


「アノン、気を付けろ。何か変だ」


 アノンは、こちらを見て笑う。


「気を付けるような事は無いよ。だって楽勝だよ? ちょっと炎に当たっただけで燃え尽きるんだから」


 アノンの言う通り、負ける要因があるとは思えない。仮に何日も戦い続ける事になっても、アノンだったら難なく熟せる。勝ちは無くても、負けは無い。その筈だが、妙な違和感が払拭できない。今の俺は暗示に掛かっている可能性が高い。見えている物が真実とは断言できない。


「殺す、コローーース! 暗示の効かない奴など、この世には要らな~~~~い!」


 遂に言葉まで全く同じに。頭に血が上っているから繰り返した? 本当にその程度の考えで収めて良いのか? 分からない。今の思考全てが信じられない。そもそも、何時から俺は暗示に掛かっていたんだ? 正体に気付いた時? この部屋に入った時? それ以上前? 


「兄ちゃん、何がそんなに気になるの? こんなに余裕なのに?」

「アノン、ウルギスは全てを引き継いだ状態で復活している。闇雲に突っ込んでくるのは、何か意味があるのかもしれない」

「そんなもの無いよ。あったらとっくに実行している」


 託すしかない弱者にとやかく言う資格は無い。見届けると決めたのだから、何も言わず我慢しよう。暗示に掛かっている前提を考えるなら、それが一番正解に近い。

 そう思った矢先、右足に何かが触れる。しかし、その場所には何もない。凝視しても、同じ場所を触ってみても、触覚の根拠が全くない。


(兄ちゃん……)


 アノンの声? それにしては弱々しい。しかも、何故か足元。


(………気付いて……)


 確か、この部屋に入った時にもこの感覚は在った。その時も、何も見つからなかった。もし、『見つからなかった』のではなく、『見つけられなかった』のだったら? 意図的に見えないように細工されていたとしたら、それが出来るのはウルギス以外に居ない。俺が気付けないように暗示を掛けていた。


「アノン……なのか?」

(兄ちゃん……僕の力で……)


 右足に触れる何かが薄っすら見えてくる。赤い血で染まった手、腕、肩……そして、顔。露になったのは、虫の息のアノン。


「何だ…これ? どうして、こんな姿に!」

「勝てない……僕の力では……」


 周りの景色も一変。神殿は完全に崩壊し、天井を支えていた支柱が辛うじて残っている程度。アノンが必死に守ってくれていたのか、俺の体はほぼ無傷。支柱に寄りかかり、アノンが壁になっている。


「兄ちゃん……ごめんね…」


 アノンは、涙を流しながら気絶する。

 血塗れの体、失われた左目、枯れ枝に貫かれた肺。再生は行われず、進化の痕跡は見られない。今も尚、血が流れ、時を経る毎に状態は悪化していく。早く治療をしなければ死ぬ。しかし、この状態を治癒させる方法はあるのだろうか? さながら毒に侵された状態を…。


「あ~あ、折角の暗示が切れちまったか……まぁ、仕方ない。その方が絶望顔を味わえて良いかもな」


 曇天を背負い降り立った声の主は、ウルギスではなく……鈴森。枯れ枝の翼を四肢のように扱い、瓦礫を掻き分け近づいてくる。枯れ枝の翼以外は見知った人間の姿のまま。


「お前が、ウルギスの正体…?」

「そうだぜ。俺にこんな力があるとは思いもしなかっただろ? 勘違いするなよ。俺の力は暗示なんかじゃないからな。暗示を掛けたのは、魔爪の一人、ギゼル。俺の力は、同化。どんな生物でも自分の一部として吸収する事が出来る。この翼も、その一つだ」


 鈴森は、残忍な笑みを浮かべ枯れ枝を伸ばす。


「これ、誰の一部だと思う?」

「………」

「分からねぇか? だったら教えてやる。これは森の種、レイナの翼! 一年前殺した時に、体ごと貰った!」


 そう言えば、レイナは一度もアクアに会いに来た事が無い。俺に会いたくない可能性もあったが、神のように崇拝しているアクアに礼儀を尽くさないのは変だ。死んでいたから、会いに来る事が出来なかった。死んでいたから、アノンはレイナより生きているアクアの意志を優先した。死んでいたから、アノンは敵討ちの為に前衛で戦おうとしていた。


