魔法使いミツル(1)
生物たるもの、適応能力というのが備わっていて当然というのがこの世の摂理だ。
と、いうわけでもはや縮んだ身体に慣れた俺は、ちょこんと椅子に座ったまま、正面に座る幼馴染みをジト目で睨みつつトーストを食んでいるわけだが……
(頬 っ ぺ 落 ち そ う な く ら い 美 味 す ぎ る ッ !)
それどころではなかった。こんな時に不真面目をかます幼馴染みは気に入らない。しかし、それと同じくらい、こんな時にちょっといいとこのパンの美味しさにトロけそうになっている自分が気に入らない。
表面はカリカリなのに厚さがあるために中はフワフワもっちり。芳醇な香りにマーガリンの香りが相まって、シンプル・イズ・ベスト!
(って違う! 誰が食レポしろと!? そもそもなんでコイツこんな澄まし顔でいられるんだよ! 仮にも親友が状態異常で困ってんのに……!!)
「〜〜〜っ!」
「? ……ニコっ☆」
「ニコっ☆ じゃねぇよお前絶対ぇ何か知ってんだろ! 教えろコノヤロウッ!?」
「うーん……いいけど……」
どうせ信じられないよー?
そう言って苦笑するミツルのトーストを、身を乗り出して奪取する。それを人質……いや、パン質? にしてさっさと言うように催促した。
「オレ、魔法使いなんだよね。」
「モグモグ」
「食べちゃった」
馬鹿なこと抜かすからだ。ミツルが魔法使い? そんなふざけた話が……
「……。」
……割と、あるかもしれなかった。
「お前、魔法使いって……本当に言ってんの……?」
「えっ? ああ、うん。ホントだけど」
「……。」
心当たりが無いわけではなかった。むしろ、納得できてしまうほどだ。
「そうか……魔法使い……なるほど、だからお前」
「レン?」
確信した。コイツは、ミツルは本物の魔法使いだ。
「だからお前、いつの間にか俺の傍にいたり、こんな美味いパン持ってきたり、俺の欲しい物丁度買ってきたり、手品できたりするんだな!」
「いや、あのそれは……」
ミツルお前、凄いヤツだったんだな!
そう感心している間、ミツルは何やら困った顔をしていた。自分から魔法使いだと正体を明かしたクセに、今更困ってどうするのだろうか。
「普通に傍に寄ってるだけだし、限定百個の高級食パンだし、欲しそうな顔するから分かりやすいし、手品は種がちゃんとあるし……的外れすぎる……。でもそこがい」
「あ? なに?」
「ううん、何でもないよー?」
何はともあれ、原因は分かった。あとは治してもらうだけだ。
「よし、じゃあ戻せ」
「むり」
「は?」
「いやー、戻す方法は、今のところないんだよねー、これが。」
コイツハナニヲイッテルンダ? バカ? バカナノカ?
いや、バカだ。完全にバカだ。
「ぐぬぬ……! ぬぬぬぬぬ……ぬううううっ……このっ、バカッ!!」
ありったけの悪意を込めて放った全力の罵倒も、ミツルは涼しい顔で受け流す。
「掛けた魔法解けないとかクソザコ魔法にも程が──」
続けて文句を言おうとしたその時。不意に細長い何かが鼻先に突き付けられた。
「ひぇっ?」
「蓮介……オレは確かにクソザコ魔法使いだよ。でも……」
一瞬のうちに冷や汗が滲んでくる。ミツルが俺の名前をちゃんと呼ぶ時は、真面目に話をする時か、キレたかのどちらかだ。そして今回は、後者だ。
「でもね、この魔法はクソザコなんかじゃない。古くから受け継がれる、気高いものだよ。」
黒塗りの棒の先端が、くるりとゆっくり円を描く。その軌跡に光のようなものが見えたかと思えば、丁度一周したところで棒の先端から閃光が放たれた。
途端に霞む視界。急激に重くなる瞼に一切抗うことができずテーブルの上に伏す。
「あ……ぅ……」
「ごめんね。ちょっとだけ休んでて、レン。」
その言葉を聞き取ったのを最後に、俺の意識は暗闇に沈んだ。