人でなし共
視点:三人称
注射器を持ったテルが、リアナへとゆっくり近づいてくる。
口を塞がれ、身体を複数の男達から組み敷かれているリアナであったが、未だ抵抗の意志は捨ててはおらず、ひたすらに逃れようと足掻いていた。
「ちぃ、もっと強く抑え込め! この女、いつまで暴れてやがる」
「無駄な抵抗しすぎっしょ……そんな体力使ったら、俺ら全員を相手にするのが辛くなるよ?」
一部のメンバー以外はリアナが無様に足掻く様を嘲笑していたが、彼女を甘く見ていたのか大きく暴れた際に彼女の口を抑えていた手が少しだけズレてしまう。
それを好機と見たリアナは、思いっきり口を抑えていた手に噛みついた。
「がっ……こいつ、噛みつきやがった」
男が苦痛に呻く様を見て、一矢報いてやったとリアナは僅かに喜んだ。
だが、その行為は完全に逆効果であった。
「このアマ――ふざけてんじゃねぇぞッ!!」
噛みつかれた男は怒りに駆られ――リアナの丁度、右頬辺りを思い切り殴りつけたのだ。
「ひぃ……! あぐっ……や、やめっ……!」
手加減無しの男性の拳がリアナの顔を打ち抜く。骨が軋む音と同時に激痛が彼女を襲った。殴られ呆然としている彼女だったが、男の方はまだ怒りが収まらないのか再び拳を握り込み、そして更に彼女を殴打する。
何度も、何度も加減を知らぬ男の拳が彼女の顔に打ち込まれる。
リアナの右頬は無残なほどに腫れあがり、鼻血も出始めていた。
男がこれでトドメといわんばかりに最大の力を込めてリアナの顔を殴ると、彼女は口から何かを吐き出し、近くの床へとソレは転がっていく。
リアナの口から出て来たのは、激しい殴打によって抜けてしまった彼女の歯であった。余りにも一方的な男の暴力の前に、すっかり戦意を喪失させたリアナの目から大粒の涙が零れる。可愛らしい彼女の顔は度重なる暴行により、悲惨な状態となっていた。
それでも、なお彼女の顔面を殴りつけようとする男だったが。
「おい! そろそろいい加減にしろ。ガチで怒んぞ?」
テルの一声によって、男の動きが止まる。
そして、リアナの顔を見て彼はテルが怒った理由を察した。
「あっ……すんません、テルさん。このアマがいきなり噛みついて来たもんで、つい頭に血が昇って」
「まあ、気持ちはわかっけどな? でも顔は駄目だろ」
素直に謝って来たメンバーの男に、テルは諭すように言い聞かせる。
ただし、テルが男を止めたのは別にリアナを心配しての事ではない。
「顔ボコしちまったら、パコるとき萎えちまうってわかんべ?」
「はい、マジですんませんでしたテルさん!!」
そう、テルが仲間を止めたのは、気持ちよく快楽を得られなくなる可能性があったから……ただそれだけのことである。そこに、リアナ本人の事を心配するような意図など欠片もないのだ。
彼らにとってリアナの存在は、気持ち良くなるための道具以上の価値など無い。
むしろコトが終われば、後は死のうがどうでも良いとすら思っているだろう。
「いいか? 女から抵抗されてムカついた時はな、顔を殴っちゃダメなんだわ」
そう言ってテルは一旦注射器を下に置き、リアナの方へと近づいて行った。
「だからな? そういう時は、こうすりゃいいんだよ」
そして周りに見本を見せるとばかりに、いきなりブーツの先端でリアナの柔らかなお腹を――蹴り上げた。
硬い先端部分で腹部を蹴り上げられた激痛で、リアナは声にならない悲鳴を上げた。腹部の衝撃に堪えきれなかったリアナの口から、吐瀉物が漏れ出てくる。
「うっわー、きったねぇ」
「はは、美少女のゲロだぜ? お前喰えば?」
「気持ちわりぃ冗談は止せよ、しっかし無様な姿だな! ギャハハ!」
苦しみに喘いでいるリアナの姿を見て、ゲラゲラと笑う男達。
他のメンバーはテルの蹴りを褒め称えたり、勉強になるなど口々に違う反応を見せていた。
「つーことで、暴力を使うときは見えにくい場所にしとけ? わかったな?」
「はい! さすがテルさん、めっちゃ勉強になりました!」
「いいってことよ、そもそもいきなり噛みついたリアナちゃんが悪いしな」
仲間を優しく諭したテルはしゃがみ込み、未だに嘔吐いているリアナの前髪を掴んで引っ張ると、ドスの効いた声でこう言った。
「なあ、リアナちゃん? 全部お前が悪いよなぁ?」
「あっ……ああ……」
リアナが恐怖で声を出せずにいると、テルは掴んでいた髪を放し、再び彼女の腹を蹴り上げる動作を見せた。
「あぁん? 返事はどうした? もっかい喰らいたいのかな、リアナぁ!」