「………許さない。お前だけは、何があっても…」

「ほほ~、どうやって? 5歳児の幼稚な攻撃でか? 馬鹿らしい! 火の種の体を引き継いだアノンでも敵わないのにか? ははっ、笑えるぜ!」


 伸ばしたレイナの翼で、俺の腕を貫く。


「どうした? やってみろよ!」


 翼が枝分かれして、全身を貫く。感覚が鈍くなり、一切体を動かせなくなる。痛みは強調され、イメージを使えないように思考を束縛される。足掻きようもない絶望的な状況。だが、不思議と怖くない。鈴森に対する怒りが強くなり過ぎて、他の感情が消えて行く。


「出来る訳ねぇよな。お子ちゃまには、戦いは早過ぎたな」


 翼から右腕に毒らしい物が流し込まれる。細胞がドロドロに溶かされ、右腕がボトッと千切れ落ちる。気が狂いそうな痛み。しかし、怒りが些細な事と切り捨てる。今の俺には、鈴森を殺す以外無い。


「そうそう、今、ギゼルは何処に向かっていると思う?」

「……」

「お前達の拠点だ。暗示を掛けて、全員殺すってよ」

「ミネ!」


 体にイメージを融合させて、無理やり動かす。

 その瞬間、足に毒が流され、立って居られなくなる。


「はははッ! お前はここで死ぬ。大好きなミネには永遠に会えない。でも、安心しろ。俺がミネを貰ってやる。飽きるまで弄んでやるぜ!」

「ふざけるな! 絶対にさせない! させるものか! この手でお前を殺す、何が何でも!」


 鈴森の腕が胸を貫く。


「諦めろ」


 悔しくて堪らない。こんな事になるぐらいなら、もっと厳しい対処をするべきだった。徹底的に鈴森を排除すべきだった。俺の所為だ。俺の所為で、ミネがまた悲しむ。


(お前だったら、どうする?)


 背後に誰かが居る。静かな声で、囁くように問いかけてくる。


「邪魔だ! 誰だか分からないが、構っていられない!」

(お前だったら、愛する者を失ったらどうする?)


 背中に男性と思われる手が触れる。

 溶けた体の所為で振り向けない。いや、違う。時間が停止している。鈴森がにやけた顔で止まっている。


(愛する者を失ったらどうする?)


 何者かは分からないが、答えない限り解放されないようだ。

 必死に考える。ミネを失った最悪の場合を。


「……一緒に死ぬ」

(死んでも二度と会えない)

「それでも、同じ場所で死ぬ」

(守るべきモノを放棄するのか? たった一人の為に?)

「たった一人だからだ。たった一人の最愛の人だから、一人で死なせはしない。もう二度と、悲しい想いはさせない」


 背後の気配が濃くなり、声が大きくなる。


(私も、そうするべきだった。あの日、彼女を一人にすべきではなかった…)


 脳裏に映像が浮かぶ。褐色の女性が泣きながら奈落に落ちて行く様。伸ばした手が届かず、小さくなっていく女性の姿。悲しみ叫ぶ、男性の声。


(私は、ここで彼女を失った。何よりも愛していた彼女を……。奪ったのは、私が守って来た影人。彼女が私を独占していると抗議する為に…)


 次の映像は、炎に包まれる町。褐色の人間が次々と焼け死んでいる。


(私は、怒りのままに滅ぼした。彼女を奪った影人を、彼女を奪った感情を。しかし、何も救われなかった。失った悲しみが心に残っただけ)


 映像が消え、憎たらしい鈴森の顔が現れる。


(お前は、失うな。私の代わりに、愛を守ってくれ)


 胸の奥が突如熱くなる。そして、痛みや苦しみを感じなくなる。


(私の名前は、ジル・ディーン。世界を滅ぼした禁忌の名、かつて火の種だった愚者の名)


 背後の気配が消え、止まった時が動き出す。

 鈴森の顔がゆっくり歪み、急いで間合いを開ける。


「今何をした!」


 鈴森の腕が無くなっている。跡形も無く、まるで初めから存在していなかったように。


「……呼んではならない禁忌の存在。俺が辿っていた、もう一つの可能性」


 記憶が流れ込んでくる。ジル・ディーンは、この神殿に封じられた先代の火の種。激しい怒りと憎しみで変質し、欠片(ピース)と共に世界から捨てられた。俺だって、ミネを失ったら怒りで正常な判断なんて出来ない。殺した相手を憎むし、殺したいと強く思う。可能性の一つとして受け入れなければならない。そして、変質しても尚、愛し続けた一人の男の想いも受け継がねばならない。


