脚本:ヒトラーを騙した男
2019年に書き下ろした脚本です。
こちらの脚本は私的利用を目的としたダウンロード、プリントアウントをすることができますが、著作権を放棄しているわけではありません。
上演の際は無料公演、有料公演にかかわらずご連絡をお願いいたします。
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上演料は不要、無料です。
部活やサークル、劇団内で、読み合わせ、練習、ワークショップ、コンペに使う際の連絡は不要です。
改変はご自由にどうぞ。現在、作者は劇団に所属せず単独で脚本を書いているため、読み合わせもしていません。上演できる形にみなさんの力で変えていってください。
登場人物
ハン・ファン・メーヘレン 主役、のちの贋作家
アドルフ・ヒトラー 内気な画学生、のちのドイツ元首
テオ・フォン・ヴェインガールデン のちの天才贋作家
フェルメール 伝説の画家。
ストーリーテラー
真珠の耳飾りの少女
テラ「話をしよう。
新潟県出身の画家、富川潤一先生が、語った話である。まず、この富川潤一先生、新潟県旧栃尾市、現長岡市出身の洋画家、1907年生まれの1997年没である。安宅安五郎に師事、新潟市に居を構え、長年に渡って後進の育成につとめた。戦時中は潜水艦のりで、絵筆とスケッチブックをもって潜水艦に乗り込んだ。ある日、寄港先で景色を書いていると『軟弱者』と上官に怒鳴られ、絵筆とスケッチブックを奪われた。しかし、そこで富川は上官にこう申した。『その絵と全く同じ絵を描いたら、絵筆とスケッチブックを返してください』と。上官は笑いながらやらせてみた。すると富川は寸分違わぬ、全く同じ絵を描いてみせた。上官は『二言はない』といって、絵筆とスケッチブックを返した。あの富川潤一である。
その富川、戦後は新潟市内の中学校や新潟中央高校、新潟市立工業高校で美術教師をしていたが、彼は存命中のピカソと会ったことがあるらしい。富川曰く『ピカソはすごいぞ。彼はデッサンを描く時、キャンバスを全くみないんだ。ずっと被写体から視線を離さない』と絶賛していた。その時、富川はピカソからこんな話を聞いた。『ヒトラーとメーヘレンは、若いころは友人だったんじゃないかな。そんな噂を聞いた』と。」
テラ「話をしよう。異端の民俗学者、犬飼喜一は著書『戦中日独文化交点の虚構』の中で、ヒトラーとメーヘレンの関係について、いくつかの推測を述べている。犬飼と言えば、戦後復興の中で、なぜ卵かけそばが月見そばへと名を変えたのか言説に関するいくつかの推論が秀逸であるが、今日それを語るには、あまりにも時間が足りない。気になった方は是非、犬飼喜一の著書『不連続線上の系譜』をご一読頂きたい。ただし、私製本であり、絶版して年月もたち、国立図書館にも保管されていないため、原本を読むのはほぼ不可能ではあるのだが。
話を戻そう。犬飼はヒトラーとメーヘレンの共通点について、いくつかあげている。ヒトラーは1889年、オーストリアの出身、そしてメーヘレンは1889年、オランダ生まれである。内気な画学生ヒトラーは1907年、ウィーン美術アカデミーを受験したが不合格となっている。学長に直訴するが、人物デッサンを嫌う傾向から『画家ではなく、建築家になったらどうか』と諭されている。一方、メーヘレンも美大への進学を希望していたが、デルフト工科大学建築科へ進学。
ヒトラーは自らを認めないドイツ美術界を、メーヘレンは自らを認めないオランダ美術界を酷く憎んでいた。
