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魔法使いミツル(3)

「んで……もぐ……なんだってこの俺様を、むぐ、こんなチビにしたんだよ」

 室内に漂う朝の匂い。香ばしく焼けたトーストを口に押し込み、コーヒーで無理やり流し込む。

「そんなに詰めると喉に詰まるよー?」

「残念、ちゃんと食ったもんね〜」

 苦笑するミツルにさっさと教えろと畳み掛ける。けれどミツルは「さてー」だの「ま、いろいろあってねー」だのと適当にやっつけてくるだけだった。


 ひどい熱にうなされること三日。地獄のような日々を経て、こうしてありついた三日ぶりのマトモな食事だったのが、目の前にいるイマイチ考えの読めないヤツのせいで味わうことすら忘れてひたすら文句を垂れる。

「結局ここがどこかもわかんねーままじゃ、俺どうしようもねーんだけど!? お前が魔法使いで、俺をチビにしたのはもうそれで理解したけどさ……せめて目的とか教えとけよ。こっちにも心の整理ってものが……」

「そうだレン、クッキー食べる?」

「食べるー……ってそうじゃねえよ子供か俺はッ……頷いてんじゃねーっつの! こんの悪の魔法使いめッ!!」

 背ぇ高ノッポおばけ! ショタコンおばけ! 腹黒おばけ! ……おばけ!

「背は高いけど、腹黒ではないと思う。あとおばけって可愛いなぁ、レンは。」

 可愛い。

 そう言われて顔が熱くなる。この野郎、馬鹿にして。

「はい、メープルクッキー。好きでしょ? たーんとお食べ」

「甘やかすんじゃねぇよ」

「レンだから甘やかすんだ。大好きな可愛い可愛いレンのためだからねー」

「きぃぃぃぃこの野郎ッ……!!」

「顔真っ赤……また熱でも上がってきたんじゃ……」

「ほっとけバカタレ」

 クッキーの入ったタッパーをふんだくって、素っ気なく「ごちそーさん」と言ってその場を去る。恐らく赤みが引けきらないだろう顔をミツルに見られないように。


「くそー、はんッ。馬鹿めアホめ間抜けめッ! 大好きだ!? ふざけやがってからに……!」

 自室として与えられた部屋に戻ると、ドアの鍵を閉め、クッキーの入ったタッパーを壁際の机の上にドンと置き、柔らかいベッドの上に倒れるようにうつ伏せで横になる。ポフッと擬音の付きそうなくらい柔らかなベッドは相変わらずどこかで嗅いだことのあるような、妙な安心感を誘う匂いがする。

 最近、俺がこうなってからというものの、やけにミツルがベタベタしてくるようになった。

 以前から俺に対して甘いところがあったのは確かではある。お弁当は毎日作ってくれるし、病気や怪我の時は過保護なくらい世話を焼くし。終いには耳かきしに部屋まで押しかけるわお風呂上がりにドライヤー片手に待機してるわと、さながら従者張りの貢献っぷりを見せ付けていた。

 それが今ではまるで保護者だ。かなり過保護な。

「なにが可愛いだ……こんなチビにしたの、てめーだろーが……」

 胸のモヤモヤにいたたまれなくなり、枕をギュッと抱えて溜め息を吐いた。


「…………ん」


 ふと、ここで思い出す。


「……、…………」


 どこかで嗅いだことのある匂い。


「……………………………………………………………。」


 Q.なんの匂い?


 


 A. ミ ツ ル 。


「あぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐ……ッッッ!!」

 気付いた途端、思いっきり枕に噛み付く。自分でも何をやっているのか分からないが、とにかく噛む。一心不乱にミツルの匂いの染み付いた枕をガジガジ噛み続けた。

「えっと、レン……?」

「はっ!?」

 部屋のドアは鍵を閉めたはず。なのに、気付けばそこにミツルがいた。

「ミ……ミツル……そ、その……ドアの鍵、は……? は、ははは、えと……あの……あぅ……」

「ちょっとこっちに。」

「はぇ?」

「早く。」

「はい……」

 終わった。完全に変なやつだって思われた。むしろ変態。他人のベッドで、他人の枕に全力で噛み付いている変態だ。

 幼馴染みで親友とはいえ……いや、幼馴染みで親友だからこそ、ミツルにそう思われるのはこの上なく、なんというか、手痛い。

(あぁ……こっぴどく説教されんのかなぁ……気持ち悪いぞとか、どういう癖持ってんだとか……ああ、もう……おわったぁぁぁぁッ……!!)

 どうしようもない絶望感に、頭が真っ白になる。

 いつもみたいにあれこれ言い返せばいい話だろうが、そうじゃない。決定的に違う。

(……嫌われるのが、怖い……のかな)

 どんな時でも、俺に対して甘く、笑顔を絶やすことのなかったミツルが、俺に嫌悪感を抱く。そう考えるだけでどうしようもなく恐ろしかった。

「さ、座って」

「うん……」

 ついさっき立ったはずの席に再び着く。

「はい、じゃあ事情聴取を始めます。まず、あの枕……オレのなんだけど……」

「やっぱり……。」

「さっきの、あぐあぐしてる時の、感想は?」

 感想は、と言われても困る。ただ、ミツルの匂いだと気付いた途端、噛み付きたくなった。特に意味のあることではない。本当に突然、急激な衝動に駆られてだ。

 それを素直にミツルに伝えると、「ふむふむ」と何やらメモ帳に書き込み始めた。

「……ずっと、どうしてオレがレンをそんな姿にしたか、知りたがってたよね。」

「む……そりゃまぁ……当たり前だよ……それが?」

「オレがレンを小さくて可愛い姿にしたのは、言わば『副作用』なんだ。」

 副作用? ということは、本来はこんな子供みたいにはするつもりはなかったということなのだろうか。なら、本来は何のために……?

