分かっています
視点:ミカゲ
人生最高の気分だ! まさか、朝食の時間にリアナちゃんとあんな嬉しい時間を過ごせるなんて……う、うおおおっ‼ 遂に、私の想いが実を結んだというのか‼
叫びたい……この喜びを、大声で叫びたいところなのだが……それはできない。
なぜなら、私は――今リアナちゃんと冒険者ギルドへと向かっている最中だからだ。
「ミカゲさん? 難しい顔をしてますけど、どうしたんです?」
「い、いや……何でもないよ。少し、気になる事があってね」
「ギルドからの用事の事ですね。一体、何のお話なんでしょうか……」
すまない、難しい顔をしているのは……実は、顔がニヤけそうだから顔に力を入れているだけなんだ。別に私は、何かを考えてるわけじゃ……いや、リアナちゃんの事しか考えてないんだッ!!
今だって、ドキドキしている。
そんなすぐ傍で一緒に歩いてたら……リアナちゃんの良い匂いで思考なんかまともに働くわけがない。煩悩しか働かないよ!
浮かれていると、すぐに冒険者ギルドへと着いてしまう。
おっと、いかんいかん! そろそろ気を引き締めないとダメだ!
深呼吸し、精神を落ち着けた私は扉を開けて、リアナちゃんと共に中へと入る。
私達が中へ入ると、大勢いる冒険者達がこちらを見て来た。
毎度のことだけど、私が来ると皆こっちを見るのは何故なんだろうか?
A級冒険者といっても結構な頻度で来てるし、そもそも私なんか見てて面白い人間じゃないだろう。
……ハッ!? もしかして、これは私じゃなくてリアナちゃんを見ているだけなのでは?
ありえる、天使を超えた美貌を持つリアナちゃんを見ているという説ならば、こんなに注目しているのも納得だ。
誰だって見る、私だって見るよ!! 真正面からはまだ……ちょっと見れないけどね。緊張してどもってしまうんだ、これでも童貞なのでね。
いや、今は処……やめよう。それ以上考えてはいけない気がする。
煩悩に思考を悩まされていると、周りの声が聞えて来た。
ヒソヒソしゃべっているが、私は耳が良いから聞こえるんだ。数少ない長所かも知れない。
もっとも、もし私の悪口を言っていたら、長所に心を殺されるわけだけどね……。
「おい、ミカゲと一緒に居るあの子……何者だよ」
「あの子か? 最近入って来たD級のやつだよ」
「D級……? なら、もしかして噂を知らないんじゃ」
「だろうな……そうじゃなきゃ、あんな狂人に近づかねぇよ」
「だよな……狂人ミカゲに近づく奴なんて、死にたがりとしか思えねぇ」
ごふっ! モロ悪口じゃないかッ!? それに狂人ってなんだ。いや、もしかして強靭という意味だったのかな? 強靭に近づかない……? いや、やっぱり違う。あれは悪口だ!
確かに、前世でも暗い男、冷血漢、人を見下すような目で見る男とか職場の女性達から散々陰口叩かれてたけどさ……誤解なんだよ。昔から、私は人見知りなだけなんだ。
性別が変わり、環境が変わってもなお、私の扱いは変わらないというのか……!
というか、もしかして私の評判って随分前からこんな感じだったのだろうか?
え、もしかして注目されてたのって、A級冒険者だからじゃなくて……ただ危ない人だと思われていた? いや、まさか、そんなはずないよ。私は人に誤解されるような行動は何一つしてない!!
心の中でそんな風に納得した私だったが――また声が聞えて来た。
それもヒソヒソ声ではなく、結構大きな声だった。
「それより聞いたか? 『白銀の棘』の連中の話」
「ああ……全員皆殺し。ギルドの知り合いから聞いたんだが酷かったらしいぜ」
「やったのって、ミカゲなんだろ? 同じギルドに所属してる奴を皆殺しとか……正気じゃねぇぜ」
「連中もあくどい事をしてたらしいから、怒らせるような事でもしたんだろうな」
「おぉー怖ぇ! ミカゲを怒らせると殺されるらしいから、こりゃ関わらない方が良いな」
「まったくだ……目も合わせない様にしないとな」
「あんな危険な奴……早く別の街に消えちまえば良いのに」
……うん。確かにそれは、私だ。
そうだよね。いくらリアナちゃんの為だったとはいえ、私は人を殺したんだ。怖がられても仕方ない。私だって、人殺しなんかいたら近付きたくない。
奴らを殺したことを後悔するつもりはない。
だけど、正しい事をしたとも思ってない。
リアナちゃんだって、あの時は私を受け入れてくれたが……冷静になって、時が経てばひょっとして怖がり出すことも考えられる。
狂人……か。あながち、間違ってないのかも知れない。
人殺しなんか、傍にいたって……誰も安らげないよね。
リアナちゃんだって――もしかしたら。
「ミカゲさん」
暗い思考に囚われていると、まるでそれを払拭するように澄んだ声が傍から響く。それと同時に、私の腕に柔らかな感触が伝わってきた。
目を移すと、そこには私の腕に抱き付いているリアナちゃんがいたのだ。
「リ、リアナさん……?」
突然の彼女の行動に、頭が真っ白となり――言葉が浮かばない。
嬉しいけど、どうしていきなり?
「大丈夫ですから」
心の中でオロオロしている私の疑問に答えるかのように、リアナちゃんはそう言って来た。
「えっ?」
「わたしは、ミカゲさんが優しい人だって、知ってますから……危険な人だなんて、思ってませんから……だから、安心してください」
「リアナさん……」
彼女の言葉が、心に沁み渡るようだった。
思わず、泣きそうになったけど……我慢したよ。
だって好きな女の子の前で泣くなんて、男として情けないだろう?
周りに人も一杯いるし、そんな事をしたらリアナちゃんまで変な目で見られる。
だから、私は必死に我慢した。
我慢しながらも、彼女に伝えたいことがあった。
「っ……あり、がとう。貴女にそう言ってもらえるだけで……元気が出たよ」
少し声が震えてしまったけど、バレてないだろうか。
バレてなければいいなぁ……情けない男だと、思われてなければいいなぁ。
「お礼なんて……きっと皆さんは、分かってないんです。ミカゲさんは、確かに強くて、なんでもこなせる人なのかも知れない……けど本当は、とても心の優しい……魅力的な女の子なんだって」
リアナちゃんが私を慰めてくれるだけで、もう十分だ。
心が優しいと貴女は言うけど……ホントに優しいのは、リアナちゃんの方だよ。
「いつか、必ず伝わります。ミカゲさんの優しさは……! そしたら、きっと素敵な男性がミカゲさんの事を好きになってくれるはずですッ!」
いや――――男は、ちょっと無理かな。
うん、言いたいことは分かるし……嬉しいんだけどね。
微妙に、気持ちがすれ違っているのであった。




