一時の休息
視点:三人称
その後、ミカゲとリアナは急ぎギルドへと向かい事情を話しに行った。
対応した受付嬢は、血塗れのミカゲと悲痛な暴力の後が残るリアナの顔を見てすぐに行動する。複数のギルド専属の冒険者を編成し、『白銀の棘』のアジトへと向かわせたのだ。
彼らが現地に着くと、そこには全滅し変わり果てた姿となった『白銀の棘』のメンバー達の死体と、彼らが誘拐し弄んでいたと思われる女性達の姿があった。
保護した女性達は、皆心を壊していた。ギルド職員が全員の素性を調べ上げ、急ぎ連絡すると探し回っていた家族や、恋人の男性は涙を流しながら彼女達をそれぞれ連れて帰ったという。
事情を話した後のミカゲは、同ギルド所属の冒険者達を殺害した罪によりギルドの奥にある部屋へと一旦は拘束される。
しかし、この出来事により男達が行っていた悪行の数々が明らかとなり、ギルドは彼女を罪に問う事をやめた。かくして、ミカゲは晴れて無罪放免となる。
拘束から解放されたミカゲが奥の部屋から戻ると、そこには顔の治療を終えたと思われるリアナが待っていた。痛々しい右頬の腫れなど大きな場所は治ってはいたが、まだ細かい傷跡は残っていた。
しばしの間、見つめ合っていた両者だったが。
「その……あんな事が起きた後だ……とりあえず、今日は私の家に泊まるといい」
若干そっぽを向きながら、照れたように呟くミカゲにリアナは驚いたような顔をした。
少し前までは、恐ろしい冒険者という認識だった彼女が自分の身をここまで案じていることに驚いたのである。
驚きこそあったが倉庫の一件も有り、徐々にミカゲを信用しつつあった彼女は。
「はい……わかりました」
少々葛藤した様子を見せつつも肯定した。
そう、彼女には何となく分かっていたのかも知れない。
――この人はわたしを決して傷つけたりしない、騙したりしない、と。
一方のミカゲはまさかOKが貰えるとは思っておらず、お持ち帰り出来てしまったことに激しい動揺を隠せないでいた。
(えっ? つい勢いで誘っちゃったけど……良いの!? いや嬉しいけどさ……リアナちゃん、あんな事の後なのに、ちょっと危機管理が足りないのでは……)
自分が誘った癖に何とも酷い言い草だが、ミカゲは純粋に彼女の警戒心のなさに心配しているだけなのだ。が、しかし……こんな事を思いつつも、口元はつい嬉しさの余り笑みを作り始めていた。
(私が生活している空間に、リアナちゃんが来るのか……なんて素晴らしい!)
あんな事があったにも関わらず、頭の中は既に煩悩塗れと化しており……結局彼女は、どこまでいってもムッツリなのであった。
***
彼女達がギルドから出た頃には、既に外は暗くなっていた。
ミカゲの自宅は、冒険者ギルドからすぐ近くの場所にある。
A級冒険者になった際、そろそろ自分だけの寛げる場所が欲しいなぁと思った彼女が思い切って買った家だ。そこまで大きくはないものの、落ち着いた内装と適度な広さにミカゲは満足していた。
「さあ……は、入ってくれ」
「お、お邪魔します……」
お互い、どこかぎこちない態度でそんなやり取りを交わしつつ、リアナはミカゲの家へと足を踏み入れる。シックな廊下を歩き、ミカゲが案内したのは自分の部屋だった。
「えーと、ここって……?」
「私の部屋だが……なにか変だったか?」
リアナの反応に対し、ミカゲは冷静に聞き返す。
内心では部屋が汚かったかなとか、変なセンスでガッカリさせてしまったんだろうかと、女の子を自分の部屋にいきなり招いてしまったことを死ぬほど後悔していたが、表情には決して出さない。
「い、いえ! なんか、凄くシンプルな部屋で……その、良いと思いますよ?」
「そ、そうか? それなら良かった……」
ミカゲの部屋は、良く言えばシンプルモダンで機能的な部屋だった。
だが悪く言えば男性的というか、女性らしさの欠片もない部屋であったのでリアナは少し面食らってしまったのだ。
