ミナゴロシ
視点:三人称
『白銀の棘』のメンバー達は、いきなり現れた黒一色の女剣士の存在に困惑する。彼女の血のように紅い双眼には憎悪の炎が宿っており、見ているだけで怖気が走るようだった。
「て、てめぇ……こんなことしてただで――」
弱気になった心を振り払うようにメンバーの男の一人はミカゲが発した言葉を無視し、彼女に詰め寄ろうとした。しかし、男が口走ろうとした言葉は途中で中断されることとなる。
「何をしたのかと、聞いているッ……!」
凄まじい形相と殺気を伴ったミカゲが、男を睨みつけ怒鳴ったからだ。
ミカゲに睨まれた男は、彼女の余りの威圧感に言葉が出なくなってしまう。
「ちょ、ちょっと待てよ……はは、落ち着けって……俺達には何が何だかわかんねぇよ」
使えない仲間に代わり、愛想笑いを浮かべたテルがミカゲへと話しかける。
だが、テルはミカゲの様子をよく観察しており、彼女が怒っている原因を既に突き止めていた。
ミカゲの視線の先に居たのはリアナ……つまり、彼女の目的がリアナの救出であると即座に見抜いたのだ。そこで、ミカゲの警戒を解こうと軽快な口調で話しつつ、テルはリアナの傍にいた仲間へと合図する。
――リアナを人質に取れ。
ミカゲの目的がリアナであるならば、彼女を人質に取れば圧倒的な優位に立てる。テルのそんな合図に気づいた仲間は頷き、リアナを人質に取るべく左腕を伸ばし彼女を掴もうとした。
ところが、伸ばした左腕はリアナを掴むことなくそのまま地面へと落ち、転がっていく。
「へっ?」
自身の左腕がどんどんと向こうに行ってしまう事を不思議に思った男が、ふと自らの左腕を確認すると――肘から先の部分が、いつの間にか切断されていた。
「ひっ……ひぎゃああああああ!」
それに気づいた男は床に転がり、もがき苦しみながら欠損した腕を抑え始める。
仲間がそれに気づき、転がった男に駆け寄り欠損した腕部分を紐で縛って止血した。
悲鳴を聞いたテルも入り口側から目を離し、男が倒れた方向を確認する。すると、男が倒れた遥か後方の倉庫奥までリアナを抱き抱えたミカゲが移動しているのが見えたのだ。
「バ、バカな……だって、あの女は入り口側に」
悪夢でも見ているのではないかと思い始めたテルが入り口方向を再び確認すると、先ほどまで確かに其処にいたはずのミカゲの姿が無くなっていた。
憎悪によりスキルのリミッターを外したミカゲの『瞬歩』は、一般的な冒険者からはまさに瞬間移動したようにしか思えない域に達していた。尋常ではない性能を発揮する反面、反動も相当なものの筈なのだが、今のミカゲにとっては自分の身体の事などどうでもいい事であった。
男達から距離を離したミカゲは、抱き抱えたリアナの状態を確認する。
天使のように可愛らしかった顔は、右頬部分を中心に腫れあがり、右鼻部分も骨折したのか鼻血がとめどなく流れていた。瞳からは大粒の涙を流し、身体は極度に震えており、この倉庫でどれ程の恐怖を味合わされたのか想像に難くなかった。
リアナの惨い姿を間近で確認したミカゲは、助けに来るのが遅れた己に対する怒り、リアナをこんな目に合わせた人非人共に対する殺意がどんどんと膨らんでいくのを感じた。
一方のリアナは突然目の前に現れ、自分を抱き抱え助け出すミカゲの存在に対応できず、ただ涙を流して彼女を見つめるしかなかった。
「助けに来るのが、遅れて……本当に、すまない……」
後悔を滲ませた、心の底から振り絞るような声でミカゲはリアナに謝る。
「……え?」
ミカゲのそんな言葉に、リアナはか細い声で疑問の声を上げる。
初対面の印象では自分を嫌っているとしか思えなかったミカゲが、まさか本当に自分を助けるために単身でこんな場所まで乗り込んできたことが信じられなかったのだ。
そんなミカゲに対して、質問したいことがいくつもあったリアナだったが。
「怖かっただろう……痛かっただろう……貴女に、これ以上……酷い事などさせない、から」
