聖女
視点:ミカゲ
一人、また一人と検査され、気が付けば残すは私達二人だけとなっていた。
「次、そこの小娘! こちらに来い」
前にいた私を何故か無視して、レドラスはリアナちゃんの方を指定した。
投獄される恐怖で動けない彼女に痺れを切らせたのか、傍に居た騎士達に合図を送ると彼らはリアナちゃんを無理やり連れて行こうとする。
「待て! 先に私から調べろ!」
「ふん、そんな慌てずとも次はお前の番だ。大人しくしていろ」
庇おうと声を上げたがレドラスは私など歯牙にも掛けず、強制的に奴の傍まで連れて行かれたリアナちゃんの方に天秤をかざした。
ダメだ! 彼女の職業が神官ではなく、盗賊だという事がこいつらにバレれば確実に待っているのは破滅だ。奴らの目的が何であれ、犯罪者を見逃してくれるような甘い連中ではない。
――――もしも、もしもバレたならば。
刀に手をかけ、一瞬考える。
今の生活を全て捨ててでも、私はリアナちゃんを選ぶのかと。
……愚問だ。決して見捨てたりなどしない。心から愛したいと思える人をようやく見つけたんだ……それを奪おうとするならば、何度だって叫び抗ってやる。
理不尽に、彼女を奪わせなどしない。
天秤がリアナちゃんを捉え、彼女の頭上にその真実を照らし始める。
神官ではない事に皆がきっと驚くだろう。神官服を着ているのに盗賊なのだから当然の反応だ。
その一瞬を狙う、油断してる一瞬で彼女を連れてこの街を出る!
彼女と一緒なら、どんな状況でも私は生きていけるから。
「なんと! こ、これはっ!?」
「えっ……リアナちゃん、あなたっ……!」
予想通り、レドラスもギルドのみんなも驚いている。
今だ! この一瞬に全てを懸けるッ!!!
瞬歩を使い、リアナちゃんの傍まで即座に移動した私は彼女の手を掴みここから出ようとした。その際に、チラリと頭上に光る彼女の職業が目に付く。
盗賊であることは事前に聞いていたので、何も驚く必要など無かった。
――だが、ソレを見た時、彼女の手を掴んでいた私の手は止まってしまう。
そして皆と同じように、ソコに示されていた事実に驚く事しか出来なかった。
なぜなら、そこに示されていたのは。
「……リアナ、さん?」
「あっ、ミカゲさん……わ、わたし」
盗賊などではなく。
「わたし……」
『聖女』の、二文字だったからだ。
***
「聖女リアナ様! ずっと貴女を探していたのです。やはり女神様の信託通り、この街を調べたのは正解でした! まさか下賤なる冒険者共の中におられたとは……想像も付きませんでしたが」
「あのっ、聖女って……? それにわたし」
先程まで不遜な態度を取っていたレドラスが、リアナちゃんに片膝を付き頭を垂れていた。
それに対し慌てふためいたリアナちゃんが、どうしたらいいのか分からないと言った様子でこちらを見ている。私だって知りたいよ……。
「混乱するのも無理はありませんな。聖女様は、魔王を封印できる唯一無二の存在。いわば貴女こそ人類の希望なのだ! 魔王にとっては余りに危険な人物故に、女神様からその存在を隠されてきたのです」
「わ、わたし実は盗賊で……神官だって嘘を付いて」
「いや、貴女は聖女だ。この天秤はどんな偽りも暴く……この日のために用意された物なのです」
「わたしが、聖女?」
妙な事になって来たが、どうやら罪人となり投獄されるという最悪の事態は回避できたようだ。ひと先ず危機を乗り越えホっとした私はリアナちゃんを安心させようと近付く。
「リアナさ――」
「止まれ!」
しかし彼女に触れようとした瞬間、騎士達が間に入り込み険しい顔でこちらを睨みつけてきた。その手は剣の柄へと伸びており、いつでも私を斬る意思がある事を示しているようだった。
「汚い冒険者風情が、聖女様の御身に触れようなどと。何様のつもりだ?」
「ちがうんです! ミカゲさんはわたしの大切なひ……仲間なんです!」
「聖女様、この者にそう吹き込まれたのですね? こいつらは金に汚いだけのゴミです。仲間などではありません。貴女の目をすぐに覚まさせてあげましょう」
リアナちゃんに跪いていたはずのレドラスがいつの間にか立ち上がり、こちらを見下すように告げる。私を庇おうと声を上げたリアナちゃんだったが、駄々をこねる子供のように軽くあしらわれていた。
すると、ゴトンと重い音をさせた袋が私の足元に転がる。
乱雑に投げられた袋から、溢れんばかりの金貨が飛び出す。
「どうせ聖女様を護っていた対価を渡せとでも言うつもりだったのであろう? ほれ、受け取れ。薄汚いお前では見たこともない様な大金だぞ? それを取ったらさっさと聖女様の前から消え失せるがよい」
「…………」
何を言っているんだろうか、こいつは。
彼女の価値が……こんな、下らないモノと同じだと思っているのか。
こんなもののために、私がリアナちゃんを救ったのだと思われていると考えただけで、おぞましかった。彼女への愛を汚されたような気がして、腹が立った。
だから、私は。
金貨の詰まった袋を拾った。
「ご覧ください聖女様。下賤な冒険者はやはり金が目当てで――ぶべぇ!」
そして、それを思い切り大神官様の顔面へとぶつける。
凄い量が入っていたのか、流石に威力も相当なものだね。そのままレドラスは後方へと倒れてしまった。
「貴様ッ! なんのつもりだ!」
「大神官様に対する無礼……死ぬ覚悟は出来ているのだろうな?」
殺気だった騎士達が、こちらへ白銀の刃を向ける。
……馬鹿な事をしたと自分でも思う。だけど後悔はしていない。
彼女への想いを汚されるよりなら、ずっとずっとマシだ。




