無力な羊は、ただ狩られ
視点:三人称
テルから案内されたリアナは、街外れのアジトと言われる場所に到着していた。
冒険者ギルドから出発の際、テルの仲間と思われる他のメンバー達も一緒に加わったが、皆が紳士的な態度で自己紹介などをし、リアナに接したので彼女も特に不審に思う事もなかった。
「ここが俺達のアジトだよ、リアナちゃん」
笑顔でテルが指さしたのは、分厚く巨大な鋼鉄の扉で閉じられている中規模の倉庫のような建物であった。扉には模様のようなものが掘ってあり、ただ硬いだけではなく魔法による防御も施されていることが分かる。
「す、すごい扉ですね」
「ああ、侵入者防止用の特注品だからね。アジトには色々と貴重なものも置いてるからさ、これくらい厳重にしとかないとこのご時世、安心できないんだよ」
堅牢で巨大な扉に圧倒されているリアナに丁寧な口調で説明をするテルだったが、実はこの扉にはもうひとつ――別の役割もある。そのことを知っている周りのメンバー達は薄い笑みを浮かべて、二人の会話を静観した。
「まあ、とりあえず入ってよ。君の仲間の二人も、中で治療中だからさ。早く会ってあげてくれ」
「カリンちゃんと、レイちゃんがこの中に……早く二人に会いたいです!」
「ははっ、それじゃあ扉を開けるよ――開門!」
そう言ってテルが手をかざすと、扉が開いていく。
入り口の扉は、鍵などはなくテルの魔力に反応してのみ開く魔力開錠式だった。
テルに促され、先に建物に足を踏み入れるリアナ――彼女が入るのを確認した白銀の棘のそれからの行動は早かった。
全員がすぐに建物に入り、テルが再び魔力を発動させて入り口の扉を閉めたのだ。これにより、外部に出る手段を完全にシャットアウトする。
「あれ……なんだか、暗いですね? テルラーズさん? 皆さんどこですか?」
倉庫の中はかなり暗く、少し不安となったリアナは皆を呼んだ。
だが、彼女はまだ知らない。己がもう蜘蛛の巣に掛かった哀れな獲物にしか過ぎない事に。
「ここだよ、リアナちゃん」
暗闇からテルの声が至近距離で響いたので、リアナはホッと胸を撫でおろし安心した。
「あ、近くにいたんですね。返事してくれてもいいのに……それより、暗すぎて何も見えないのですが」
「ごめんごめん、今明かりを点けるよ……ああ、そういえば言い忘れてたね」
「えっ? なんですか?」
陽気な声でテルがリアナに話しかけている間に、倉庫の明かりが点き始める。
テルの話に笑顔を浮かべて耳を傾けていたリアナだったが、倉庫の中がハッキリと見え始めた途端、笑顔が消え、驚愕の表情が浮かび上がった。
うっすらとピンクの明かりが点き始めた倉庫の光景は、地獄であった。
倉庫の床に大量に敷かれた色の変色した布団、そこら中にバラまかれている謎の錠剤と酒ビンの山に、乱雑に破かれた女性の服――そして床にへたり込み、虚ろな瞳で上を見上げ放心している四人の全裸の女性達が、其処に居た。
「な……なに、これ」
「ひひ、ようこそリアナちゃん。俺らのアジトへ――歓迎するよ」
顔を引きつらせるリアナの耳元で、テルは愉悦の声色で囁いた。
「ひっ! ち、近寄らないで! 何なんですかこれは!? カリンちゃんと、レイちゃんは!? あの女性達は一体なんなの!?」
テルから距離を取ったリアナは、嫌悪に満ちた表情でテルを見て叫んだ。
その態度を見たテルは呆れたように肩をすくませ、ゆっくりとリアナに近寄っていく。
「来ないで!」
「落ち着いてよ、リアナちゃん。はい、リラックス~! なんちゃって、ははは。まずはカリンとレイだっけ? ごめん、あれ嘘。今気づいたけどそんな奴らいなかったわ」