ミカゲのそんな言葉を聞き、言葉が出なくなった。
「あ……あああ……」
そう、リアナは怖かったのだ、痛かったのだ。複数の男達から押さえつけられ、暴力を振るわれ、恐ろしい薬物を打たれそうになったのだ。怖くないはずがないではないか。
誰かの助けなど諦め、絶望感に襲われていた彼女の前に現れた女性のそんな言葉を聞き、堪えていた感情が吹き出しそうになっていた。
そんな彼女に、ミカゲは優しくこう囁いた。
「これからは、私が絶対に護るから……だから、もう安心してほしい」
その言葉を聞いた、リアナの感情は――決壊した。
「ああぁぁぁ! わ、わたしっ……ほんとっ……は、怖くて、こわぐで……もう、死んじゃうんだなって何度もおもっで……‼」
「…………」
「だけど! 助けなんてこないっておもって……だからっ……わたしっ」
「もう、大丈夫だから……大丈夫だからね」
泣きじゃくるリアナの頭を優しく撫でながら、ミカゲは何度も繰り返した。
――大丈夫、大丈夫、という言葉を何度も。
そして壊れ物を扱うかのように、ゆっくりとリアナを床に降ろし、彼女に背を向けて優しい声色でこう言った。
「少しの間……待っていてくれ。すぐに終わらせるから……そしたら、怪我の治療をしよう」
そう告げたミカゲは、そのまま『白銀の棘』の連中がいる場所へと近づいていく。ミカゲが近づいてきたのを確認した連中は警戒態勢を取った。
リアナに背を向けたため、彼女からはミカゲの表情を窺い知ることが出来なかったが、この時のミカゲの顔は――殺意を無表情で塗りつぶしたような、歪で悍ましいモノとなっていた。
異様な雰囲気のミカゲを恐れたのか、ある程度の距離まで詰めて来た彼女にテルが怒鳴り声を上げ牽制する。
「言っとくけどよぉ、てめぇ……自分の立場分かってんの? 他人のアジトに不法侵入した上に、仲間の腕をぶった切ってるんだぜ? この落とし前……どう付けてくれんだ? あぁん!?」
テルの堂に入った恫喝を浴びても、ミカゲの表情に変化はなかった。
それを見たテルが、手口を変え始める。
「そういや、てめぇA級冒険者だよな? 今思い出したわ。こんな事がギルドに知られたらどうなるだろうなぁ? 冒険者の資格ははく奪、さらに犯罪者になること確定だよなぁ!? 栄光の道からどん底だぜ?」
A級冒険者の称号というのは、冒険者からすれば失い難い名声の証でもある。
それを利用したテルは、社会的立場という材料を使ってミカゲを脅す。
だが、それでもミカゲには何の反応もなかった。
「なっ……なんなんだよ、てめぇは」
立場にも、罪人になる事にも、何の興味もないとも言えるミカゲの反応は、テルにしてみれば大変気味の悪いものであった。権力と金以外に大事な事など無いと思っているテルには、彼女の今の心境など分かるはずもないだろう。
「言いたいことは、それだけか?」
無言となったテルにミカゲはそう呟き、腰に差してあった刀を鞘ごと引っ張って前へと掲げた。そして、ゆっくりと刀を鞘から抜きながら宣言する。
「なら、覚悟しろよ――――お前ら全員、皆殺しにしてやる」
そして、抜き終わった鞘をそのままテルの方へと投げた。
収める刃など、もはやないのだというミカゲの意思表示である。
……人には、超えてはならぬ一線というものがある。
他者を思い遣り、尊重できる人間だからこそ持っている一線が。
ミカゲの持つ一線を、目の前の男達は超えてしまったのだ。
最愛の少女に対する一線というものを、踏みにじり超えた。
一線を越えたものには、相応の報いが下されるのが世の常である。
その事を、目の前の男達はすぐに――身を持って知ることとなるだろう。
お知らせが2つございます。
①タイトルを若干変更いたしました。内容と合っていればいいな!
②『一途』のタグを追加しました。
読者の皆様にはご迷惑お掛けします。
今後とも、ミカゲさんの行く末をお楽しみください(*´▽`*)