悪党の美学
視点:三人称
――――時はリアナが冒険者ギルドに到着し、二人の親友の行方を聞いていた頃まで遡る。
「そうですか……カリンちゃんと、レイちゃんは……来ていませんか」
「ええ、あなた達が薬草採取に行ったっきりよ。二人共ここでは見てないわ。ねぇ、あれから一体何があったの?」
受付嬢がリアナに対し、心配そうな表情で聞いた。
リアナは話そうかどうか少しの間迷ったが、やはり色々な情報を持つ受付嬢には話をしておいた方が良いと思い、今までの出来事を話し始める。
「――……という事があって、わたしは今も生きてるんです。自分で話して置いて何なのですが、まだわたし自身も混乱してて、良く分からない状態で……」
「そう、大変だったわね。何はともあれ貴女が無事でよかった。さっきの話だけど、オーガが討伐されているのはこちらでも確認済みだから、貴女の話を疑う理由はないわ」
リアナを安心させようと、そう言って受付嬢は微笑む。
それにより少し心を落ち着かせたリアナだったが、もう一つだけ気になる事があった。
「その、オーガなんですけど。一体どういう状態で討伐されていたんです?」
殺傷方法さえ分かれば、ひょっとしたら恩人を絞り込めるかもしれないという想いを込めてリアナは質問した。だがその質問に対し、受付嬢は苦笑いを浮かべる。
「ん? ああ……そうよね、やっぱり気になるわよね? あはは……」
「……そんなに、話しづらいような状態だったんですか?」
「それがね、真っ二つだったらしいの」
「えっ?」
「私だって耳を疑ったわ。でも、討伐隊の人達が実際に見たらしいからホントのことよ。あの巨大なオーガを一刀両断だなんて……信じられないわよねぇ」
苦笑しながら、軽く流すように受付嬢は言う。肝心のリアナは、その話を聞いて絞り込める人物など居ないことを改めて思い知らされた。
(やっぱり、そんな事が出来そうな知り合いとかいないよ……ああ、益々分からなくなっちゃった)
幼馴染二人の事に加え、未だ分からぬ謎の恩人についても頭を抱えるリアナであった。
***
「んで、今回の獲物ってあの娘なん?」
「へぇ~、超可愛いじゃん。でもよ、あんな娘いたっけか?」
「最近来たD級の娘らしいっすよ。あんなマブいの前からいたら、俺らが見逃してるはずないっす」
「へへっ、違いねぇな。そんで首尾は?」
「いま、あの娘の隣でウチの奴が情報収集してるとこっす」
「おー、上々って奴じゃん」
今騒がしく雑談している男らは、冒険者ギルドの入り口付近のテーブル席に屯しているC級冒険者パーティ『白銀の棘』のメンバー達だ。
だが、これはただの雑談ではない。彼らの目線は、現在受付嬢と話しているリアナへと向いている。主に後ろから見える彼女の首筋やお尻を見ては、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
「つかさ、聖職者を堕とすのって何気に初じゃね?」
「今までの聖職者は、無駄にランク高くて厄介なのばかりだったっすからね」
「あの娘が穢れを知らない身体でいられるのも、あと僅かって事か。可哀想になぁ……ひひひ」
下世話な雑談をした後は、再びリアナへと情欲の眼差しを向けるメンバー達。
そんな目で見られているとは露知らず、リアナは受付嬢と楽しそうに談話している。
「おい、てめぇら。興奮すんのは分かるが、仕掛けるのはこれからなんだぞ? アノ場所に連れ込むまでは、紳士的な振りを忘れんなよ?」
そんな彼らを見かねたのか、席の中央に陣取っていた人物が、リアナを見て鼻息を荒くしているメンバー達に喝を飛ばす。その声を聞き、そこに居たメンバー全員がすぐさま我に返り顔を引き締めた。
「テ、テルさん! 任せてくださいよ。俺ら、本番には強いんで」
「テルさんの作戦通りにやれば、いつも通り楽勝っすよ」
「ああ、俺達はいつでもテルさんに従うぜ!」
メンバー達が全幅の信頼を寄せるこの人物こそ、『白銀の棘』のリーダー、テルラーズ其の人である。
通称テルさん――様々な女を罠に嵌め、地獄へと堕としてきたロクデナシ共の代表者といった方が正しい。今回リアナに目を付けたのも、彼の采配によるものだ。
テルがリアナのすぐ隣で情報収集をしているメンバーに目配せすると、彼はすぐさまその場から切り上げ、テルの元へとやって来る。
「そんで、あの神官ちゃんは何をあんなに焦ってたんだ?」
「どうやら、カリンにレイとかいう二人の仲間とハグレたみてぇで、今必死に探してるようですぜ」
「クク、仲間探しか……誘い込むのに使えるなそりゃ。他に使えそうな情報は?」
「へい、あの娘の名はリアナってらしいです。あと、オーガが凄腕の奴に倒されたらしいって事も話して――」
