逆転する異世界観点
俺は子どもの頃から異世界に憧れていた。漫画を読む度、アニメを見る度、ゲームをする度、こんな世界だったら良いなぁ…って夢を見ていた。それは大人になっても変わらず、むしろ余計に強くなった。社会の荒波で心が磨り減る日々を送っていれば、そう思う人も少なくないだろう。異世界には嫌な上司は居ない、異世界にはムカつく同僚は居ない、異世界には五月蠅い家族も居ない…って。
でも、もし異世界に行ったら……。
俺の名前は小代真士郎、何処にでもいる会社員。日常生活に疲れ果てた20歳の社会人で、いつもこの世界からの脱出を願っていた。そんなある日の出勤途中、何の前触れもなく異世界に迷い込んだ。一体どのタイミングだったのか、今でも分からない。ただ、いつもの道を通っていただけだったのだが、気が付くと見知らぬ風景に変わっていた。コンクリートのビルが消え、代わりに同じサイズの巨木が立ち並ぶ。持っていたバッグは大剣に変わり、着ていたスーツは獣の皮で出来た鎧に。起きた変化に最初は戸惑ったが、異世界に来た確信が激しい高揚と感動を齎した。だが、それは本当に最初だけ。直ぐに想像とのギャップに苦しむ事になる。
異世界に迷い込んで一時間もすると、記憶の中に異世界の情報が流れ込んでくる。まるで初めから異世界で暮らしていた証拠と言わんばかりに。で、その記憶からは異世界でも仕事をしている事実が判明。しかも、その仕事は『狩人』。文字通り、獲物を狩って生計を立てる仕事。直ぐに想像したのは、カッコよく武器を振り回して戦うゲームの主人公。平凡な日常を一変させるのには十分な威力。喜んで仕事場に急ぐ。
だが、仕事場に到着すると絶望的な光景を目の当たりにする。そこにあったのは、木々に挟まれる鉄筋コンクリート製のビル。俺が向こうの世界で勤めていた会社と全く同じ外観。中に入ると、向こうの世界と同じ同僚と上司が登場。着ている装備は全く違うが、顔や言葉遣い、性格、俺に対する評価まで全く一緒。嫌で堪らなかった存在が居る事で気分は急降下、異世界に望んでいた願望が打ち砕かれる。
しかし、まだ希望は残っている。狩人の仕事をしっかり熟せば評価は絶対変わる。
森を抜けた先にある平原、ここが狩場。よく見ると遠くに大きな獣の姿が見え、何やら小さい獲物を捕食している様子が窺える。ゲームで見る姿と違い、リアルの世界は迫力が違う。まだ遠いというのに恐怖で体が硬直し真面に動かない。そんな様子を見た同僚は、「腑抜け」とか、「給料泥棒」とか、向こうの世界と同じ事を言ってくる。
悔しくて意を決するが、異世界の記憶が足を止めさせる。獣の総称は『恐獣』、恐竜が絶滅せずに進化した存在。常軌を逸した進化能力を持っていて、10年から20年で受けた攻撃に対して強くなる性質がある。その為、人間が開発した武器や道具は100年以上も前に通じなくなった。持っている大剣は、恐獣の骨を使用しているお陰で辛うじてダメージを与える事が出来る。だが、使えるのは10年から20年。使えなくなる前に新しい骨や皮を調達しないと人類は恐獣に淘汰されてしまう。
提供される異世界の記憶は、恐怖に拍車を掛ける。同僚に罵られるのが嫌で何とか恐獣に近づくが、震える手で振るった大剣は固い皮膚に傷を付けられない。態勢を崩したタイミングを狙って恐獣が牙を剥く。間一髪、上司の一人が庇ってくれたお陰で何とか逃げられた。だが、俺を庇ったばかりに上司は恐獣に噛み殺されてしまった…。
帰路は悲しみと後悔に満たされていた。同僚から投げ掛けられた言葉「お前のせいで死んだんだ」が、胸を締め付けて苦しくなる。恐獣を狩る仕事は命懸け、それはこの世界の常識。だけど、異世界に迷い込んだばかりの俺には非常識。幾ら記憶があっても、武器を持っていても、恐れに対して順応できる訳が無い。いや、もしかしたらこの世界に馴染んだとしても恐れに弱かったのかもしれない。だから、向こうの世界と同じように罵られていた…。