そして2人は、同じ時期に絵はがきを売って生計を立てていた時期がある。
ヒトラーには1908年9月から1909年11月まで空白の期間がある。そしてメーヘレンもまた、大学在学中ではあったが、留年を経験している。
そして、問題はここからだ。ヒトラーが売っていた絵はがきは現地へは行かずいずこかの画家の模写をしていたものであるが、そのヒトラーが売っていた絵はがきと、メーヘレンが売っていた絵はがきの奇妙な一致である。これらは現存していないが、犬飼はこう断定している。
ヒトラーの絵はがきは、メーヘレンの絵はがきの模写であり、そして、その絵はがきは、メーヘレンからヒトラーに宛てられた私信であったと。
これから上演する舞台は空想、夢想、フィクションであり、なんら客観的な資料も実証も存在しない。歴史的資料価値はゼロである。しかし、この物語は確かに・・・・・・」
タイトル「ヒトラーを騙した男」
1907年、ウィーン。
ヒトラー「なんでボクが不合格なんだ。抗議にきた。ボクを美術学校に入学させてくれ」
学長「君の絵は人物デッサンが甘い。だが風景画ではいい線をしている。建築関係の仕事をしてはどうだね」
ヒト「建築なんてくだらない」
学長「残念ながら君を合格させることはできない。どうしてもウィーン美術学校に入りたいなら、来年また受験したまえ。うちは、裏口入学はやってないよ。留年生だからとか女性だからとかで点数の不正操作はしない」
ヒト「いいだろう、覚えていろ!来年絶対に合格してやるからな」
ヒトラー、学長室をでる時にメーヘレンとすれ違う。
メーヘレン「なんで俺が不合格なんだ、抗議にきた」
学長「今日は先客万来だね」
ヒトラー、外にでて、ベンチに座り、ウィーン美術学校の外観を描く。
メー「話にならねーよ!」
ヒト「さっきのやつか」
メー「お前も落とされたのか?」
ヒト「あぁ、建築系にいけってさ」
メー「俺も言われた。建築だと?バカバカしい。耐震強度の偽装でもしろってのか」
ヒト「アンタは人物デッサンも描くのかい」
メー「そこそこな。でも風景画が好きなんだ」
ヒト「ボクもだ」
メー「モデルの裸なんか見てると吐き気がする」
ヒト「いや、それはない」
メー「お前はヌードは好きなのか」
ヒト「女のはね」
メー「おっぱいは大きい方がいいか」
ヒト「大きさよりも張りだな。あとは艶だ」
メー「変態だな」
ヒト「フェルメールの絵みたいな艶のある肌がいい」
メー「フェルメールが好きなのか」
ヒト「あぁ好きだ」
メー「俺もだ。だけど、人物画がうまくかけない。人間の外面は描けても、その内面を掘り下げることができない」
ヒト「難しいことを言うだな」
メー「風景画が好きなのに建築学科は嫌いってのは、おかしいのかね?」
ヒト「いや、おかしくはないさ」
メー「なかなかいい絵を描くじゃないか」
ヒト「受験の記念にね。ただ、来年もう一度受けるよ」
メー「俺もだ」
ヒト「アンタ、名は?」
メー「ハン。ハン・ファン・メーヘレン」
ヒト「私はアドルフ・ヒトラー」
メー「華道部?」
ヒト「アドルフだ。アドルフ・ヒトラー。覚えていろ。いつかこの名前を世界中に轟かせてやる」
メー「そいつは楽しみにしてるぜ、アドルフ。また運がよければ、来年あおう」
ヒト「あぁ」
1908年。ウィーン。
ヒト「メーヘレンか。どうだった?」
メー「ダメだった。茶道部はどうだった?」
ヒト「アドルフだ。ダメだったよ」
メー「去年と同じさ、建築系にいけってよ。」
ヒト「ボクもだ」