「ひぃ! そ、そうでずぅ!! わだじがぜんぶわ゛るがったでずッッ!」
先程の痛みを教え込まされていたリアナは、涙を流しながらテルの言う事を全肯定する。リアナの綺麗な翡翠色の瞳は、今や恐怖と絶望により濁りつつあった。
「ごめ゛んなざい! ごめ゛ん゛なざい! ゆるじでください!! だからもう、殴らないで……蹴らないで……」
彼らの徹底的な暴力により、リアナの心は遂にポッキリと折れた。
今までの女性達と同じように、彼女もまた……悪党共に屈してしまったのだ。
「リアナは偉いな……ようやく自分の立場をキチンと理解できたんだね」
リアナの服従ともいえる命乞いにすっかりご満悦となったテルは、優しい声色でリアナを慰めた。いや、慰めるというよりも、ただの刷り込みと言った方が良いのかも知れない。
「いいかリアナ? 良い女って言うのはね、男に逆らわない女なんだよ。良く覚えておけよ」
「……はい」
もはや彼女は、テルの言う事に肯定する事しか許されなくなった。もし逆らえば、再び先ほどのような目に合わされると理解させられてしまったから。リアナの運命はもう、決まりつつあった。
「それじゃあ今から注射を打つけど、良い子にできるよな? リアナは良い女だって、俺は信じてるからね」
そう言って、テルは再び注射器を拾う。
「ひひ、テルさんすげーよ。もうこの女……全然抵抗しねーし」
「大丈夫だって、天国へ行けちゃうクスリだからさ、あれ」
「ただし、代金は残りの人生全てだけどな――ぷっくく」
「おいおい、あんま怖がらせんなよ。すぐ壊れちまったらつまんねぇだろ」
口々に、好き勝手なことを言い始める男達。
絶望し諦めてしまったリアナは、今まさに破滅の薬物が入った注射を打たれようとしているにもかかわらず、何の反応も出来なかった。
テルの指示でリアナの袖は捲られる。
彼女の白い肌に浮かび上がる血管――そこに静脈注射が為されてしまえば、全てが終わってしまう。リアナの全てが、壊れてしまう。
注射針は、すぐ傍まで迫っていた。
リアナはゆっくりと瞼を閉じる。まるでもう、嫌な事は見たくないとでも言わんばかりに。心は折られ、暴力により身体を蹂躙された彼女であったが――それでも、生きたいという想いは残っていた。
――誰か、たすけてください……お願いします、わたしを救ってください。
目を瞑り、最後に縋り付いたのは神か……それとも、オーガから自分を助けてくれた謎の恩人か。おそらく彼女自身も分かっていない。
少女の僅かばかりの想いは届かず、このまま醜悪な男共に蹂躙される。想いは踏みにじられ、悪党が笑うのだ。例外でもなければ、そんな当たり前の結末が待っていただろう。
――そう、例外がなければ。
リアナの肌に注射が打ち込まれようとしていた――その時、背後から凄まじい爆音と衝撃が響いた。
「ぐわあああ、み、耳が!」
「な、なんだ!?」
「おい、防音魔法どうしたんだよ!」
倉庫内にいきなり響き渡る轟音に、何事かと思ったテルが注射を打ち込むのを止め、入り口の方へと振り返る。すると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
分厚く作られた特注品の鋼鉄に魔法障壁を掛け、大砲が直撃しても壊れないように作られた入り口の大扉が、真っ二つに叩き割られていたのだ。防音魔法の術式も一緒にぶった切られたため、轟音が倉庫内へと流れ込んだのであろう。
「な、なんだよ……? 一体、何が起こってやがる」
分厚い扉が倒れ込んだことにより、入り口付近は凄まじい土煙に覆われていたが――やがて、煙の中から一人の人物が倉庫の中へと入って来た。
闇夜のごとく黒き長髪、服装は黒一色の異様な出で立ち。
右手には変わった形の剣を携えた一人の女性。
リアナの事を愛し、単身でここまで助けに来たその者の名は――ミカゲ。
だが、今のミカゲは様子がおかしかった。全身を震わせ、普段は鋭いはずの眼を大きく見開き、刀を握るその手は凄まじいほどの力が込められている。
それもそのはず、何故なら彼女の目線の先には複数の男達と、その男達から組み敷かれた――無残な姿となった最愛の少女が映っていたのだから。
ミカゲは、怒りによって全身を震わせていたのだ。
「彼女に、なにをした?」
殺意に満ちた声で、ミカゲは男達へと問う。
返答がどうであれ、彼らの運命は決して良い方向へと向かう事は無いだろう。