帰り着いた家は、向こうの世界と同じ外観。周りの景色とのチグハグ感が尋常じゃない。扉を開けて顔を出したのは、母さん。「お帰り」に安堵したのは良いが、「今日の成果は?」と聞かれて最悪な出来事が涙を励起する。期待した慰めは無く、「いい加減にしなさい!」と不甲斐なさに失跡の嵐。夕食を食べる気分になれず、腹が減ったまま部屋に戻る。
部屋の様子は向こうの世界とは全く違う。武器を手入れする道具が散乱し、ベッドには血のシミがこびり付いている。本棚にはボロボロのノートがあり、今までの狩りの記録が記されている。そこには自分のせいで死んだ同僚や上司の名前が列挙されている。涙で滲んで分からないものもあるが、記憶にはしっかり残っている。名前を書く度、「仕事を止めたい」、「もう戦いたくない」と精神的に追い込まれていた光景が見え、夢見た異世界ではないと思い知る。そもそも、異世界に対する願望は平和な世界だからもてたもの。残酷な世界で通じる訳がない。
翌日、出勤時間になっても起きる事が出来なかった。
そしてそのまま、一週間引き籠ってしまう。
一週間後、異世界への期待や願望を捨てて日常に向き合う決意を固める。だが、簡単に狩りを成功させる事は出来ない。罵られても、馬鹿にされても、我慢して戦い方を教えてもらう。最初はそれでも上手く行かなかった。
結果が出始めたのは、更に一か月後。武器の扱いに慣れ、恐獣の動きに対応できるようになった。お陰で、一日かけてようやく一体倒す事に成功。たくさん怪我をしたが、同僚や上司から褒められて気分は最高。初めての成果も手に入れる事が出来た。成果とは、恐獣の骨、皮、牙。新しい武器を作る為にも、物々交換にも使える。
その日は、恐獣の皮を代金代わりに酒場で祝勝会。提供される食事やサービスは違うが、酒を肴に繰り広げられる会話は向こうとあまり変わらない。家族の事や恋人の事、最近の流行、気になっている事、未来への夢、希望…残酷な世界でも人間は逞しくも愉快に生きていた。まさか異世界に来て人間の在り方を学ぶ事になるとは思わなかった。今なら、向こうの世界でも上手くやれるかもしれない。そう思えるほどに…。
異世界生活1年経過。過酷な日々を送りつつも、精神的には充実していた。狩りを順調に熟せるようになり、私生活でも念願の彼女が出来た。異世界ではごく普通の女性、向こうの世界ではかなりワイルドな女性。俺と同じ狩人で、俺よりもかなり強い。この世界には利用可能な狩場が幾つかある。東京エリアにある平原、千葉エリアにある洞窟、群馬エリアにある渓谷。難度が一番低いのは平原、次が洞窟、最も危険なのは渓谷。俺が利用できるのは平原だけだが、彼女は洞窟でも狩りが出来る。この世界でモテる基準は強いかどうか、彼女の立場からすれば自分より弱い俺を選びたくない筈。だから、同僚からは「騙されているんじゃ」と警告されている。いつまでも教えてくれない名前が「そうかも」と疑念を持たせる。
ある日、入社したばかりの新人、鈴森から噂話を聞いた。「お前の彼女は男らしいぞ」と、何とも衝撃の内容。だが、突拍子の無さと話しのネタが新人という事もあって無視する事にした。それで終われば良かったのだが、鈴森は「こいつは男と付き合っているぞ」と会社や近所で風潮し始めた。そして、この話は彼女本人にまで伝わってしまう。彼女は「貴方はどう思っているの?」と問い、俺は「そんなこと思っていない」と返す。彼女は一応納得してくれたが、何か含みを持った表情で去って行く。
翌日、彼女は突然別れを切り出した。訳を聞くと、「力持ちだからって男じゃない」と何やら怒った様子。「言っていない」と弁明するが聞き入れてもらえず、結局別れは回避できなかった。
ショックを抱えたまま会社に向かうと、彼女と鈴森が一緒に手を繋いで歩いていた。聞こえてくるのは、「陰口を言うような奴は最悪だ」とか、「君の事を理解しているのは僕だけだ」とか、何やら俺を否定する内容。彼女が怒った原因は鈴森だと確信したが、今更文句を言うつもりはない。仮に文句を言って真実を明らかにしても、元通りになるとは思っていない。それに、背負った重荷を下ろした清々しさを感じる。この世界に長く居たせいか、強い彼女を持つ事に違和感があった。弱い者は弱い者らしく、身の程にあった生き方が良い…気がする。