メー「俺はさ、オヤジが絶対に大学行けっていうからさ、行きたくもない大学には通ってるんだよ、建築の。こっちに受かったら辞めてやろうとおもって隠れ受験してたんだけさ」
ヒト「愛校心なさそうだな」
メー「そんなことはない、隠れ浪人で東大受験を目指す東京理科大生ぐらいには愛校心があるぞ。雑居ビルみたいなキャンパスで太陽の光も当たらずにひたすらお勉強さ。クラスにいるのはヲタサーの姫と、理系の姫と、年頃のメスゴリラだ」
ヒト「そりゃ、楽しそうだな。ボクなら入学後1ヶ月で大学やめて役者になるね、ムロツヨシみたいに」
メー「そいつは名案だ」
ヒト「で、どこの大学いってるんだ?」
メー「デルフトさ」
ヒト「オランダ人だったのか」
メー「そうだよ、アドルフは?」
ヒト「オーストリア」
メー「へー」
ヒト「デルフトか。一度行っていたい。フェルメールの町だろ」
メー「そういえば、フェルメールが好きだってな。これ、俺の住所だ。デルフトにきたら泊めてやる」
ヒト「本当か?」
メー「あぁ、フェルメールが飾ってある美術館を案内しよう」
ヒト「ありがとう」
メー「ただし、うまいオーストリアのワインを頼む。ドイツのでもいいぞ」
ヒト「わかった。約束しよう」
ヒト「ワイン1年分をもってきた。1年泊めてくれ」
メー「むちゃー」
ヒト「約束しただろ」
メー「いやまぁいいけどさ、家賃の半分はだせよ。つか、お前はいいのかよ、家族とかさ」
ヒト「父はクズみたいな奴さ、もう死んでる。ボクは父が好きじゃない。金はあったけど、無学だった。体罰や虐待もはげしかった」
メー「そりゃ、大変だな。母親は?」
ヒト「この前亡くなったよ。いい人だった」
メー「じゃあ両親はもういないのか」
ヒト「その遺産で遊んでいられる。妹がいるが、妹を音楽学校へ行かせてやることができた」
メー「妹が1人だけかい?」
ヒト「そうさ、あとはみんな生まれてすぐに死んだよ。半分だけ血のつながった姉はいるけどね、ボクはあれを姉と認めていない」
メー「父親のほうだけ血がつながっているのか?」
ヒト「わかるか?」
メー「わかるさ、俺もオヤジがきらいだ。」
メーヘレン、酒をあおり、麻薬をすう。
ヒト「麻薬か」
メー「たまにな。吸うか」
※当時の麻薬は現代のタバコを吸う程度の感覚だったと思われる。
ヒト「いや、葉巻はあるか」
メー「ほいよ」
ヒトラー葉巻を吸う。
ヒト「うまい」
メー「明日、フェルメールを見に行かないか」
ヒト「そのために来たんだ」
オランダ、マウリッツハイス。
ヒト「これが、フェルメールの風景画か」
メー「フェルメールの研究は始まったばかりでな。フェルメールがどれくらいの作品を残したかも謎とされているんだ。宗教画は1作か、2作。風景画も1作か、2作だ。フェルメールはな、サインが少ないんだ」
ヒト「人物画とは違う引力があるな」
メー「これはデルフトの風景さ」
ヒト「そうなのか」
メー「こいよ、こっちにもフェルメールがある」
ヒト「これは」
メー「真珠の耳飾りの少女だ。オランダのモナリザとも言われている」
ヒト「真珠の耳飾りの少女・・・」
メー「その正体は不明だ。この絵の謎はまだたくさんある。その青だ。この青をどうやって表現したかだ。おそらく100年先の技術でも解明できないだろう」
テオ「よー、ハン」
メー「テオか」
テオ「友人か?」
メー「あぁ、オーストリアから来たアドルフだ。フェルメールを見にやってきたのさ」
テオ「はじめまして、テオです」
ヒト「アドルフです」
テオ「ずいぶん熱心に見ていてけど、どんな感想をもった」
ヒト「初恋の人を思い出すような絵だ。その人とは全く顔は似ていないけど」
