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カステンは整えられて戻ってきた主人を目にいれると、メイドたちに遊ばれたであろう彼を思って苦笑を浮かべた。
大人びた性格のシュムックが不機嫌そうに口を尖らせている。
本当ならメイドが主人をいじるなどあってはならないことだが、この気難しい小さな主人にはちょうどいいガス抜きになるだろうとカステンはほっといている。
こうした幼い表情が見れるのもこういう時だけだ。
「お帰りなさいませ。とてもよくお似合いですよ」
「嫌味か」
大股でテーブルに近づき、カステンが引いた椅子に荒々しく座り直すシュムック。あからさまに怒ってますよ、とでも言うように腕を組み足も組んで態度で示す主人に、カステンは思わず笑いそうになるのをこらえた。
主人に落ち着いてもらう為適温のアールグレイを注ぐと、シュムックは薫ってきたその香りに息を吐き出した。
「もうそろそろだよね」
「ええ、先程十分ほどで此方に着くだろうと入電がありました」
鼻腔に柑橘の香りを満たし、カップに口を付けて喉に通す。
飲み慣れた味にどこかほっとして、カステンに当たってしまった自分に反省した。
「ごめん、強く言って」
「気にしておりませんよ」
「頑張って公爵家の……シュタイン家の嫡男を努めてくるから、援護は頼んだ」
「御意に」
緊張で震える手を胸に当ててから、シュムックはカステンを連れて殿下を出迎える為に屋敷の外へ向かう。向かうのはいつもの玄関口ではなく、パーティーなのどの時に使用するお客様専用出口だ。
現在いるテラスを通り抜け、季節の花が点々と飾られている廊下を暫く進むと、床一面大理石で作られた広めのエントランスに出る。
そこを下ろし立ての靴で進み、近衛が厳重に脇を固める分厚い扉を開けば、シュタイン家のお客様専用玄関へ到着だ。
大丈夫大丈夫俺はおっさん相手は子供どうにでもなるさと何度も心に刻み込みながら、艶やかな毛並みの馬に乗った御者が遠くの方から此方に近づいてくるのを見つめた。
優雅に目の前に現れた馬車は上品な至極色をまとっており、一目で高貴な人が乗っているのだと判断できる。
従者に促され中から硬い靴音と共に降りてきた人は、まさにお伽噺に出てきそうな王子様を彷彿とさせた。
柔らかく艶やかな金糸の髪は肩まであり、流すように後ろで結われている。吸い込まれるような美しいアメジスト色の瞳は、彼が王族という証をまざまざと表していて、日に当たらず育ってきたのだろう透き通るような白磁の肌は、貴族の女性陣を嫉妬の渦へ巻き込むかのよう。
シュムックの目に映った人物は、まさに西洋のお人形のような男の子であった。
「綺麗……」
「坊っちゃん、ご挨拶を」
「あっ、申し訳ありません! 殿下、本日はようこそお出でくださいました。私はシュムック・シュタインと申します」
「ふふ、褒めてくれてありがとう。僕の名前は、ヴォルター・シュルテン・メーア。気軽にヴォルターって呼んでね。それにしても、僕が今日会うのは男の子だと聞いてたんだけどな。でもこんな天使のような子に会えるなら、わざわざ来た甲斐があったよ」
つっかえることのない賛辞。ヴォルターはシュムックに近づくと、手を握って笑顔で少し下から顔を見つめてきた。
シュムックは吊り上げた口角を維持しながら、このマセガキと内心悪態をつく。
本当にここにいる子供は十歳なのかと疑いたくなるぐらいには、彼の態度がシュムックには計算づくされたものに見えた。子供は苦手ではない。ただ王子と聞くと少し身構えてしまう、貴族の悲しい性。
それと同時に同情もした。彼は余程のことがない限り、この歳にして国のトップを背負わされることが生まれた瞬間から決定しているのだ。だとすると、周りの大人も一筋縄でいかない奴ばかりだろう。これは幼い彼なりの処世術なのかもしれないと勝手に納得させる。
「私も、今日会えるのを心待ちにしておりました。さあ、どうぞ中へ」
繋がれたまま離されない手を疑問に思いつつも、シュムックは殿下をエスコートして屋敷の中へ案内した。
至極色=紫色。飛鳥時代、日本では高位な官僚以上が着用を許されていた色。古代ヨーロッパでは高貴な人のみが身につけていた色とされる。