と、言いつつ、またもや一週間引き籠ってしまった。
心の傷も癒え、鈴森の事も気にならなくなった頃。会社ではある噂話が頻繁に聞かれるようになった。なんでも、平原に新種の恐獣が現れるようになったらしい。興味心に駆られた俺は、早速噂の地点に向かう事にした。
双眼鏡を覗き、目的の新種を探す。噂話の通り、平原の恐獣とは明らかに違う個体を難なく発見。漆黒の鱗に覆われた大きな体躯、10メートルを余裕で超える翼、刃物のような鋭い牙。他の恐獣が可愛く見える恐ろしさに、察知されない内の逃走を決断。だが、何故か逃げ始めた瞬間を察知され目の前に降り立つ。
「助けて…」
確かに声が聞こえた。幼い少女の声…いや、もしかしたら声が幼いだけかもしれない。確かなのは、恐獣が人間の言葉を発した事実。恐怖は成りを潜め、興味が沸き起こる。
「家に帰りたい…」
「…何処なんだ?」
「ここではない世界」
今の質問で全てを決めつけるのは早いかもしれないが、素直な感覚で捉えるなら俺と同じように異世界に迷い込んだ人間。でも、何故恐獣の姿をしているのか理解できない。俺が前例だとするなら、人間として異世界に来るのが普通。何か異例が働いているのかもしれない。
「名前は?」
「仲川多恵…」
取り合えず人間なのは確定。恐獣になった理由は気になるが、今の問題はどうやって元の世界に戻すか。助けてと言われても、帰る方法に思い当たる節は無い。
「帰る方法は分かるのか?」
「…元の世界と同じ物があれば……帰れる」
帰る方法を知っている事に違和感。最初の人間が知らなくて、後の人間が知っている。かなり怪しい。だが、恐獣の口から漏れ聞こえるすすり泣く声が同情を誘う。疑念はあるものの、帰る方法を探す事にした。
翌日、仕事を休んで元の世界と同じ物を探す事にした。その間、狩人達を刺激しないように多恵には隠れてもらっている。心当たりがあるのは、異世界に迷い込んだ最初の場所。見える場所にはそれらしい物はなく、雑草生い茂る獣道へ足をのばす。だが、幾ら探しても元の世界を感じられる物は無い。
探す事5時間。へとへとに疲れた俺は、大きな石に腰を下ろし休憩する事にした。水筒から水を飲み、溜息を漏らしながら何の気なく近くの木陰に視線を移す。すると、記憶の片鱗に訴える妙な感覚が頭に奔る。記憶に従って木陰を探すと、小さな地蔵を発見。発見した事で忘れていた記憶が戻る。この地蔵は子どもの頃に友達が壊した物。念の為に後頭部を調べると、その時に修繕した跡がしっかり残っている。
その日の夜、人目を気にしつつ多恵を地蔵の元に連れて行く。帰り方を知っていた割には慎重に地蔵に手を伸ばす。すると、伸ばした手から徐々に人に戻っていく。見た目年齢は想像通りだが、着物姿はかなり渋い。地蔵の後ろに光の道が出来、多恵は何度もお辞儀をしながら去って行く。
「ありがとう…」
多恵が向こうの世界に帰る姿を見ても、自分も…とは思わない。待っているであろう家族が居ても、心はすっかり異世界に馴染んでいる。今の俺にしてみれば、異世界は向こうの世界。むしろ、帰る方が未知に触れる怖さがある。
あれから何事もない毎日を送っている。何事も無いと言っても、向こうの世界からすればかなり過酷。だが、今の俺には至って普通。異世界に来た感覚も、異世界という認識も、遠い過去のように思えている。今にして思えば、異世界ってものは長居するべきではないのかもしれない。夢ぐらいに思っていた方が新鮮で楽しい、もし行く事になっても遊園地程度の気分が良い。しかし、ちょっと違和感もある。この考えに至ったのは、記憶が世界に順応したから。もし順応しなかったら、ひょっとしたら今も異世界感を持っていたかもしれない。異世界ってそんな感じなのだろうか。俺が思っていた異世界は、記憶が順応する事は無いと思うのだが…夢想と現実は違うって事なのか。まるで、元々この世界の人間だったような気になってしまう。この問いの答えは、帰ってしまった多恵にある。もし多恵が異世界に順応していたのなら、これが異世界の現実。もし順応していなかったら、俺だけに適応された可能性が高くなる。今更ながら聞いておけばよかった…。
