救われた心
視点:ミカゲ
全て、終わった。
リアナちゃんに惨たらしい仕打ちをした奴らはもうこの世に居ない。私が残らず皆殺しにしたからだ。この手で、一人一人……殺して。
……あいつらを生かしておく選択肢など無かった。
仮に何百回と同じ現場に居合わせたとしても、私はこの選択を選んだだろう。
リアナちゃんを傷つけ、多くの女性を不幸に落としたんだ……私が手を下さずとも、いずれは地獄へと行っていたはず。
生粋の悪党共だし、私には殺すだけの理由もある。
あんな奴らは……死んで当然だった。
――だけど、それでも人を殺すのは『悪』だ。
相手がどんな極悪人だったとしても、どんな理由があったとしても、人を殺した時点で私はただの人殺しに過ぎない。そこをどれほど綺麗な言葉で飾ろうとしても、それは変わらない。
前世で当たり前のように教えられた。
『人を殺してはいけない』、子供でも知っている……酷く常識的で、普段は意識すらしない普遍的なモノ。その認識は異世界に転生しても変わってはいない。どんなに強くなっても私には無縁のモノだとすら思っていた。
結果は、この様だ。
この世界では、平和だった前世と比べると人殺しに対する倫理観が違う。盗みを働いた盗賊など容赦なく斬り殺されるし、今の私のように不法侵入をしただけでも殺される理由となり得る。
ギルドがどうこう奴らが言っていたが、経緯を説明すればきっと私はなんの罰も受ける事は無いだろう。食い物にされていた女性達の仇を討ち、ギルドに所属していたリアナちゃんを助けたのだから――何の問題もない、はずなんだ。
そう、この気持ち以外は……何の問題もない。
これは、私の我儘に過ぎない。人を殺したことを悔やむくらいならば、最初からやらなければいいんだ。あるいは、開き直れば良い。私は悪党を殺したぞと、胸を張ればいい。
結局どこまでいっても卑怯なんだ、私は。
人としての一線を越えてなお、善人顔をして生きようとしている。自分を『悪』だと認めたくないから、こんなに苦しんでいるんだろう。偽善ですらない、ただの独善的な思考だ。
その証拠にね、私は今――後ろを振り返れないんだ。
後ろにいたリアナちゃんは、私が人を殺す姿を見ていた。
無残に、容赦なく、ただ憎悪と殺意のままに私が奴らを殺す場面を見て、彼女は何を思っていたのか……そう考えると、怖くて怖くて後ろを振り返れないんだ。
――怯えた顔をして、ひたすら私に恐怖しているかもしれない。
――殺す必要はなかったと、糾弾されるかもしれない。
――人殺しと叫ばれて、逃げられるかもしれない。
何通りも可能性のある、『かもしれない』を考えると、私の身体は鉛のように重くなり彼女と相対する勇気を失っていく。
はは……私はいつもそうだ、肝心な事には何一つ向き合う事すら出来やしない。
人見知りなど関係なく、元々がこういう人間なのかもしれない。
……怖いんだ。人殺しをした事実も怖いが、彼女から人殺しを理由に嫌われてしまう事が何よりも怖い。彼女に嫌われたくない……リアナちゃんから否定されたら、私はもう耐えられる気がしない。
「……ミカゲさん」
その時――後ろから声がした。
聞き間違えるはずの無い声。天使のように愛らしい、私が愛する女の子の声だ。
――リアナちゃんに呼ばれたなら、振り向かなきゃいけないね。
どんな結果が待っているにせよ、いずれは訪れる事なんだ。
私は行動を起こした。行動の後には、必ず結果が付いてくる。
ならば、それは受け入れなければいけない。
リアナちゃんの選択がどうであれ、私にそれを否定する権利などないのだから。
さあ、審判の時だ……後は彼女に全て委ねよう。
ゆっくりと、私は声のした方向へと振り向いた。
血塗れの私の姿と、顔は、さぞかし酷い生き物に見える事だろう。
そんな私の姿を見たリアナちゃんは――いきなり私の胸に抱き付いてきた。
突然の出来事に、思考が固まる。
予想を遥かに超えた彼女の行動に、頭が追い付かなかった。
「リ、アナ……さん?」
かろうじて、そんな言葉だけが私の口から出て来た。
私の胸に顔を埋めている、彼女の表情は分からないが、その身体は小さく震えているようだった。
そんな彼女に対してどうすれば良いのかわからない私は、空いている両手で彼女の背中を抱き締めてあげる事も出来ず、ただ手持無沙汰のように遊ばせておくしかない。
しばしの間、そんな状態でお互いが無言となってしまった。
だが、やがて顔を埋めながら彼女が震える声でこう呟いたんだ。
「あり、がとう……わたしを、助けてくれて……ほんとうに、ありがとう……!」
「――――」
彼女の、その言葉を聞いて……私はどこか救われた気分となった。
あれこれ考えていた私の理屈なんかよりも、リアナちゃんのその言葉は心に大きく響いて、同時に彼女を護る事が出来たんだという実感を伴っていたからだ。
そうだ。やってしまった事よりも、もっと他に目を向ける場所があったというのに……人殺しという事実に囚われた私は、そんなことまで忘れていたようだ。
ありがとう……それは、私の台詞だよ。
ありがとう、私を怖がらないでいてくれて。
ありがとう、私を否定せず受け入れてくれて。
リアナちゃん……貴女の事を好きになって、本当に良かった……。
貴女のその一言で、今私がどれほど救われたのかわからないだろう。
……人を殺すことは、『悪』だ。
それは、人を殺した今もなお私の中で変わらずにある価値観であり、今後も変えるつもりはない。
だけど、だけどね――私の胸の中で、涙を流しながら感謝を告げる彼女を見ていると……私のやった事は、決して間違いではなかったのだと。
そう、思えるんだ。
これにて、クズ編終わり。




