不穏な予感
視点:ミカゲ
あ、あああああ! 言ってしまった! 恥ずかしい! 私はなんて事を言ってしまったんだ……。でも仕方ないじゃないか、目の前にいきなり天使がいたんだから!
誰かに話しかけられた私が目を開けると、運命の神官少女がこの私に話しかけて居たんだぞ!? 心の準備も出来ないまま、いきなり美少女とコミュニケーションを取る事になるなんて難易度が高すぎる。
だからかな、彼女から「わたしに何か御用でしょうか?」と聞かれた時につい。
つい、その……彼女の胸を見ながら。
『C……いや、Dか!?』
こんなセクハラ紛いのセリフを、まさか彼女に言ってしまうとは。
小さな声でボソボソ言ったけど、あの反応を見るに聞こえてただろう。
ああ、絶対に変態男だと思われたよ……あ、いや変態女か。
その上、恥ずかしさの余り走って逃げてしまった。
まさに失礼の極み。人と話してる最中に逃げ出すなんて……!
「謝らないと……このままじゃ失礼で変態な女だと誤解されたままだ!」
あの少女とは何としても仲良くなりたいッ!
近くで見た彼女は、やはり清楚で可愛くて……何か良い匂いもして。
おっぱいも大きくて、今考えるとDどころじゃなかったような。
「うへっ……げへへへ……」
おっといかん、涎が出てきた。
美少女と久しぶりに、至近距離で対峙した所為で酷く顔が緩んでしまっている。
彼女の前では顔が緩まない様に、しっかりと引き締めた顔で会話したから大丈夫だろうけど……油断すると口元が緩んじゃうからね。また変態と思われない様にしっかりと注意しておかないと。
***
私が冒険者ギルドに戻ると、彼女たちはもういなかった。
しまった……クエストに行ってしまったのか!?
時間が経てば経つほど、誤解を解くチャンスが無くなってしまう。
どうする……どうすればいい?
(そうだ! 偶然会っちゃった作戦で行けばいい!)
クエスト中、偶然にも冒険者同士が遭遇することは結構ある。
彼女達がどこに行ったのか受付嬢さんに聞いて、私もそこに行けばいいじゃないか!
問題は受付嬢さんとの会話だけど、結構あの人とは付き合いが長いからね。人見知りの私でも普通に話せるよ。私の口下手は、一緒に過ごした時間が解決してくれるのさ。
早速、私は受付嬢さんの元へと歩いて行く。
受付嬢さんは書類を見ていたが、やがてこちらに気づいたのか私の方を見た。
「ひぃっ! ミ、ミカゲさん……どうしたの?」
「…………」
あれ、声が出ない。やほー!って軽く挨拶するつもりだったのに、なんでだ? 付き合いが長いはずなのに何故なんだろう? あっ、最近話してないから私の身体が人見知りを発動してるんだ。これは盲点だったなぁ。
ぬううう、頑張れ! ここで頑張って聞かないと美少女神官ちゃんとの甘い恋人生活は望めないんだぞ! 一世一代の正念場だ! 男ならやるしかない!
「……どこ、だ?」
「え? な、なにがですか?」
「……神官の……女は、どこへ行った……?」
「リアナちゃんのこと? な、何で貴女が彼女の事を……」
「…………」
声がガチガチになって思うように言葉が出ないけど、まあ伝わってるみたいだしいいよね! それに付き合いの長い受付嬢さんなら、私が喋るのが苦手だという事をちゃんと分かってくれてるはずだ! 持つべきものは理解者だね!
それより、リアナちゃん……リアナちゃんって言うのかぁ。
凄い美少女っぽい名前でイイ! リアナちゃん! ああ、リアナちゃん!
はっ!? 危うく受付嬢さんの前にも関わらず、脳内でリアナちゃんとイチャイチャな妄想をするところだった。今は場所だよ、場所! リアナちゃんがどこに行ったのかが重要なんだよ。
「彼女は、どこにいる……?」
「き、聞いて、どうするつもりなの!」
「……フフッ」
「!?」
おっと、イケないイケない! 彼女の顔を思い出しただけでつい口元が緩んでしまった。付き合いの長い受付嬢さんの前だったから良かったものの、他の人の前なら即死物だったね。
だけど、そろそろふざけて聞いてる場合じゃない。
あんまり時間を掛けるとクエストだって終わっちゃうかもしれないし。
私は顔を引き締め、思い切り受付嬢さんを見つめる。
真剣な気持ちを分かってもらうには、真摯な態度で臨むべきだ。
「……どこに、いる?」
「あ、う……リアナちゃんはその」
「……どこだ?」
「ち、ち、近くの森で薬草採取してるわ」
「……ありがとう」
話してくれる寸前に、「ごめんなさい、リアナちゃん……」と受付嬢さんが小さく呟いていたが、彼女と何かあったのかな? ひょっとしたら喧嘩でもしていたのかも知れない。だとすると、ちょっと間が悪かったかもなぁ。
それはそうと近くの森か! 私も新米の頃はそこから始めたんだよ!!
なんだかシンパシーを感じる。リアナちゃんはやはり運命の相手なのでは?
そう考えた途端に、ウキウキ気分となった私は近くの森へ向かおうと歩き出す。本当にスキップでも刻みたい気分だ! 早く仲良くなりたい。そして仲が深まったら……ぐへへ。
鼻歌混じりで冒険者ギルドを丁度出る所で、切羽詰まった感じの二人の冒険者とすれ違う。なにやら、腕や脚に怪我などもしており、とても痛々しい様子だ。
気になったものの、知らない人に話しかけれるはずもなく通り過ぎようとした私だったが、二人の冒険者が大声で話してる内容を聞いて私の足は止まった。
「近くの森に人食い鬼が出るなんて聞いてねぇぞ! 新米用の場所じゃなかったのかよ!」
「ダンとビッグス……二人共やられちまった……森に今行くのは危険だ」
「急いでギルドに報告を!! このままじゃ、犠牲者がどんどん出るぞ!」
そう叫んだ二人の男達は、走って受付嬢さんの所に行き、大声で報告している。
それを聞いた受付嬢さんは青い顔になり、奥の部屋へと走って行った。
私は――――スキル『瞬歩』を発動し、全力で駆けた。
人食い鬼――危険度Bに指定されている強力な魔物だ。
人間の肉が大好物で、捕まえた人間を生きたまま喰らう。
捕まえた人間の苦痛に歪む顔を見ながら、咀嚼するのが大好きな最悪のタイプだ。
新米パーティでは……見つかった瞬間殺される。
彼女達が、リアナちゃん達が危ない!
急げ! 急げ! 急げ! もっと早く! そうしなければ、間に合わなくなる。
オーガはとても鼻が利く。三人も固まって居たらすぐに見つかってしまう。
討伐のメンバーもすぐに組まれるだろうが、そんなものを待っていたら彼女たちはとっくにオーガの腹の中にいることだろう。
ならば、私がやるしかない!
私が、リアナちゃん達を助けるんだ!
スキル説明 『瞬歩』
短時間だが、目にも止まらぬ速さで移動できる剣豪の初歩スキル。
連続での使用も可能なので使い勝手は良いが、使った分だけ相応のスタミナは消費する。