多恵が帰って一週間、不思議な出来事が発生した。あの面倒臭かった鈴森が居なくなった。会社を辞めて、彼女と別れ、住んでいた家は既にもぬけの殻。日頃から嫌われていたせいか誰も気に留めず、聞いても「そんな奴いたっけ」とかなり素っ気ない反応。鈴森の態度が招いた事と、その瞬間は思った。
だが、因果関係があると勘ぐってしまう事件が発生。何故か平原の恐獣が強くなり始めた。狩人達が会社に勤めているのは、狩り過ぎないように調節する為。全員の狩猟数を把握して恐獣の進化が加速しないように管理している。それは徹底されていて、会社に勤務していない狩人は存在しない程。狩場は見張りが常に巡回しているし、抜け駆けするような奴は最悪処刑される。鈴森が会社を辞めた理由に繋がるかは今のところ断定できないが、あの態度ならあり得そうな気がする…。
翌日。いつも通り平原で狩りをしていると、鈴森が見たことの無い装備で立っていた。脇には大量の恐獣の死骸。これで鈴森が犯人なのは確定。ただ気になるのは、どうやってこれだけの恐獣を倒したのか。仮に群馬エリアの最強装備を身に着けたとしても、恐獣を怖がっていた鈴森に倒せるとは思えない。
「ゲーム感覚だと狩りって楽しいもんだな。異世界も悪くない」
この発言で、鈴森がこの世界の住人ではなかった事が判明。俺と同じように迷い込んで、俺と同じように順応……いや、していなかったのかもしれない。
「お前、同じ世界から来たんだろ? 旅館の看板娘から聞いたぜ」
「そんな事より、ゲーム感覚ってどういう事だ?」
「ああ、その事か。俺達は異世界に肉体を持ち込めない。だから、異世界に足を踏み入れた瞬間、生成された仮の肉体に精神が投影される。刺されても、斬られても、殺されても、全く痛くも痒くもない。しかも、死んだら元の世界に強制送還され、また異世界に足を踏み入れたら全く同じ肉体が同じ場所に用意される。これって最高じゃないか! ノーリスクで死に放題、途中から何度でもやり直せる!」
完全にゲーム感覚で異世界を楽しんでいる。順応していたのなら、死んでも大丈夫と知っていても本能に刷り込まれた恐怖が躊躇わせる。
「止めてくれ! そんな事をしたら、この世界の住人が生きていけない!」
「知った事かよ! この世界の連中が死のうが全く関係ない!」
順応していなくても、俺から奪った彼女には多少なりとも感情を寄せていた筈……そう思ったのだが、どうやら違ったらしい。もうこれ以上交渉しても意味は無い。鈴森にとってこの世界の住人はNPC。ゲーム世界のNPCに問いかけられて真に受ける者は居ない。
「思い留まってくれないか?」
「面倒臭いな~! 俺は早く強くなりたいんだよ! これからツアーに参加する奴に負けたくない!」
金儲けの為に異世界を食い物にした犯人に心当たりがある。だが、今は一旦忘れる。最初の客であり、異世界の事情を知っている鈴森を…殺す。正確には殺せないが、「異世界なんてそんなに良いモノじゃない!」って思ってくれれば大勝利。悪評が立てば、ツアーの存続は難しくなる。
意図を感づかれないように、懇願を利用しつつ感情を昂らせる。武器を構えても、間合いを近づけても、気付かないように巧みに鈴森の精神を操る。これは恐獣相手に培った技術。記憶が順応してくれたお陰で短時間で身に付いた。
「どうしてこの世界に肩入れしている? お前だって俺と一緒だろ?」
「違う! この世界をゲームの中とは思っていない!」
話が面倒になったのか、癖なのか、剣を地面に刺して頭を掻く。その隙を逃さず、鎧の隙間に大剣を刺し込む。脇下から胸の奥にかけて貫通、確実に致命傷。だが、痛みも苦しみも無く、平然と笑って見せる。
「お前だってゲーム感覚じゃねぇか! そうじゃなかったら人殺しだぞ!」
「人殺しで良い。守る為だったら幾らでも殺してやる!」
何度でも蘇るから殺せる。もしそうじゃなかったら殺せない。この世界に順応しても、向こうの世界の記憶も共存している。人殺しが悪い事である認識も、犯罪を犯す恐怖もしっかり残っている。
「折角、楽しんでいるのに…」