テオ「そうだな、この絵はすべての男に初恋の女を思い出させるような絵だ」
メー「詩人だな」
テオ「男はみな詩人さ。そうだろう。俺はな、一生かけてでも、この『真珠の耳飾りの少女』を越える作品を描いてみせる」
メー「お前ならできるかもな」
ヒト「すごいのか」
メー「才能は俺以上だ」
テオ「あぁそうさ、必ずさ。俺の名はテオ・フォン・ヴェインガールデン。覚えておいてくれ」
テオ去る。
ヒト「いい絵だったな」
メー「あぁ、なんど見てもいい絵だ」
ヒト「メーヘレンの初恋はいつだ?」
メー「忘れちまったよ」
ヒト「嘘をつけ、初恋を忘れる男がいるわけない」
メー「年上だったよ、かなりな。アドルフは」
ヒト「ステファニーって子だったけど、話かけることもできなかった」
メー「奥手なんだな」
メーヘレン、麻薬を取り出す。
ヒト「また草か、こんな往来の真ん中で」
メー「誰かになんか言われるわけでもないだろう。アドルフもやらないか」
ヒト「もらうよ、メーヘレン」
メー「もう俺のことはハンと呼べ、他人行儀だな」
ヒト「わかったよ、ハン」
メー「今日の草は利くな」
ヒト「あぁ」
フェルメール現れる。
フェルメール「こんな時間に外で夢を見ているのかい?」
メー「あんたは?」
フェ「画家さ、ごらんの通りね」
ヒト「いや、わかんねーよ」
フェ「君たちはどこから来たんだい」
メー「俺はデルフトさ」
ヒト「ボクはオーストリアから」
フェ「ならオランダの少年とオーストリアの少年、絵はお好きかな」
ヒト「好きです」
メー「あぁ、大好きさ」
フェ「なら描けばよろしい。さぁ筆をとるのだ。人生は短い。人生は美しい。その美しさをキャンバスに閉じこめるだ。さぁいざ、描かねばならぬ」
ヒトラー、メーヘレン、目を覚ます。
メー「あした、絵を描かないか」
ヒト「いいね」
2人、狂ったように絵を書き始める。
そして1年が経つ。
ヒト「きっかり、1年だ、楽しませてもらったよ」
メー「上質な酒をたらふくのませてもらったからな、なかなかいい時間だったよ」
ヒト「ハン、また会おう」
メー「あぁ、アドルフ」
ヒト「ボクは、必ず、オーストリアだけじゃない、ドイツも、世界中の美術界に、ボクを認めさせてやる」
メー「俺もさ、必ずオランダの美術界の頭でっかちどもに俺の才能をみとめさせてやる」
ヒト「ありがとう、ハン」
メー「絵葉書をおくるよ、アドルフ」
テラ「話をしよう。この後、メーヘレンはデルフト工科大学建築家の卒業制作に絵画を提出し、建築学部の学生としては初めてロッテルダム章を受賞し、画家としての生活をスタートさせた。だが、その受賞作品の販売を約束しながら、その複製画を販売していたことでトラブルとなり、画家としては大成しなかった。しばらくは絵はがきを売って日銭をかせぎ、生活費を稼いでいた。同じ頃、ヒトラーもまた、絵はがきを売って日銭を稼いでいた。姉や叔母に訴訟を起こされ、親の遺産を奪われそうにもなった。このころから、ヒトラーは第一時世界大戦への出兵を逃れられなくなり、そして恐怖の独裁者としての片鱗を見せるようになる。
ヒトラーの変貌をゆっくり丁寧に語るにはあまりにも時間が足りないので、それは偉大なる先人たちの数々の書物にお任せするとしよう。
話をしよう。これはメーヘレンの物語である。彼は大成はしなかったが、徐々にではあるが確実に、画家としての技術を身につけていった。そして彼は、忠実な模写を得意とするようになった。」
テオ「うまくなってきたな、ハン」
メー「ありがとう、テオ」