「レン、ほら」

「?」

 ミツルは近寄ってきたかと思うと急に上半身裸になる。

「うえ? お前何してん……」

 ──ゾクリ。

「……。」

 その滑らかな肌を見た途端、俺の中で何かが芽生える。邪なものではないのは分かるが、それが何なのかはハッキリしない。

 言うなれば、『欲』『衝動』それそのもの、だ。

 あるところが、疼く。

「好きに、してごらん?」

「…………好きに?」

「うん」

 そんな甘い囁きに誘われるように、体が動く。

 立って並べばその身長差およそ30センチ。どう足掻いても見上げる形になる。

 ──まだ、届かない。

 疼きは一層強くなり、息が乱れ始めた。

「はは、レン、なんだか色っぽ……わっ」

「……っ」

 俺の頭の中は、『欲』と『衝動』に支配される。ミツルに体当たりしてイスに座らせ、その上に誇った。

「ハァッ……ハァッ……!」

 鼻先が触れ合うほど顔が近い。心臓が強く鼓動を刻み、身体中の感覚が研ぎ澄まされていくのか分かる。

「〜〜っ!!」

 たまらずミツルに抱きつくが、それでも満足できない。むしろ、焦れったいだけで。

「ミツル……みつるぅ……頼むッ……ちょっとでいいから……だ、抱き締めてッ……」

「いいよ」

 ミツルの腕が俺を包み込むように、抱き締めた。

 ──肯定された感覚。

 ──守られている感覚。

 ──触れられている感覚。

 ──何とも言えない、この感覚。

 ゾワゾワと鳥肌が身体中を駆け巡り、肌の感覚をより鋭敏なものへと変えていく。


 ──疼きが、頂点に達した。


「ミツルぅッ!!」

「うッ!?」

 『歯』の疼きに耐えられなくなった俺は、ミツルの首筋に噛み付き、その『歯』をくい込ませた。

「ミフウぅぅ……うぅぅぅぅッッ……!!」

「ちょ、レン?! い、痛いっ!」

 身動ぎするミツルを、逃すまいと本能的に強く抱き締め、それに合わせて噛む力も強まる。けれど、噛みちぎるほどではない。

「フーッ……フーッ……!!」

 歯に伝わるミツルの首筋の感触。鼻腔を満たすミツルの匂い。時折漏れるミツルの呻き声。

 頭がおかしくなりそうなほど、愛おしい。

「うっ……ぬぐ……レン……そろそろ……」

 肩をトントンと叩かれ、ギブアップを言い渡された。右の首筋から顔を離し、ミツルの顔を見る。すると目が合った瞬間ミツルは驚いたような表情になり、じっとこちらを観察するような目をする。その目の端に、うっすらと涙があるのを見た途端、また、抑えられなくなった。

「あむぅッ!!」

「くぅっ!」

 反対側の首筋を噛む。弾力を楽しむように強弱すると、それに合わせて漏れる苦しそうな呻き声。それがこの上なく、『衝動』を掻き立てた。

 心臓が、破裂しそうになる。

 脳内麻薬がドクドクと分泌される。

「フーッ、フーッ、フーッ、フーッフーッ……!!」

「いぎっ……! レン、痛い痛い! 爪がっ! 食い込んでるっ……!!」

 ガリガリと、ミツルの背中に爪を立ててしまう。とても痛そうに呻くミツル。とても、可哀想だと思うのだが──

「んぐぅっ!!」

「ぎっ……」

 ──それがたまらなく、いい。

「ギブ……アップ……!!」

 途端にパチンと俺の首根っこで何かが弾けた。

 電気が走ったかのような痺れに、ミツルを拘束する手足の力が弱まった。その隙を見逃さず、ミツルは俺を引き剥がすと、その手に持っていたいつぞやの黒塗りの棒をクルクルと回し始める。先端に集まった光が軌跡を残し、やがてリボンのような光の帯が出来上がった。それが俺をぐるぐる巻きにして今度はこちらが拘束されることになる。

「むーーッ!? むぅー、むーーッ!!」

「悪い子にはお仕置きしなくちゃね」

 邪悪な微笑みを湛えて、ミツルが俺の両肩をがっしり掴んだ。すると……

「そう、お仕置きしなくちゃならんよのぅ。」

「んんっ?」

「そぉいっ!」

 ガコーンッ、と。ミツルの背後に突如として現れた何者かによって、ミツルは意識を刈り取られた。

 空中に縛りつけられてていた俺は、ミツルの意識の喪失とともに解放されて床に落下する。

「むはッ……あふぅっ……?」

「ふぅむ。やっぱりおかしくなっとったかえ。」

 そうして俺の前に佇んでいたのは──


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