致命傷には違いないが、まだ僅かに生きている。にも拘らず、新しい体が生成され背後に現れている。居ると分かっているのに、振り返る事が出来ない。本能が危険信号を発信し続けている。人間の筈なのに、人間とは思えない雰囲気。
本能に従い咄嗟に走って逃げる。
「おい! 逃げるな!」
必死に逃げるが、声が遠ざからない。奇妙なのは足音、四足歩行をしているとしか思えないリズム。本能よりも好奇心が勝ち、走りながら振り返る。追いかけて来たのは、恐獣。失念していたが、多恵という前例があった。鈴森が恐獣になってもおかしくない。
「直ぐに殺してやる! 痛くしないからさ~」
鈴森は俺が死ぬ事を知らない。知らせたとしても、攻撃を中断する可能性は極めて低い。欲しくて堪らなかったゲームがやっと出来る、そんな時に「止めて欲しい」と言われても簡単に止められない。自分勝手に理由を付けて解釈し、ゲームを続行しようとする。「本当は肉体があるくせに嘘を吐いている」と言い訳、仮に死んでも「どうせバレない」と簡単に割り切る。結局は、「このゲームは面白くない」と思わせる必要がある。
鈴森が戦いに疎い事を祈り、一転攻勢に出る。急ブレーキをかけて速度を落とし、迫ってくる鈴森の間合いを極端に狭める。案の定、鈴森は速度を弄ばせこっちに突っ込んでくる。激突しても痛みは無いが、人間感覚で反射的に避ける。その隙を見逃さず、一気に間合いを詰めて大剣を腹に突き刺す。だが、固い皮膚のせいでダメージが通らない。
「無駄だって~」
「知っている!」
あくまで憶測だが、鈴森は恐獣の姿で人類未討伐の恐獣を倒した。それは、恐獣状態の鈴森は人類未討伐クラスの力を持っている証拠でもある。そんな相手に平原でしか通用しない大剣が効く訳がない。大事なのは、攻撃が届いた事実。
「だったら降参しろ!」
「降参して欲しいだけだろ?」
逆撫でするような事を言って挑発、わざと攻撃を誘発させる。案の定、怒りに任せて爪を振る降ろす。だが、戦闘に慣れていない鈴森では威力だけ。俺がちょっと横に避けただけで外し、バックステップを踏んだだけで大振りゆえに態勢を崩す。力があっても、ただの持ち腐れ。人を馬鹿にしてばかりで真面に狩りをしなかったツケが回ってきた。
攻撃が当たっても今の武器では勝てない。そこで目を付けたのは、鈴森が持っていた武器。未知の恐獣を材料にしているのは間違いない。問題は、今の鈴森に通じるかどうか。
躱しながら来た道を戻り、鈴森の死体から剣を奪う。
「それは俺のだぞ! 返せ!」
「欲しかったら奪い返せ!」
面白いように挑発に乗る。直線的で察知しやすい動きは本能で動く恐獣よりも分かりやすい。大振りの爪を回避して、懐に潜り込み手にした剣で腕に斬撃。虚を突かれるほど簡単に切断できてしまった。その勢いのまま胸を貫き、頭に向かって斬り上げる。
「俺の武器だぞ…返してもらうからな!」
相手は不死の殺意、油断してはならない。直ぐに復活して取り返そうとする。精神を研ぎ澄まし、あらゆる感覚で出現に備える。
「殺す!」
お手本のように大声で殺気を放出。しかも、背後から。予想通りに心で苦笑し、体を真っ二つに両断。間髪入れず次から次に復活を繰り返すが、何度繰り返しても癖や衝動を抑えられず剣の餌食になるばかり。自分と照らし合わせて考えると、やはり記憶の順応が決め手になっている気がする。戦いを正しく理解出来る下地がなかったら、鈴森と同じレベルだったかもしれない。
戦いは半日以上も続いた。殺した鈴森(恐獣)は100体を超え、流石に意気消沈の様相。現れても殺されると分かってしまい直ぐに諦める。武器は取り返したいが、取り返せる気がしない。ゲームを止めたくなる状況が完成しつつある。
「クソっ………何だよ、折角楽しんでいたのに……つまらない!」
現れた鈴森は人間の姿。
諦めの証だったら良いのだが…。
「また明日…来るかなら」
捨て台詞を残して姿を消した。これでなんとか撃退完了。しかし、これは始まり。ツアーが組まれているなら鈴森のような奴がどんどんやって来る。ゲームを楽しむ為だけに…。
俺はこれからも戦う。逆転した異世界観点に惑わされていたとしても、守りたいと想う者の為に命を賭ける。