「ジル・ディーン! お前は今、彼女と一緒に居る! その名と共に!」


 本来の名は、ディーン。ジルと言うのは、死んでしまった彼女の名。悲しみを紛らわせるためではない、愛した彼女と出会う為。誰かが禁忌を想像する度、二人の名は出会う。愛おしくて堪らない彼女の存在を強く意識できる。

 名を呼んだ事で、受け継いだもう一つの深紅の夢が起動する。世界から失われた欠片(ロストピース)

が。


「俺が居る限り、何度でも会える! 何度でも呼んでやる!」

「さっきから何を言っている! 訳分かんねぇんだよ!」


 レイナの翼を無数に枝分かれさせ、全方位から刺突攻撃。逃げ場など一切ない。小さな虫でさえ生き残れない絶望の攻撃。


「ジル・ディーーーーーン!」


 起動したロストピースから黒い炎が溢れ、全身をコーティング。襲い掛かるレイナの翼を片っ端から消し去る。


森の種(レイナ)の翼が!」

「違う! レイナの翼は、アノンを守る為にある! それは、ただの偽物だ!」


 イメージを鈴森に融合させ、直接ロストピースの力を流し込む。消滅の力に耐えられず、鈴森は一瞬で消え去る。

 だが、次の瞬間には、新しい体で復活。


「不死身を舐めるな!」

「その概念ごと消し去る!」


 ロストピースの力は、消滅の力。それは、概念にまで至る。仮初だろうと、精神のみの存在だろうと、分け隔てなく消し去る。今、鈴森が俺に触れれば、即座に死滅。しかし、ロストピースの力を悟ったのか、攻撃を中断して距離を空ける。生まれ持った勘なのか、仮初の体より提供される野性の勘なのか、どちらにしても悔しい気付き。残念ながら、ロストピースを完全に扱い切れておらず、一歩でも動けば使用不可。近づけない。


「まさか、神殿に封じられた力? 本当にあったとはな…」

「不死身なんだろ? だったら、怖がらず掛かって来いよ」

「怖いな~、その挑発。この先は一人では無理そうだな……ギゼル、計画変更だ」


 鈴森の声に応じて、黒いローブの女性が現れる。今の俺と同じくらいの身長、フードの隙間から見える小さな顔、見た目だけの判断だが子どものようだ。子どもがギルティオルの手下、あんまり考えたくない。


「タウンバードの制圧はいいのか?」

「こいつを殺せば、そんなのいつでも出来る」

「………何をすれば良い?」

「滅びの力が使えないように、思考を縛れ。完全に封じなくても良い、半減で十分だ」


 ギゼルの意識が、俺の精神に介入してくる。記憶を消そうとしたり、行動に関わる思考を麻痺させたり、ロストピースに専念できないように邪魔してくる。その所為で、難しい制御がより困難な状態に陥る。


「これで能力は使えない」

「ありがとよ。さてと、これで心置きなく殺せる」


 鈴森は、背後に回り込む。


「大丈夫そうだな」


 レイナの翼を丸太のように束ね、頭目掛けて振り下ろす。

 何とか制御して攻撃に対処。しかし、不十分な効果しか出せず、強力な打撃が側頭部を捉える。5歳児の軽い体のお陰で吹き飛ばされ、何とか致命傷には至らなかった。


「惜しい! だが、次は殺せそうだ!」


 弄ぶようにじっくり近づいてくる。残忍な奴の特徴なのか、絶対的な優位に立つと大体同じ行動を取る。そのお陰で、ギゼルへの対処を実行できる。

 性質が歪んでしまったロストピースでは、ギゼルの精神攻撃を退ける事は出来ない。対応できる手段があるとしたら、俺が持っている深紅の夢。ロストピースの力を使って封印を解けば、精神線戦で決着を付けられる。ただし、勝てるとは限らない。

 早速、隙を突いてロストピースで封印を消し去る。復活した深紅の夢で、ギゼルと精神内で対峙。


(やっぱり、子ども)


 ギゼルと思われる幼い少女が、ナイフを持って暴れている。


「どうしてここに?」


 精神内とは思えないハッキリした口調。虚ろな言葉しか発せない俺の方が精神領域でも格下のようだ。


(戦いに来た。と、言いたいところだけど、子ども相手では…な)

「子どもだから戦えない? お父様の言う通り、大馬鹿ね」


 少女の面影に既視感。何処で見たかは分からない程度の感覚だが、妙に気になって仕方がない。


(お父様って?)

