クズの最期
視点:三人称
斬殺、射殺、刺殺、毒殺――倉庫の辺り一面は、そんな死体で溢れかえる。
テルは脂汗を流し、仲間達がそんな物言わぬ肉塊になる様を見るしかなかった。
それを為したのはたった一人の女性。
そして今、その女性――ミカゲはテルと対峙していた。
「はは、マジかよ……なぁ? 俺達を、こんな目に合わせたのは……あの嬢ちゃんにした事への仕返しって奴なのか?」
「…………」
乾いた笑いでテルが問うも、ミカゲは何の答えも示さない。
いや、答えは既に示していたのだ。周りにいる彼の仲間の死こそ、その答えに他ならなかった。もう話す事などないとばかりに、ミカゲがテルに向かって一歩進みだす。
「ま、待てよ! と、取引をしようぜ!? 実は、女共を娼館に売り払った金があるんだ……そいつをアンタにやるよ! 折半でどうだ?」
愛想笑いしながら提案するが、ミカゲの歩みは止まらない。
それに慌てたテルが、急いで修正案を出す。
「わ、分かった!! 全部だ、全部! オール、全てアンタにやるよ! ここ半年は遊んで暮らせるほどの金だ! 俺を見逃すだけで、それがアンタのモンだぜ。悪い話じゃねぇだろ!?」
破格の条件を出すテルに対して、ミカゲの歩みが止まる。
なにやら俯き、考え込んでいる様子のミカゲを見てテルは笑みを浮かべた。
(アホだ、こいつ……心を乱しやがったな!)
欲に囚われたミカゲの隙を突き、テルはスキルを発動する。
大盗賊のスキル『疾走』――少しの間だが、驚異的な速度を得るものだ。
未だ下を見つめて考え込んでいるミカゲに、テルが入り口へ向かって猛然と走りながら叫んだ。
「バーカ! 仲間を殺したてめぇに誰が金なんぞ払うかよ。このままギルドへ行って、てめぇのやった悪行をブチまけてやるからなぁ? 精々震えてろよカス女!」
啖呵を切りながら逃げる様は何ともみっともないが、テルにしてみれば最後に笑っていた方が勝者であるため、何の問題も無い。
だが、テルは一つ勘違いしていた。
ミカゲは別に金に惹かれて歩みを止めたわけではない。
ミカゲが立ち止まった場所には、テルに向かって彼女が投げた鞘が落ちていた。それをジっと見つめていた彼女だったが、やがて鞘を拾うとそのまま刀を納め腰に差す。
テルは既に入り口のすぐ近くまで迫っており、このままだと倉庫から逃げられてしまうだろう。ミカゲは彼を殺すことを諦めたのか。
否――ミカゲがあの男を見逃すはずがない。
リアナを傷つけた諸悪の根源を許す事など、絶対にあり得ないのだ。
ミカゲはそのまま入り口方面へと身体を向けた。
そして右手で刀の柄を握り、左手で鞘を掴みながら溜めの姿勢に入る。
剣豪の抜刀術、それは通常の使い方とは全く異なる。
剣気を極限まで濃縮し、放つソレは抜き打ちした刀身ではなくそれによって放たれる衝撃波で相手を絶命させる。いわば不可視の刃――それが相手へと襲い掛かるのだ。
殺意と剣気を極限まで込めた事により、刀全体が異様な音を立て始める。
ミカゲが見つめる先は必死に逃げるテルラーズの背中。殺すべき敵を補足した彼女は、鞘引きすると同時に剣豪抜刀術――『紫電』を放った。
入り口方面へ、金切り声の様な轟音と共に閃光が走る。
閃光が治まると、そこには走るのを止め、足を止めたテルの姿があった。
「は? なんだ、よ……動け、ねぇぞ」
いや、足を止めたのではなく、止まってしまったのだ。
テルは自分の意志で、足を動かす事が出来なくなってしまった。
だが、それも当然の話だ。
なぜならば――彼の腰から下は、既に死んでしまっているのだから。
ズルリという音と共に、腰から上にある上半身が床へと落ちていく。
下半身は未だに直立してはいたが、もはやそこに意思はない。
「あ、あれ……? おれ、なんで、たおれて……」
テルは未だに自身に起きたことが理解出来ずにいたが、それでもなお手を這いずらせ、臓物をまき散らしながら上半身だけで入り口へと向かった。
「おれは、こんなとこで……終わる、男じゃねぇんだ……お、れは、もっと、う、え、に……いって……もっ……と……おっ、おご――――」
だが、やがてテルの瞳から光が失われ、動きも止まる。
結局彼も、この倉庫から外に出ることなく死んでしまった。
こうしてリアナを傷つけ、数多の女性達を地獄へと堕とし娼館へと売り払ってきた男達は、誰も彼もが惨めな最期となってこの世から消える。
ミカゲはしばしの間、テルの最期を虚しさの籠った眼差しで見つめ続けていた。
――人を斬る。それはミカゲにとって初めての行為であった。彼女はヒトゴロシというものにとても強い忌避感がある。平和な世界から転生してきた彼女だからこそ持つ、人一倍強い忌避が。
それを殺意と憎悪によって抑え付け、殺人を犯したこの時の心境は、一体如何ほどのものであったのか。
クズ編もそろそろ終わりです。
まだ後にツライ山場はありますが、あと少しなのです!




