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ルドベキア

作者: moon

「有希ちゃん、血吸わせて」


 現在の時刻は地球でいうと深夜の3時過ぎだ。

大半の人間は眠っている時間で例外なくわたしも睡眠を貪っていたのだが意識を無理やり呼び起こされ、どこか楽しそうな瞳で見下ろしてくる男に鋭い犬歯を見せながら冒頭の言葉を告げられた。

回らない頭とすぐに閉じそうになる目に軽くため息を吐きながら言われた内容を反芻する。

・・・ち、地?・・・吸わせて?

 ゆっくりとした動作で瞬きを繰り返し目の前の男の様子を見ながら思考を巡らす。

暗闇の中紅く光る瞳は獲物を見るような目で、肌は昼間の空の下では透き通る程白いのだが真っ暗な部屋でも薄く白い光を放っているので照明の役割をしていると常々思うが本人に言うと顔を顰められるので告げることはないだろう。

少しだけ呼吸をすると鼻につく甘ったるい何かの匂い。

 ・・・酔ってるの?

 未だに人の体の上に跨っている男へ訝しげに視線を向けると目を細められたが男も様子を窺っているようで何も言ってこない。

だんだんと意識がはっきりとしてきたがなぜこんな状態になったのかいまいち理解できず目の前の男へ出た言葉は「なんで人の上に跨ってるの」と非難めいた口調だったのは仕方がないだろう。


「有希ちゃん俺の話聞いてた?血吸わせてって言ったんだが」

「・・・えー・・・聞き間違いじゃなかったんだぁ」


 出来れば聞き間違いであって欲しかったと重いため息を吐きながらやっぱり目の前の男は酔っているのだと確信できた。人の名前に“ちゃん”付けするときは必ずと言っていいほど酔っぱらっている。普段はこんなに甘えたように敬称をつけない。


「ゲルデマンド様お戯れはよしてください」


 今何時だと思っているの、とふざけたことで起こすなという意味合いを込めて睨むとゲルデマンドは目を細め寝台に広がる髪の一房を手に取ると自身の口元へもっていく。

優雅な仕草に目を奪われそうになるが睨む姿勢は忘れない、少しでも気を抜けば意気揚々と齧り付く酔っ払いの相手をしなくてはいけなくなるからだ。


「少しだけでもいいから」

「嫌です、だからもう寝かせてください」


 も―本当にどいてよ、と寝返りをうちたくても動かせない状況が辛すぎる。本当は部屋から出て行ってほしいが今いる寝室はゲルデマンドのものでもあるから強くは言えない。

ゲルデマンドの庇護下という立場だが嫌なものは嫌だ。ゲルデマンドも嫌なことは嫌だと言えと無理強いはしないと盟約を交わしてくれたからの態度だが本当はゲルデマンドが強く望めば命令を下せば大して力もない人間の女である私は抗えない。

そんな私の様子に承諾する意思がないのだと読み取るとふぅっとため息を吐き体の上から退いてくれたゲルデマンドの「まだだめなのか?」という問いに締め付けられるような胸の痛みを覚えた。


「ごめんなさい」

「いや、いい。謝らせたかったわけではない」


 隣に寝転んだゲルデマンドに謝ると横向きに体を動かし再び髪を弄るために手を伸ばしてきた。髪をつかむ前に優しく撫でるゲルデマンドの手が心地よくそっと目を閉じると髪を撫でていた手が頬へ移り目を開ける。

右上を見るように視線を向けると呆れたような色を宿す紅い瞳と目が合った。


「ゲルデマンド様?」

「・・・有希は触れられるのは嫌ではないか?」


少し考える素振りをしたゲルデマンドに不思議に名を呼ぶと頬を包みながら指の腹で優しく撫でられ素直に「嫌じゃないです」と答える。私の言葉にゲルデマンドは目を細め触れる指の力を少しだけ強めた。心地いい頬の温もりを感じながら思考を巡らす。

ゲルデマンドに触れられるのは嫌ではない、それは本当だがまだ直接血を吸われる気にはなれない。もしかしたら自分の世界へ帰れるかもしれないという希望が拭い捨てきれないのと注射よりも太く鋭い犬歯を刺されるという怖さもある。それに帰れるかもしれないという希望がある限り半身になる決心もつかない。

だから結局血を吸われるという行為を許すことはできず、現状維持でゲルデマンドと過ごすしかできないのだ。


「嫌ではないならいい、有希の気が変わるまで待つさ」


人間の生は短いから死ぬまでには変わってくれることを願う。と向けられた優しい眼差しに申し訳なさと切なさが込みあがり潤みだした目を誤魔化す様に目を閉じる。こんなにもゲルデマンドから大切にされているのに帰りたくなる私はどんなに自分勝手で醜いのだろうか。ゆらゆらと負の感情に包まれそうになったときギュッと頬を抓られ驚きでゲルデマンドを見る。


「そろそろ寝ろ、寝不足だと貧血を起こす」

「・・・・それ、ゲルデマンド様がいいます?」


明日、いやもう今日の血の提供、ゲルデマンドにとっては食事の際のことを言っているのだろう。注射器で血を抜かれるときを思い浮かべ寝不足による貧血はゲルデマンドのせいだと告げるとくっと笑みを浮かべられた。

ゲルデマンドの笑みを見て変にこもっていた体の力が抜けクスッと笑みをこぼした。

血を抜かれるのは絶対なので本当にそろそろ寝ないと貧血で倒れてしまう。もしかしたら味も悪くなってしまうかもしれないと目の前の優しい男へせめて食事は美味しく召し上がってほしいから眠りやすい体制へと身じろぐ。


「おやすみなさい、ゲルデマンド様」

「おやすみ、有希。いい夢見を」


頬にあった手は髪へと移り優しく撫でる感触が気持ちがよくてそっと目を閉じた。


ルドベキア・・・あなたを見つめるという花言葉。



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