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シュタイン公爵領は山々に囲まれた地形に存在し、良質な石が採れることで有名だ。その特性を生かし、国内外との外交に特化している。
周りが山なので水害も少なく、緑溢れる自然豊かな領地は、街中を歩く人間も様々な人種で行き交っていた。
市場に並んだ出店も多種多様で、なかなか外には出かけられないヴォルターにとってはどれもが新鮮に見えた。大きく瞳を見開かせ、興味津々と辺りをうろついている。
そんな姿を見ていると年相応の可愛らしさを感じ、シュムックは先程のナルシストぶりが許せそうな気がした。
「見てくれ! この布の素晴らしい輝きと滑らかさ。しかも値段も高いわけじゃなく、いろんな人が手にできなくもない絶妙さ。流石外交を得意とするシュタイン公爵の領地なだけあるね」
「父を褒めていただき、ありがとうございます。ヴォルター様は物知りですね」
「ふふん、僕たちの国は貿易が盛んだからね。王都は海が近いし、よく船が停まるんだ。物だけじゃなくて、人もいっぱい来る。今から勉強しなきゃ」
なるほど、とシュムックは納得した。話に聞いていた通り、十歳にしてはかなり大人びた思考の持ち主のようだ。
前の自分の息子たちの十歳を思い出しては、あまりの落差に風邪をひきそうになる。
しかも第一王子である立場から、人より早く背伸びしようと努力したのも窺えた。
十歳なんかまだまだ、鼻水垂らして遊んで、周りに反抗してる歳だろうなと考えると、シュムックは急に口が酸っぱくなって口をすぼめる。
「……たまにね、あまり自分の顔が良いことをひけらかすものじゃないと、家庭教師に叱られるんだ。でも将来の顔になる男が良い顔なのは、とても良いことじゃない? 顔が良いって言うのは、僕の一番の長所だもの。どこに行っても堂々と歩ける」
そう言い切った自信を感じさせるヴォルターの顔と言葉は、シュムックの中の彼への評価をひっくり返すだけの威力があった。中身は何処までもナルシストだが。
この子が将来王の座に着くならば、自分もいずれ公爵家の当主となり、世の行く末を見ていくのも面白いかもしれないと思えた。
上に立つ者に勿論教養は重視されるだろう。司法、外交、徴税、言語、歴史…上げたら切りがないが、沢山の事を覚えていかなくてはいけない。
ヴォルターは特に第一王子の立場に当たる為、自分を囲う貴族たちの、ずっと深い腹の中を探り当てるだけの頭や、度胸も必要となる。幼いからと言って甘やかす訳にはいかない。甘やかして痛い目に遭うのは未来の彼だ。
勉学だけで国は回らない。生きているのは自分だけではないから。
甘く見られてしまえば家臣に傀儡されるかもしれないし、その座を狙った暗殺者に殺されるかもしれない。はたまた外に利益を見出だした輩が密告者を潜り込ませ、国を売ってしまうこともあるかもしれない。
常に周囲に気を巡らせ、いざという時正しいガベルを振り落とせる冷静さが、王には大切だ。
多くの民を従わせるだけの威厳や風格も必須なことを考えるのでれば、彼が自分の顔に自信を持って、堂々と取り仕切ることもそんなに悪くない。
そしてそんな王に貴族の当主たちは未来を投資し、任された役割を全うする。
「あ、学問もダンスもピアノもバイオリンももちろん頑張るよ!」
国を動かすのは容易ではないし、彼の考えはまだまだ砂糖菓子のよう。
けれどそんな純心な考えを、今はまだ友人として見守っていても良いのではないかと、シュムックは何だかくすぐったい気持ちで微笑み返した。
「ここで新調した服も描いてもらうから、出来たらシュムックに送るね!」
あ、それはいらない。と笑顔を張り付かせながら、ヴォルターが帰る時間になるまで、久しぶりにシュムックは楽しい一時を過ごした。
ガベル=裁判官が握る木槌。