しかし、ミカゲはリアナに部屋を褒められた事で舞い上がっていたため、そんな事には気づかない。女の子を自分の部屋に招いたという偉大な一歩を達成できたことを深く噛みしめていた。
「でも、どうしてミカゲさんの部屋に……?」
ふと思ったことをリアナは聞いた。
泊めてもらうという話ではあったが、いきなり部屋に案内された意図がよくわからなかったのだ。
「実はその、ベッドがここの一つしかなくてな……。私の部屋で悪いが、今日はここに泊まってもらえると助かる」
ミカゲには誰かを連れてくるなどという発想自体が無かったため、客用のベッドなどを揃えておくという考えがなかった。ちなみに、ミカゲが他にベッドが無いと気づいたのはつい先ほどの事である。
あの時のミカゲはリアナを家に誘うという突発的な欲望で頭が一杯になっていたため、このような計画性の無さが露呈されてしまったのだ。まあ、彼女にまた何かあっては困るという親切心も一応はあった。
「えっ、でも……それじゃあ、ミカゲさんはどこで?」
「ん? ああ、私はそこら辺の床に寝るから大丈夫だ」
リアナの疑問に、当然のごとくミカゲはそう答える。
自分から誘っておいて、女の子を床に寝かせるなど絶対にあり得ない選択肢だったので、彼女としては当然の判断だったのだが。
「そんなのダメです! ミカゲさんのお家なのに、そんなこと……」
彼女の言葉にリアナは納得しなかった。
申し訳ないという気持ちと、命を救ってくれた恩人に対して恩知らずな行いをしてしまう事に耐えられなかったのだ。
「わたしが床に寝ても……いえ、何なら今からでも宿屋に戻れば大丈夫ですから」
「それこそダメに決まっているだろッ!!」
気を遣い、そんな提案をしたリアナに思わずミカゲは怒鳴ってしまう。
こんな夜遅くに、一人で帰らせるなど断固認められることではなかった。
「いきなり、怒鳴ってすまない。だけど外はもう真っ暗だ……こんな時間に出て行って、また貴女に何かあったらと思うと、私は……」
「ミカゲさん……」
怒号を浴びせたショックでビクッと身体を震わせた彼女を見て、ミカゲはすぐに我に返り謝罪する。リアナの方も彼女の言葉を聞き、軽率な事を口走ってしまったことを悔いた。
何となく気まずくなり、どちらともなく黙ってしまう。
しばらく気まずい沈黙が場を支配したが、ここで思い切ってリアナは、助けてもらった時からずっと気になっていた事を聞いた。
「……どうしてミカゲさんは、そこまでわたしの事を心配してくれるんですか?」
「……え?」
突然の問いかけに、ミカゲは対応できずに固まってしまう。
「ミカゲさんは……わたしのために、たった一人であんな大勢の人達に立ち向かってくれました。でも、わからないんです……何でわたしなんかのために、ここまでしてくれるのか」
リアナは助けてもらったことを心から感謝していた。
あの時、ミカゲが来なければどういう結末が待っていたのかも良く理解している。
だが、自分を助けてくれた理由だけがどうしても分からなかったのだ。
「ミカゲさん……なぜあなたは、わたしを助けてくれたの?」
綺麗な翡翠色の二つの瞳が、ミカゲの事を真摯に見つめる。
リアナのそんな眼差しを受けたミカゲは思った。
――もう、自分の気持ちを正直に伝えるべきなのかもしれない。
彼女を好きという……いや、一人の女性として愛してるという気持ちを伝えるべきではないかと考えた。例え気持ち悪がられたとしても、振られたとしても、これ以上誤魔化すのは彼女に対して不安を与え続けるだけなのではないのかと。
深呼吸し覚悟を決めたミカゲは、リアナの瞳を見つめ返す。
そして、遂に。
「何故なら……私は、貴女の事が――」
誤字脱字報告、本当にありがとうございます!
今回はちょっと物語が停滞してしまいました。ごめんなさい。