テオ「世間じゃ、ピカソだ、ムンクだなんて近代芸術がでかい顔をして歩いてるが、俺はあんなの認めない」
メー「俺もだ」
ヒトラー「世間じゃ、ピカソだ、ムンクだなんて近代芸術がでかい面をしているが、わたしはあんなの認めない、私が国家元首になったら、あんな退廃芸術はドイツから一掃してやる」
町人「ムンクの絵はいいなぁ、叫びも好きだが、私は夜空や月、太陽を描いたものが好きだ」
メー「そこの凡人よ、君はムンクを好きだと言ったか」
町人「なんだい君は」
メー「あんなものは美術と呼ぶに値しない、お見せしよう、あんなものは簡単に描けてしまう」
町人「これは・・・・・・」
メーヘレン、段ボール紙に叫びを描く。※オリジナルのムンクの叫びはキャンパスではなく、段ボールに描かれている。
町人「これはムンクの『叫び』じゃないか」
メー「すごいだろう」
テラ「またあるところでは」
町人「ピカソはすばらしい」
メー「ピカソはすばらしいと申したか」
メーヘレン、ピカソ風の絵をかく。
町人「これは、ピカソだ」
町人「そのムンクをゆずってくれ」
町人「そのピカソを売ってくれ」
メーヘレン、ムンクとピカソを破る。
メー「劣った者の絵は売る価値もない。この絵が本物のピカソだろうと、ムンクであろうと、ゴミクズ程度の価値しかない」
テラ「そして、メーヘレンは酒と麻薬におぼれ、その狂気はさらにオランダの美術界を嫌悪するようになる」
メー「絵を描くのだ、描かねばならぬ、金になる絵を、いや、金なんかどうでもいい、10年、100年、1000年先に残る絵を描くのだ、俺ならできる、さぁ、夢の声よ、俺に、もう一度、神の声を聞かせてくれ」
メーヘレン、狂気に駆られながら絵をかく。
テラ「麻薬のみせる幻聴や幻覚や、アーティストの五感を刺激し、強制的にトランス状態へと覚醒を促す。一度トランス状態となった画家は、もはや自分の意志で絵を描くことを止めることはできない。一度幕があがれば、自分の意志では舞台を止めることができなくなる役者のように」
メー「越える、越えるぞ、俺は、フェルメールを、ダヴィンチを、すべての画家を越えるぞ」
テラ「薬物やアルコールに溺れながら傑作を世に送ってきたアーティストは世界中にあふれている。政治家・高名な医者もだ。エジソン、スティーブン・キング、フロイト、ヘミングウェイ、エドガー・アラン・ポー、チャイコフスキー、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、ジミー・ヘンドリックス、マリリン・モンロー、枚挙に暇がない」
メーヘレン、吐血する。
メー「血がほしいか、俺の血が。いいだろう、こんな命くれてやる。しかし、この命を燃やし尽くし、それを糧として俺の作品を完成させろ、俺の作品を、芸術に、いや、伝説にしてみせろ、俺を殺せ、俺を殺して、生き血をすすって、悪魔に、いや、神にしてみせろ」
テラ「そして、メーヘレンは血と才能に溺れることになる。そして、アドルフ・ヒトラーも」
ヒト「ドイツの自由のために、ヨーロッパの平和のために、我々は立ち上がらねばならんのである!」
聴衆「ジークハイル!」
聴衆「ジークハイル!」
テラ「彼もまた、血と才能に溺れた。しかし、彼の狂気を酒とドラッグのせいにするのは、あまりにもバカげている」
メー「アドルフは、遠くへ行ってしまったな」
メー「あいつはもう、絵なんて描いていないんだろうな」
メー「くそっ、金がいる」
メー「あいつは、フェルメールが好きだったな」