「オーガなんて今はどうでもいいんだよボケ。ふぅーん、名前はリアナか。よし、もういいぞ」
テルがそう言うと、男はいそいそと他のメンバーのいるテーブルへと混ざっていった。
その後しばらくは、酒を飲んだりと普通にしていた白銀の棘であったが――リアナが受付嬢と話し終わり、冒険者ギルドの出入り口の扉に手を掛けた辺りで図ったように動き始めた。
「あの、すいません。ちょっと宜しいでしょうか?」
「えっ? あ、はい。何でしょうか?」
リアナに話しかけたのは、先ほどの粗暴な言動とはかけ離れた態度のテルだった。声色も優し気で、先ほどの態度を知らぬモノが見たら人の良さそうな男だと思う人もいるだろう。
唯一、部分的に赤のメッシュが入った金髪により、若干軽い男に見えてしまう事が難点だろうか。
「あの……何の御用でしょうか?」
彼の容姿を見て、ナンパかと思ったリアナの口調は警戒したようなものへと変わる。それを見たテルは人の良さそうな笑みを浮かべ、降参したように両手を上げる動作をする。
「あー、参った! 俺ってこんな外見だからさ、確かに警戒しちゃうよな。ホントごめん! だけど、下心で話しかけたわけじゃないんだ。信じて欲しい」
真剣な様子で頭を下げる彼を見たリアナは、こう思ってしまう。
――あれ、見た目と違って誠実な人だな、と。
警戒心の乏しい村娘を騙す事など、海千山千のテルにとっては息を吸うよりも簡単な事だ。早くも信用を勝ち取ったことに、彼は心の内でほくそ笑んだ。
「分かりました。お話を聞きますから……その、頭を上げてください!」
「本当にありがとう! それで話なんだけど、君って神官だよね?」
「へっ? え……え~と、一応、そう、かも、ですね」
リアナの歯切れが急に悪くなったことに若干違和感を覚えたテルであったが、別に彼女のスキルが何だろうと、本当のところではどうでも良い事なのでスル―する。
「実は、俺さ……パーティとか作ってるんだけど、ヒーラーがいないんだよね。だから、もし良ければ俺のパーティに入ってくれないかな?」
「あっ……その、ごめんなさい。わたし、実はもうパーティを組んでて……だから貴方のところには入れないです」
リアナの発言は予想通りのモノだった。そもそも、事前にリアナの事情を知っているのだから、断られる事など分かっていた。そして、ここからテルの本領が発揮される。
「ああ、そうだったのか……君みたいなヒーラーならどこのパーティも欲しがるだろうからね。羨ましいよ。それで、君のパーティメンバーはどこに? せっかくだから、同じ冒険者仲間として挨拶したいな」
「えっ、いえその……今はちょっと、逸れたと言いますか……実は、わたしも探していて」
リアナのその言葉を待っていたテルは、一気に表情を真剣なものへと引き締め、深刻そうな声を出してリアナを本格的に絡めとる戦術を開始した。
「逸れた……? 待ってくれ、ひょっとして君の仲間って……カリンに、レイという冒険者達じゃないか?」
テルの言葉を聞いた瞬間、リアナはテルへと詰め寄った。
「えっ!? あの、カリンちゃんとレイちゃんを知ってるんですか!?」
「ああ、知ってるとも……何があったのか分からないが二人とも重傷を負っていてね、俺達のアジトで治療してる」
「え……えっ? カリンちゃんと、レイちゃんが……重傷? え、え……」
呆然自失となるリアナの姿に内心、笑いが止まらないテルであったがけして表には出さない。
何故なら、この少女を更なる絶望へと追いやるのが真の目的なのだから。
「落ち着くんだ! あの二人が君のパーティメンバーだということは……ひょっとして君の名はリアナと言うんじゃないのか?」
「へっ、えっ!? な、なんでわたしの名前を……?」
「重傷の二人がね、うなされている時によく誰かの名前を呼んでいたんだ。『リアナに会いたい』ってさ」
「ふ、二人が……わたしの、ことを?」
「ああ、幸いすぐに処置をしたから命に別状はない。ある程度、怪我の経過を見たら早めに治療師のところに連れていこうかと思っていたんだ」
どこからそんな嘘が思いつくのか、テルの舌は縦横無尽に回る。
そんなテルの虚言にすっかり騙されている、哀れな少女が其処に居た。
「あ゛、あ゛りがどうございま゛ずぅ……二人とも……良か゛った゛ぁ……」
「礼なんていいさ。人として当然の事をしただけだからね」
グスグスと泣き始めるリアナを見たテルは、作戦の成功を確信した。
後は――
「それでさ、リアナちゃんを二人に会わせたいと思うんだけど……俺達のアジトまで、来てくれないかい?」
そう、後は――
「ぐすっ……はい、わたしも二人に会いたいです……連れて行ってください」
獲物を招き入れるだけである。