軽い調子でリアナに近づきながら、少しずつ説明していく。
このネタバラシをして騙された女の顔が恐怖で歪んでいく瞬間こそ、テルにとって最高の時間であった。
「あの女どもは、なんつーか……はは、壊れた玩具? 使い物にならなくなってきたから、そろそろ娼館にでも引き取ってもらおうかと考え中なんだよね」
ニコニコしながら説明する顔は、リアナに話しかけてきた頃と全く変わっていない。だが、今はその顔が何よりも醜悪で恐ろしいものに見える
「大丈夫、リアナちゃんはさ……もっと大事に扱ってあげるから。出来るだけなが~く使えるように、ね?」
「ひっ……!」
恐怖に支配されたリアナは、倉庫の入り口まで走り扉を叩き始める。
「だ、誰かッ! 助けて下さい!! だれか、助けて!」
「無駄な事しちゃって、可愛いなぁ。こんな街外れに都合よく人が来るわけないっしょ? それにさ、その扉って実は防音魔法も組み込んで入れてるんよ。だぁかぁら、例え誰か来たとしても外からじゃ何も聞こえてねーよ?」
テルの言葉を聞き、扉を叩く手が止まる。
振り向いたリアナの顔は絶望に満ちており、背後から迫るテルを見た。
「分かってくれたかな、もう逃げらんねーって事にさ? 理解したならよ、さっさと股を広げて布団に横になれやッ!!」
穏やかな声から一転、リアナに対して怒号を発するテルの貫禄に満ちた恫喝。恐怖で女を支配することに慣れた男が遂に、その本性を露わにした。
「あ……ああ……」
突然怒鳴られたリアナは、動揺して言葉が出なくなっていた。
男性に迫られたことはあれど、怒鳴られた事など殆どなかったため、心が対応しきれなかったのだ。
そんなリアナを満足そうに見たテルは、いよいよ本格的に宴を始めるべくメンバー達に指示を出し始める。
「おい、てめぇら。その女を布団に寝かせろ、いよいよお楽しみタイムって奴だ」
テルがメンバー達にそう指示を出すと、全員が下卑た笑いを上げて叫び出す。
待ち焦がれていた瞬間が、もうすぐやって来そうになっているのだ。
「ひひひ、ようやくかよ! こんな上玉久しぶりだからなぁ」
「流石テルさんっす、今回もありがたくご馳走になるっす!」
「もう、二度と表の世界に出られねぇくらい滅茶苦茶にしてやるぜ」
「俺のガキを孕ませてやる!」
「はやく犯してぇ……女、女ぁ!」
色めき立つメンバー達は、入り口で固まっているリアナを引っ張ってそのまま変色した布団の上に押し倒した。
「ひぃ、嫌ッ! やめて、離して……! んん――!?」
「うるせぇよ、少し黙ってろや!」
暴れ、喚き散らすリアナがうっとおしくなったのかメンバーの一人がリアナの口を手で塞ぐ。バタバタと手足を動かし、抵抗しようとするリアナだったが、複数の男達から抑え込まれた身体はビクともしなかった。
「は~い、注目! ここで今日の秘密兵器を持ってきました。リアナちゃんもきっと気に入ると思うよ?」
女一人を複数の男達が抑え込む異様な光景の中、場違いなほどに明るい声でテルが皆の視線を集める。その手には、小さな木箱のようなものを握っていた。
「リアナちゃん。これ、な~んだ?」
木箱から取り出したのは、謎の液体が入った注射器だった。
それはリアナを壊すために用意した、特注品の悪魔の液体。
「んんっ!? んんん――――!!」
ロクなものではないと察したリアナが、いっそう暴れたが身体は動かず――
彼女を徹底的に壊そうとする注射を持った悪魔が、ゆっくりと破滅の足音を立て近づいていた。