テラ「このころ、ヒトラーは世界中から文化的な侵略を行っている。絵画や骨董品を略奪したのだ。そして彼は忠実な部下に命じる」
ヒト「フェルメールを手に入れるのだ」
専門家「ハイルヒトラー」
テラ「その時代、フェルメール研究はまだ始まったばかりで、フェルメールがいったい何作品を残したのかもわからなかった。戦争の最中でもあったので、潤沢な予算ともほど遠い。ヒトラーの命をうけた高官ゲーリングにこのような報がはいった」
メー「未発見のフェルメールが見つかった。しかし、オランダの美術界に見つかっては大変なことになる。これを総統閣下に譲りたい」
専門家「君はたしか、数年前にもフェルメールの新作を発見していたな」
メー「『エマオの食事』だな」
専門家「たいそう高く売れたんだろうな」
メー「54万ギルダー」
専門家「たしかにこれは。間違いない。これはフェルメールの新作だ」
メー「『キリストと懺悔の女』だ」
専門家「ありがとう、ヘンリクス殿。総統閣下にもよろしく伝えておこう」
メー「報酬ははずんでくれよ」
テラ「だが、メーヘレンは、ナチスドイツに美術品を横流しした罪で、逮捕されている」
メー「やめろ、俺に触れるな!」
裁判所
裁判官「ヘンリクス・アントニウス・ファン・メーヘレン。では、君は罪状を認めないわけかね?」
メー「あの絵は、あの絵はフェルメールなんかじゃない!みんな俺が書いた絵だ」
裁判官嘲笑する。まわりも笑いだす。
裁判官「あなたが書いたと?その絵を、高名な有識者たちがフェルメールだと認めただと?嘘をつくんじゃない」
メー「嘘じゃない。もっとしっかりとした鑑定をすればわかる」
裁判官「信用できない」
メー「なら、獄中で新作を描こう。新しいフェルメールを私が描いてみせよう、衆人環視の中で」
聴衆ざわざわ
裁判官「いいでしょう、やってみせてください」
メー「用意してもらいたいものがある。俺の筆だ。あと、17世紀、できればフェルメールと同じ時代の無名の絵をあつめてくれ」
裁判官「わかりました」
専門家「では、見せていただきましょう、新しいフェルメールとやらを」
メー「まずは、絵を作る前の段階だ。この道具、全てフェルメールと同じ時代の道具を自作した。絵の具も、当時と同じものをあつめた。溶剤もだ。キャンバスは、絵の具を落としたものを使う」
専門家「その行程は何のためだ」
メー「おまえらみたいな専門家を騙す為だ。
次に絵の選定だ。フェルメールの絵の構図はほとんど似通っている。その構図を全く同じではなく、微妙に変えてやればよい。あとは描くものだ。フェルメールは風俗画がメインだが、初期の頃は一作だけ宗教画を描いた。『マリアとマルタの家のキリスト』だ。宗教画はあの1作しか確認されていない。フェルメールが多様した手紙を読む女性では専門家を騙すことは難しい。俺が狙ったのは、フェルメールの宗教画だ」
メーヘレン、絵を描く。
専門家「確かにフェルメールには似ている。だがこれでは我々を騙すことはできない」
メー「最後に、絵の表面にフェノール樹脂を塗り、それを炉で一定時間加熱する。そうすると、真贋判定をすることが不可能になる。さらに、完成した絵をあえて丸めることで、クラクリュールができる。その上に墨をぬれば、300年の時間がたつ」
専門家「なんてことだ・・・・・・。これはたしかに、フェルメールだ」
メー「俺の絵には欠点がある。青だ。フェルメールブルーと呼ばれる青をどうやっても再現することができなかった。俺の絵の真贋を見定めたいなら、青をエックス線解析すればいい。コバルトブルーが使われているはずだ。フェルメールの時代にコバルトは存在しなかった。フェルメールはどうやってあの青を作り出したんだ」
