第5話 テト
『なあ、お嬢ちゃん。こいつも、オーガとオオオカみたいに、長くなるかもしれん。先に、お嬢ちゃんの名前を聞いといていいか?』
たぶん、この話は広がると思う。どうせ村まで歩くんだし、その道中で、ゆっくりとやればいいだろう。それより、いいかげん、お嬢ちゃんの名前が知りたい。
「うん。そうね、それがいいわ。すごく面白くなりそうだし」
お嬢ちゃんも、同じ事を思ってたんだろう。俺の提案に乗ってくれた。
「私はテトよ。テトって呼んでね。それで、種族は人間よ。よろしくね、大きな人間のタダスケ」
テト。テトちゃんか、ようやく聞けたな。彼女にピッタリの可愛らしい名前だわ。
『テトか、いい名前だな。俺からも、よろしくな、小さな人間のテト』
大きな人間と、小さな人間か。そうだな、これはいいや。『こっちが本物だぞ』「違うわ、こっちが本物よ」みたいな舌戦にならなくて良かった。
「タダスケ」
『ん? ああ』
見ると、テトが俺に、右手を差し出していた。これは握手をする流れだろう。名前を教えた対価に何かを寄越せとかじゃないはずだ。
そもそも俺の所持品は、腰に巻いている黄黒虎縞のタオルしかないわけで……。つまり、こんなの渡したら大変だ。
俺はテトの前に屈んで、同じように右手を差し出した。クマコは抱き直してある。左腕に座らせて、胸にもたれさせる感じで支えてる。
「やっぱり、すごくおっきいわ。何を食べたら、こんなに大きくなれるの?」
テトは右手で、俺の中指をぷにぷにして、左手では、その爪をぺたぺたとしている。サイズが違い過ぎて、握手の形にはならなかったが、これはこれでいい感じだな。
『うーん、米と魚と野菜かな』
テトは、「大きい」とか「太い」とか「硬い」とか「こんなの初めて」とか言いながら、俺の手を、ぷにぷにぺたぺた、して遊んでいる。これはその……あれだな、うん。ありがとう……。
こんな感じで、テトさんは上機嫌だった。そして俺は、これ幸いにと、無邪気に遊ぶテトさんを観察中。彼女の事を、ここまで至近距離で見るのは、これが初めてだし。
テトの身長は、俺の太股の中ほどくらいまでしかない。日本人だと幼女サイズだ。でもその体形は、日本人の基準だと10代後半くらいまで育っている。
つまり手足は伸びていて、ささやかではあるが、乳の膨らみも確認できる。乳の膨らみも確認できる。
服装は、中世の絵画で落ち穂を拾ってる系の人の服を小綺麗にして、森歩き用にカスタマイズした感じの物だ。
髪は少しだけ金色が入った茶髪で、くせ毛のボブヘアっぽい形状。顔はやや童顔だけども、間違いなく美人だ。目が大きくて瞳は茶色、鼻が小さめで、口元はややアヒル調、肌の色は健康的で……etc.……。
やべえ可愛い。いや、分かってたけど、近くで見たらさらに可愛い。どうしようこの子、家に持って帰りたいんだが。……あ、幼女じゃないって分かったし、これセーフ?
おぉ、そうだよ、これセーフだ。それに、テトさんの俺への好感度って、たぶん高いぞ。これって運命の出会いじゃね? ついに俺にも春が来る? あ、でもサイズ的に……ぐぬぬ。
◇◇◇◇◇◇
「おーい。タダスケさーん」
『あ、すまん。ちょっと考え事をな』
愛があればサイズの差とか関係ないよな? とか色々と妄想してたら、テトの声で現実に引き戻された。ぷにぺたタイムはもう終わっていたようだ。
「クーン」
クマコも何か言いたそうだな。「はよ帰ろうや、足が痛いねん」とかかも知れんな、待たせて悪かった。
『じゃあ、歩きながら話すか』
「うん。いっぱい聞くから、覚悟しといてよ。タダスケって、分からない事だらけだわ」
テトさんよ。それは、こっちも同じだぞ。むしろ俺の方が、分かってない事が多いと思う。
テトにとって、俺が単品で意味不明な生き物なのに対して、俺にとっては、この場所の全てが、フルコースで意味不明な世界なんだからな。
『まあ、分かる事なら話すよ』
「ありがとう、タダスケ。じゃあ、何から聞こうかしら?」
テトが「村はこっちよ」と先導をしてくれて、俺はクマコを抱えて、その隣を歩いてる。周囲には同じような木と草ばっかりで、初見の俺には方向も何も分からないんだが、何か目印でもあるんだろうな。
「えーと。タダスケは、本当に人間なのよね?」
テトが、そう聞いてきた。そうだよな。まずは、これだったよな。
『あぁ、人間だ。神に誓ってもいいぞ』
ちなみに俺は、神様とか別に信じちゃいないんだが、嘘をついてないアピールとしては、よく名前を使わせてもらってる。そんで信じちゃいないが、裏切るつもりもない……そんな感じだ。
「でも、私も人間なのよね。森の精霊に誓うわ」
なるほど。森の精霊さんてのは、テトたちの信仰の対象だろうな。
『そうか。じゃあ、俺達は同じ種族って事でいいんじゃないか』
素晴らしいな。同じ種族なら結婚とかもできるんじゃね? 村についたら、テトの御両親に挨拶だなこれは……いや、冗談だが。
「よくないわよ。大きさが違いすぎるわ」
まあ、そうだわな。愛さえあればサイズの差なんて……とかは置いといて、この子の社会常識とか生物学とか進化論とか、そんなん含めてで、大きな人間と小さな人間は別の種族だと感じるんだろう。
うーむ。ここは大型犬とチワワの例でも出して話を……あ、この世界にチワワいるのか? 熊がいるなら犬と猫くらいはいると思うが。
でも召喚とかがあるファンタジーな場所なんだし、「タダスケは、身体が大きな人間なんだね、すごーい!」くらいで済んでも良くね? とも思うんだがな、どうなんだろ……。