「……ギルティオル」


 ギルティオルとは違う。他の誰か。一体誰だ? この感覚。見た目だけでは測れない何かが知っている誰かと似ている。記憶を遡って調べる。一人一人照らし合わせて。だが、何処にも見当たらない。気になって仕方がないが、今はのんびりしていられない。


(ギルティオルの娘、悪いが追い払わせてもらう!)


 意識を集中して、ギゼルの精神を強引に追い出す。しかし、思念の残滓が杭を打ち込みしぶとく戻って来る。


「無理。その程度では」

(じゃあ、威力アップ!)


 深紅の夢だけ足りないなら、ロストピースの力を借りれば良い。二つの欠片(ピース)を一時的に合わせ、精神攻撃の威力を増加。杭を消し去り、叩き出すようにギゼルを追い出す。

 ギゼルの影響が無くなった瞬間、直ぐにロストピースの力で全身コーティング。鈴森の攻撃に備える。だが、冴えわたる直感で踏み止まる。


「ギゼル! 解けているぞ!」

「ごめん。新たな力が強すぎる……ここは撤退した方が…」

「馬鹿な事を! 良いのか? ギルティオル様に嫌われても?」

「………分かった」


 追い出したギゼルが再び精神に入り込む。もう一度ロストピースの力を借りようとするが、消滅の力が一瞬逆流して視界が薄っすら暗くなる。扱い切れていない状態で使い過ぎれば、取り返しのつかない代償を負ってしまう。これが最後の戦いならそれでも良いが、今後の事を思うと無茶は禁物。何より、ミネを悲しませる行動は出来るだけしたくない。だったら、頼るべきは…。


「アノン! 起きろ!」


 アノンと精神を繋いで、ロストピースの力で傷を消し去る。治療ではなく消滅、そもそも傷の根拠が無くなる。目を覚ますのは容易。直ぐに起き上がる。


「…兄ちゃん、僕に何が?」

「詳しい話は後だ! 俺が支援する! 今こそ仇討ちを果たせ!」


 敗北の恐怖はあるだろう。だが、それよりも強い意志がある。愛する家族を失った悲しみ、奪われた怒り、どんな美辞麗句でも洗い流せない絶対。今のアノンは、最強の心を持っている。


「うおおおおおおおお! お母さんの仇! 覚悟!」


 精神を繋いだままロストピースの力を全て委ねる。精神を繋いでいる状態の為、ロストピースの制御は自由自在。思いのまま動けるように、純粋にパワーアップだけ体感できる状態を提供。

 アノンは、炎の翼を広げて鈴森へ向かって飛翔。戦闘の様子は見ない。繋いだ精神の確認だけをし、後は全力でギゼル対処へ回る。アノンなら大丈夫、そう言い切れる自信がある。


(ギゼル、待たせたな)

「待ってない」

(だったら、どうして攻撃しなかったんだ?)

「あの力が無ければ、私が負ける事は無い。ほんの少し別れの猶予を与えただけ」


 ギゼルには、心がある。悪意に穢されていない心が。今ならまだ、引き返せるかもしれない。そう思うと、どうしても手加減したくなってしまう。だが、それは戦況を悪化させる油断。敵である以上、徹底的に戦わないと痛いしっぺ返しを受ける。

 余裕を見せるギゼルに先制攻撃。深紅の夢を使い、ギゼルの精神に介入。記憶や感情を変化させる。だが、能力で上回るギゼルは難なく変化させた部分を修正。

 今度はギゼルが、俺の精神に介入。毒気を帯びた思考を流し、精神全体を犯していく。何とか対処を試みるが、毒の周りが早く、一部の記憶が閲覧できなくなる。


(ギゼル、本当にギルティオルの娘か?)

「動揺を誘うつもり? だったら無駄。この領域での勝負は、私が強い」


 根端は丸見え。浅はかな行動は何も生まない。だからと言って、他に方法が無い。精神的に脆くしなければ、勝ち目は無い。


(俺には、そうは見えない。他の誰か、記憶の中で埋もれている誰かに似ている)

「……一体誰?」

(それが分かれば苦労しない)


 意外にも食い付いた。父親はギルティオルで間違いないが、母親は誰か分かっていない…って事だろうか?