17世紀、フェルメールの作画風景、真珠の耳飾りの女中がいる。
フェ「ラピスラズリを細かく粉砕してくれ。それを溶剤に溶かす」
女中「先生、ラピスラズリはとても高価ですわ。金より高いんですのよ」
フェ「かまわない、やってくれ」
女中「はい、先生」
女中、真珠の首飾りの少女の格好をする。
フェ「では、描こうか。体は窓を向いて、顔はこちらを向いて」
フェルメール、絵を描く。
フェ「唇を湿らせてくれ。自分のつばで」
フェルメール、絵を描く。
フェ「もっと唇に艶をもたせてくれ」
女中「先生、もっといいものがありますわ」
女中、フェルメールに下腹部をマッサージする。
女中、フェルメールの精液で唇をぬらす。
女中「これでいかがですか、先生?」
フェ「君は・・・・・・天使なのか?悪魔なのか?」
女中「それは、その絵の中に現れますわ。10年後か、もしかしたら100年後、1000年後にもなれば、私が天使か悪魔かなんてどうでもいいことになりますわ」
フェ「君はジョコンダを見たことがあるかい?レオナルド・ダヴィンチのモナリザを。フランスのフォンテーヌブロー宮殿に飾られている。」
女中「いいえ、ございませんわ、先生」
フェ「約束しよう。君は100年後、モナリザを越えている」
女中「それは楽しみですわ。先生」
フェ「君の美しさを、この絵に閉じこめよう。このキャンバスという永遠の中に。君の美しさを10年、100年、1000年、未来永劫、永遠に」
フェルメール、狂気に駆られながら絵を描く。
以下「ヒトラー最期の12日」の「総統閣下はお怒りのようです」シリーズパロ。
「美術品の収集は上々です。金、銀、貴重な鉱石、絵画、陶磁器、書籍、宗教財宝など、60万点を世界から集めました。ゴッホ、マティス、モネ、ロダン、ディクス、ドガ。フェルメールの『天文学者』も徴収しました。」
ヒト「ピカソのバカやムンクのアホみたいな退廃芸術はいらないぞ。これでフェルメールの作品は2作になった。すべてのフェルメールを集めたいものだ」
「総統閣下・・・」
「フェルメールは」
「メーヘレンがオランダの警察におわれています」
「メーヘレンから譲り受けたフェルメールは贋作の可能性があります」
ヒト「いつもの4人は残れ、カイテル、ヨードル、クレープ、アンポンタン」
呼ばれた者以外はみな、部屋を出て行く。
ヒト「命令したのだぞ!フェルメールを集めろと厳命したのだ!
しかし、騙されただと!しかもハンに!
ゲーリングと専門家の連中は何をやっていたんだ!
ドイツの美術界は裏切りものだ!」
「総統閣下、閣下のために美術品を集めている者をそのように言うことは」
ヒト「やつらはバカだ!アホだ!裏切り者だ!」
「総統閣下、それは違います」
ヒト「ドイツの美術界の大物どもはドイツ国民の中のカスだ!ちきしょーめー!」
ヒト「やつらは美術家などと言って偉ぶっているが、ただ美術学校を出たというだけだ!そこであいつらは、絵画なんてなの興味もなく現代美術ばかりを学んでいたんだ!才能もなく努力もしないただの低脳どもだ!
もっと早く、美術界のバカどもを粛正しておくべきだった、あのスターリンのように!
私は美術学校などには行っていない、わたしはただ1人で、独学で絵の勉強をしてきたのだ。
私だって萌え絵をpixivとTwitterに投稿してバズリたいわ。10万イイネ、コミケで大行列、午前早々に完売宣言。全国のメロブと虎の穴で通販だ。おっぱいぷるんぷるんのオリジナル女子高生な!
