解ける誤解
視点:リアナ
「うぅん? あれ、わたし……寝ちゃってたの?」
ミカゲさんを膝枕してた事までは記憶にあったのだけど、いつの間にか寝てしまっていたわたしが気が付くと、そこはベッドの上だった。
身体を起こし、周りを確認する。
窓からは光が差しており、もう朝になっていることが分かった。
そしてかすかに開いていた扉の隙間から、何か良い匂いがこちらの方に流れ込んでくる。その匂いを嗅ぐと同時にわたしのお腹も鳴り始めた。
「あう……」
自分のお腹が鳴るのを自覚すると、とても恥ずかしい。
幸いミカゲさんは部屋に居なかったから良かったですけど、危なかったです。
そんな事を考えつつ、ベッドから起き上がったわたしは、まず最初に自分の顔に服を当てて、匂いを嗅いだ。神官服を着たまま寝ていたので、汗などが染みついて臭くなってたりしたら嫌ですからね。
一応、昨日怪我を治してくれた治療師さんからミカゲさんと一緒に清潔魔法の魔法も掛けて貰っていたので、一日そこらで臭くなるとは思えませんけど……念のためです!
よし、臭いは大丈夫……自分じゃあんまりアテにならないけど、多分大丈夫です! 準備が完了したので、廊下へ出て匂いがする方へと歩く。
すると、そこにはエプロンを付けたミカゲさんが居て、丁度出来上がった料理を並べているところでした。
(えっ……わたしよりなんか家庭的な気が)
ちなみに、わたしは料理が出来ません。
カリンちゃんや、レイちゃんは出来るのに何故かわたしは出来ないんです。
神官の振りした盗賊だし、頭も良くないし、冒険者としてもD級だし、挙句に料理も出来ないし……うん、何だか本当に良いところひとつもないですね、わたし。
それにしても、エプロン姿のミカゲさんって凄く新鮮な感じです。
てか改めて見ると背も高いし、手脚はすらっと長くて、服越しでも本当に綺麗な身体つきなのが分かってしまう。大人の女性、おそるべし。
羨ましくなんて……いえ、羨ましいです。
ううん、なんか朝からネガティブ思考に陥ってるような気が。
何でもかんでも、自分と比べるのは止めた方が良いって分かってるのに。
「……おや? リアナさん、起きてたのか」
わたしが脳内で体系比べをしていると、わたしがいることに気付いたミカゲさんがこちらに振り向き話しかけて来た。
「あっ、その、お、おはようございます!」
心の準備が出来てなかったわたしは、どもりながら返事を返してしまう。
まだミカゲさんとどう接して良いのか、分からないんです。
わたしを助けてくれた恩人。
更に心配して自宅に泊めてくれた事を考えても、少なくとも嫌われていない事は分かるんだけど……実際のところ、ミカゲさんにとってわたしって何なのかが良く分からない。
どう考えても、助けても得になるような人物じゃないんですよ、わたし。
自分で言うのもなんですけど、まず弱いし、人脈とかも皆無ですし、そもそも少し前までただの村娘でしたし。A級冒険者のミカゲさんが、そんなわたしを助けてくれる理由って何なんだろう?
本人に聞けばいいだけの話なんですけど、聞きづらいじゃないですか。
実は彼女が何か勘違いしてて、わたしが偉い人とコネがあるからとか答えられたらどうしようもないですよ。そんなの、謝るしかないじゃないですか。
「おはよう、丁度食事が出来上がったところだ。一緒に食べよう」
そう言ってミカゲさんはエプロンを外し、椅子に座る。
どこに座れば良いのか分からなかったわたしは、とりあえずミカゲさんの対面となる席へと座った。
「これ、わたしも食べていいんですか?」
「あ、ああ……も、も、もちろんだ」
正面からミカゲさんを見つめて、わたしが聞くと、何だか急に歯切れの悪い感じとなったミカゲさんの言動にわたしは心配となった。
「あの……何か気に障るような事を言ってしまいましたか?」
よく見れば、ミカゲさんはわたしから目を逸らすようにしているようでした。
やはり、わたしが何かしてしまったのでしょうか。
「えっ? 何故そんな事を?」
「わたしから目を逸らしたり、急に歯切れの悪い言い方になりましたから……何かしてしまったのかなって」
素直にそう聞くと、ミカゲさんは驚いたような顔をわたしに向け、おずおずといった様子で話し始めました。
「違う、違うよ。貴女は何も悪くないんだ。ただ、その……私は」
そして、しばらく黙っていたかと思うと。
「私は……実は、ひ、人見知りなんだ。人と関わるのが、あまり上手くなくてね。だから、貴女に見つめられると、緊張してしまうと言うか。つまり、そういうことなんだ」
そう言って、バツが悪そうにそっぽを向いてしまう。
それを聞いたわたしは、純粋にびっくりした。
強くて、怖いモノなんかなさそうなミカゲさんが、まさか人見知りだったなんて……こんな事誰かに言ったとしても信じてもらえるとは思えない。
受付嬢さんの話では、他者に対する気遣いなど何もない唯我独尊を行く人間の様であり、話しかけても無言のまま、鋭い目で睨みつける恐ろしい新人だったなどとも聞かされた。
でも、もしも人見知りだったとするならば――気遣いなどないんじゃなくて、ただ緊張して行動できなかっただけなのではないかと。
話しかけても、無言だったのではなく――ただ声が出なかっただけなんじゃないのかと、今ならそう思えてくる。鋭い目というけど、元々ミカゲさんはこんな目付きなだけっぽいですし。
黒紅悪鬼だなんて呼ばれてたけど、それも多分、人見知りの性格が災いして、何かしら勘違いが重なった結果、尾びれがついただけなのでしょう、きっと。
ああ、やっぱり……薄々は分かってたけど、彼女は怖い人なんかじゃなかったんだ。わたしも、周りの人も、大きな勘違いをしていただけ。
「……幻滅したかな。A級冒険者などと呼ばれている私が、人見知りだなんて……笑い話にもならないよね」
「そんな事ありませんよ。むしろ、安心しちゃいました」
暗い声で呟くミカゲさんに、わたしは安心させるよう明るい声で返す。
幻滅なんてするはずないじゃないですか。
だって――
ミカゲさんが、わたしを助けてくれたのは事実なんですから。
むしろ、誤解が解けた感じなんですよ?
最初に会った頃、わたしを無言で睨んでたのも――怖かったからなんですよね。
話しかけるのが怖かったから、何も言葉が出なくて、あんな出会い方になってしまったんですね。
それが、分かったから。
「だって、ミカゲさんがとっても優しい人だって分かりましたから」
わたしが笑顔でミカゲさんにそう言うと、彼女は安心したように小さく微笑んでくれました。ミカゲさんが笑った姿を見たのは初めてでしたが、その時の笑顔は――とても綺麗で、素敵なモノでした。