「見せなさい」


 ギゼルは、俺の記憶に侵入し該当者を探し始める。想像よりも必死に、想像よりも慌てて。お陰で精神汚染は中断、時間稼ぎ程度にはなりそうだ。この間にアノンが鈴森に勝てば、ギゼルとの勝負も上手く行く。だが、やはり鈴森は強敵。善戦はしているが、勝利には程遠い。


「在った………」


 ギゼルが発見したのは、子どもの頃の記憶。まだ親父の期待に応えようとしていた時期。しかし、その記憶に忘れるような人物は居ない。学校に行かず、友達と遊べず、家に籠って勉強勉強の日々。「学校は勤勉者が行く所ではない」が親父の変な意見。俺が嫌いだからって言うのが、最大の理由かもしれないが…。


(誰だった?)

「………」

(俺には言いたくないか?)

「…………あなたが、私の基」


 俺とギゼル、似ても似つかない。何処をどう見ても全くの別人。それに、『基』とはどういう意味だろうか? ギルティオルを生み出した存在だからって訳では無さそうだが…。


(それはどいう意味だ? 悪いけど、ギルティオルの娘を身籠った記憶は無いぞ)

「茶化さないで!」

(他にどう考えろって言うんだ? 子どもがこの世に生を受けるには、父親と母親が必要だろ? 父親がギルティオルなら、母親は俺……って考えるだろ? その言い方なら)

「………私は、人工的に生成した感情を基に作られた仮想生命体。向こうの世界に実体を持たないこの世界だけの仮初の存在。お父様の感情だけでは人としての体を保てず、別の人物の感情を配合して人として安定させた。それが……あなたの感情。父親に従順だった頃のあなた…」


 道理で思い出せない訳だ。親父に従順だった時期は、俺にとって最大の闇。人としての在り方を無視して、ただ単に親父の言う事だけを考えていた忘れたい時期。そんな姿、今の俺は思い出そうとは思わない。

 ギゼルの激しい動揺。今なら、余裕で勝てる。でも、どうしても出来ない。悲しみと絶望に打ちのめされている姿を無慈悲に攻撃できない。


(ギルティオルは優しいか?)

「……怖い」

(それでも、欲しているのか?)

「…他に居ない。私の親は……」


 全く同じだ。俺もそう思っていた。捨てられたくない、褒められたい、認められたい。親父の背中ばかり見て、絶対に叶わない夢を追いかけていた。もしあの頃、手を差し伸べてくれる人が居たら、ひょっとしたら別の人生が待っていたかもしれない。


(だったら、俺の所に来いよ。母親みたいなもんだろ?)

「出来ない! 私は、お父様に…」

(怖いんだろ? 捨てられないか、失望させないかって。違うか?)

「……そんな事」

(誰かと比べられて、競わされ、万が一負けたなら未来は無い。そうだろ?)


 解決出来るのは俺だけ。俺が手を差し伸べれば、きっと掴んでくれる。きっと、同じ希望を見つけられる。誰よりもあの時の気持ちを理解している。


「違う…そうじゃない……お父様は、私の事を…愛してくれる」

(撤退を拒んだのは何故だ? 嫌われるからだろ? 娘を愛する父親だったら、失敗しても優しく抱きしめてくれる。間違っても嫌う事は無い)

「……違う。絶対違う! お父様は愛してくれる! 任務が終わったら……きっと、抱きしめてくれる」

(その任務って何時終わるんだ? 俺を殺したらか?)

「………」

(違うよな。任務は終わらない。次から次に現れ、永遠に解放されない)


 親父と全く同じだ。子どもの従順さを利用して、都合の良い機械に仕立てようとしている。愛するつもりなど無い、ただ従わせる為の方便。そもそも、悪意が形を成した存在に、愛の要素は存在しない。


「そんな事ない……お父様は……」

(ギゼル、俺の娘になってくれ!)

「……ふ、ふざけないで!」

(俺だって父親の資格がある筈だ。その胸の奥に心が継承されているんだから)

「嫌! あなたなんか………」

(逃げたって良い! 子どもだって自由になって良い! さぁ、答えろ! 欲しいものは何だ!)

