第3話 クマコ
ゴブリンとの戦闘は、俺達の勝利に終わった。俺は戦ってないけど、もうそれはいい。
「ごめんね、オーガさん(仮)。ちょっと待ってて」
『あぁ。ゆっくり見てやってくれ』
お嬢ちゃんは、熊ちゃんをモフモフペタペタとしながら、「うーん」とか「むー」とか言っている。そういや、熊ちゃんは怪我してたんだった。
「どう、クマコ。歩けそう?」
熊ちゃんの名前はクマコらしい、そのままだな。女の子なんだろうか? 怪我は左の後ろ脚か……。これは、どうなんだろ。獣医さんとかに見せた方がいいような。
『お嬢ちゃん。具合は、どんなもんなんだ?』
「うん。骨や筋は大丈夫みたい。家まで帰れば治療もできるわ」
そうか、治るか。そりゃよかった。こいつはもう、俺の戦友みたいなもんだからな。手柄は全部、こいつに持って行かれたけども。
「でも、村まで歩くのは、ちょっと辛いかしら」
そう言うと、お嬢ちゃんは、俺の顔を見てからニッコリ。ついでクマコも、俺の顔を見てからニッコリ。仲良いなあ、おまえら。はいはい、それくらい、やってやるって。
『いいよ、俺が運んでやるよ』
「ありがとう、オーガさん(仮)」
「クーン」
あ、そういや熊って、どうやって抱けばいいんだろ……。
『なあ、お嬢ちゃん。熊って、どうやって運ぶもんなんだ? 正しい抱き方とかあるのか?』
「え……どうなのかしら? ごめんなさい、分からないわ。抱いて運ぶ人なんて、見た事もないし」
あぁ、そりゃそうか、この子の種族には、サイズ的に無理だよな。なら、とりあえず猫みたいに抱いてみるか。賢い熊だし、文句があったら何かアピールでもしてくるだろう。
『じゃあ、適当にやらせてもらうよ。いいか、クマコ』
「クゥッ」
俺は、左腕をクマコの前脚の下に通して、右腕でクマコの尻を支える感じにして持ち上げた。なんかスッポリと収まった感じがするな。そんで茶色のモフモフが心地好い。
「クーン」
クマコにも不満はなさそうだ。機嫌よさげに「クーン」とか言って、俺の胸元から、お嬢ちゃんを見下ろしてる。高い所が好きなのかもな。
「あ、いいなあクマコ。なんかそれ、楽しそう」
そんで、お嬢ちゃんは、ちょっと羨ましそうに、クマコを見上げてる。なんかいいな、こういうの。小さな子供が二人いるパパさんの日常って、こんな感じなのかなあ。
『そうか。なら、お嬢ちゃんにも、後でやってやろうか?』
ここで俺はつい、軽い気持ちで言ってしまった。断言するが、この時点では下心など微塵も存在しなかった。これがセクハラだなんてとんでもない。むしろ頭の中は、ほんわか100%の家族愛モードだったんだ。しかし――
「えっ、いいの? やったあ。約束よ、オーガさん(仮)」
とんでもない爆弾が飛んできた。最高の笑顔から飛んできた。え……マジで? いや、お嬢ちゃんの望みなら大歓迎なんだが、いや、その、アレだ。なんと言うか……うん。これが無欲の勝利って奴か、人助けは、やっておく物なんだなあ。
『ああ、了解だ』
こいつは思わぬ役得、棚からぼたもち。よし、そんじゃあ、とっととクマコを村まで運ぶか。そんでクマコの治療の後で、あくまでも紳士的に、お嬢ちゃんを抱っこさせてもら――
「あ、ちょっと待って」
やば、もしかして、俺がよからぬ事を企んでるのがバレたか? あ、違うか。よかった、焦ったわ。
……などと、勝手に喜んだり、焦ったり、ホッとしたりと、無駄に忙しい俺を一時放置して、お嬢ちゃんは、少し離れた場所まで、タタタッと駆けて言った。
そして、そこに転がっていた、スイカが一つ入るくらいの大きさの、木製だか竹製だかの籠を拾ってから、さっきと同じように、タタタッと駆け戻ってきた。
「お待たせ。さあ、帰りましょ」
『おう。その籠も持とうか?』
この籠、俺にとっては、スイカサイズくらいの普通の籠だけど、お嬢ちゃんにとっちゃ、それなりの大荷物だと思う。これを持ち歩くのは大変だろう。本来だと、この籠を運ぶのは、クマコの仕事だったのかもな。
「大丈夫よ。こうやって背負えるし。それにこれ、かさ張ってるだけで、軽いのよ」
『そうか。ならいいんだ』
お嬢ちゃんは、籠を背負ったまま、ぴょんぴょんと跳ねて、軽さをアピールしている。籠には山菜ぽいのが詰まってるな。
あ、籠がランドセルに見えてきた。そんで、そう思うと、お嬢ちゃんが、また幼女に見えてくる。不思議なもんだ。なんか笑いそうになった。
「どうしたの? 何か変だったかしら?」
『い、いや、何でもない。どこも変じゃないぞ』
ふぅ。君が幼女に見えたのさ、とか言うわけにもいくまいよ。しかし、この子、本当は何歳なんだろ? 聞くタイミングが難しいな。あ、そう言えば、まだ名前も聞いてないわ。そんで、こっちも名乗ってない。
そうだな。オーガさん(仮)って響きも悪くなかったけど、ここは自己紹介しとくべきだよな。よし。
『あー。なあ、お嬢ちゃん』
「なあに? オーガさん(仮)」
あぁ、これが最後のオーガさん(仮)呼びだと思うと、少し寂しくもあるな。でも、しゃーない。これは必要な事だ。
『ちょっと遅くなったけど、自己紹介させてくれ』
「あっ……。そうよ、自己紹介。私もまだやってないわ、ごめんなさい。えーと、じゃあとりあえず、その子はクマコ。種族は熊よ」
うん。それは知ってた。
『おぅ。よろしくな、クマコ』
「クゥ」
そして、俺の手元で、タイミングよく返事してくれるクマコ。本当に頭のいい熊だなあ。