「………褒められたい……撫でられたい…………抱きしめられたい」


 ギゼルを抱き寄せる。経験がないのか、緊張で震えている。だが、しばらくすると緊張が解け、子どもらしく泣きじゃくる。


(それで良いんだ。何も出来なくていい、ただ生きていてくれれば…)


 丁度のタイミングで、アノンが鈴森へトドメの一撃。

 炎に塗れた鈴森が目の前に落下する。敢えて殺さないように威力を調節し、再生を拒むように炎で抑えている。


「くそっ! この俺が、負けるのか……ギゼル、早く何とかしろ! 捨てられたいのか!」


 鈴森の怒号はもう届かない。ギルティオルの笠を着ても、(ギゼル)が選んだ道を阻害できない。


「残念だが、ここまでだ。鈴森」

「裏切ったのか? ギゼル? そうか、じゃあ仕方ないな」


 鈴森は、不敵な笑みを浮かべる。


精神爆弾(マインドデス)、起動!」


 ギゼルが、胸を押さえて苦しむ。


「お父様が…私に……」

「ギゼル、どうした!」

「爆弾が……心の中に……」


 精神の中に巨大な爆弾がある。鈴森の言葉が引き金、仕掛けたのは…ギルティオル。やはりギゼルを愛していなかった。ただの駒、ただの道具。だが、俺にとっては大事な娘。何が何でも救って見せる。

 ロストピースの力を回収している暇は無い。繋いだ精神を利用して、爆弾をギゼルの精神から俺の精神に移す。


「安心しろ、俺が守る!」


 爆弾を移した瞬間、胸を引き裂いて大爆発。アノンもギゼルも、精神を繋いでいただけで俺との間には距離がある。これなら、爆発の影響は及ばない。正確には、及ぶ前に無かった事に出来る。

 意識が完全に途絶える前にアノンの精神内に移動。


(アノン、ちょっとだけ体を借りる)

「兄ちゃん! うん、分かった」


 アノンの体を借り、ロストピースの力を最大発動。


「ジル・ディーーーーーン!」


 爆発の事実、爆弾の存在、消滅。根拠を失った状況は遡行し、爆発以前の状態へ。自然とアノンの体から元に戻った自分の体へ移動。しかし、状況は遡行しても、記憶は残る。一部始終を目撃した鈴森は、驚きを隠せない。


「ば、馬鹿な……新たな力は、それ程まで…」

「鈴森、よくも娘を殺そうとしたな」


 許すつもりはない。明らかな殺意を無慈悲に行使しようとした。


「娘? 消耗品に感情移入するなよ!」

「聞き捨てならないな。ギゼルは俺の娘! それ以外はあり得ない!」


 鈴森と精神を繋ぎ、ロストピースの力を封入した泡を流し込む。泡が割れれば、ロストピースの力で鈴森は消え去る。仮初の体に繋がった精神ごと。


「……おい、今何を入れた?」

「俺流のマインドデス。おっと、感情を昂らせるなよ。もし起爆したら……全てが消えるぞ」


 意外にも簡単に信じて静かに訴える。


「外せ……」

「それは出来ない。その代わり、良い対策を教えてやる。今直ぐその体を捨てろ。そうすれば、消滅の範囲は向こうの世界にまで及ばない」

「そうか、その手があった。ははは、感謝するぞ。稀代のお人好し」


 鈴森は言う事を聞いて、体を捨て向こうの世界に帰る。

 その直後、泡の膜を破り仮初の体を消し去る。


「兄ちゃん、良かったの?」


 アノンが納得いかない面持ちで近づいている。


「また戻って来るんじゃないかな…」

「その心配は要らない。ゲーム脳の鈴森にとって、データリセットはモチベーションロストの要因。多分、二度と来ないと思う」

「データ……リセット?」

「仮初の体は、この世界の記録を基に形成される。記録は常に更新され続け、機能停止した際には記録を参照して再び仮初の体を形成される。その大事な記録を失ったら、参照する記録をもう一度作り直さなければならない。生まれたての子どものように」


 アノンには馴染みの無い概念。教えても理解は難しい。ずっと腕を組んで唸っている。


「と、とにかく……もう大丈夫なんだね?」

「ああ」


 離れた場所で黙っていたギゼルに近づき、現実の体で抱きしめる。5歳児の体では頼りないかもしれないが、少しでも不安を拭えれば良いけど…。


「……本当に、良いの? 敵だったのに?」

「娘がどんな存在だろうと、俺は嫌ったりしない。間違っている事をしていたら、心を尽くして分かってもらう。ただそれだけ」

「………おと…ダメ、まだ言えない。敵だった人を認められない…」


 ギルティオルの一面を消し去れば、俺の一面が残り父親と認めてくれるかもしれない。しかし、それで本当にギゼルと言えるのだろうか? 親の勝手で在り方を変えられて、本当にギゼルであると言い切れるだろうか? 決意すべきだ。親としてありのままを尊重すると。永遠に父親と認められなくても。

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