これは途方もない裏切りだ。ハンのやつめ、信じていたのに。あいつはいい友人だったのだ。信じていたのだ。なのに、贋作だと、まさか、ハンの奴が描いたのか、風景画しかかけなかったのに、フェルメールだと」
「ゲルダ、泣かないで」
ヒト「ハンは、私に見せたかったのか、俺はこんなに絵がうまくなったと。もう、私はただ絵を描く生活には戻れない。もう絵を描くことはできない。いつまでも、ハンに負けたままじゃないか。
私は好きにしたい。好きにやりたい。戦争なんかやめて、絵を描いていたい。あぁ、ちくしょう、ウィーン美術学校に受かってさえいれば、そうすれば、そうすれば私は、こんな戦争なんかしなくて済んだんだ。絵をかいて、妹がいて、それで、ステフェニーがいて、ゲリでも、エヴァでもいい。そして犬がいて、子供たちがいるんだ。そんな生活が送りたかった。もういい、それは夢の話だ。私は好きにしたかった。私は、これからは好きにする。君たちも、好きにしたまえ」
テラ「以後、戦況はドイツにとって悪化の一途をたどる」
再び「ヒトラー最期の12日」のパロ、原文ママ。
A「敵は戦線を広範囲に渡って突破することに成功いたしました。南方では敵はツィッセンを奪取しました。そしてそのままシュターンスドルフに向かって前進しております。敵はフローナウとパンコーの間の北縁で行動しており、東部ではリフテンベルク、マールスドルフ、カーフスホルストの線に到達しております」
ヒト「シュタイナーの攻撃で何もかも秩序を取り戻すだろう」
「総統閣下・・・」
「シュタイナーは」
「シュタイナーは攻撃に必要な兵力を集結させることができなかったのです」
「シュタイナーの攻撃は成功しませんでした」
ヒト「以下の者は部屋に残れ、カイテル、ヨードル、クレープス、プルクドルフ」
呼ばれた者以外はみな、部屋を出て行く。
ヒト「命令したのだぞ!シュタイナーの攻撃は命令だったのだ!
いったいどこの誰が、私の命令に反逆するなどという大それたことをしようというのだ!
そこまでのことをしようということは!
軍部は私を欺いていたのだ!誰もが私を欺いていた!SSもだ!
将軍どものすべてが、卑劣な、忠誠心のない、卑怯者の塊以下の存在だ!」
「総統閣下、閣下のために血を流している将兵をそのように言うことは」
ヒト「やつらは腰抜けだ!卑怯者だ!裏切り者だ!」
「総統閣下、それは違います」
ヒト「将軍どもはドイツ国民の中のカスだ!ちきしょーめー!」
ヒト「やつらは将軍などと言って偉ぶっているが、ただ士官学校をでたというだけだ!そこであいつらは、ナイフとフォークでテーブルマナーを学んでいたんだ!軍部は長年に渡って私の活動を妨害してきた。やつらが頭で考えることといったら、私の歩く道に邪魔ものをおくことだけだ!
もっと早く、高級士官どもを粛正しておくべきだった、あのスターリンのように!
私は士官学校などには行っていない、わたしはただ1人で、全ヨーロッパを征服してきたのだ。
裏切り者め。最初から最後まで、私は裏切られ、欺かれてきたのだ。
これは途方もない裏切りだ。ドイツ国民への裏切りだ。しかし、この裏切り者どもはみな報いを受けるだろう。やつら自身の血でつぐなうことになるのだ。やつらは自分自身の血の海で溺れることになるのだ」
「ゲルダ、落ち着いて」
ヒト「この状況をひっくり返すことは不可能だ。おしまいだ、戦争は負けた。しかし諸君、私がベルリンを捨てるだろうなどと思っているならそれはとてつもない間違いだ。そんなことをするぐらいなら、わたしは自分の頭に銃弾を打ち込む。君たちは、好きにしたまえ」
テラ「1945年、4月30日、ヒトラー、自決。海軍総司令、カール・デニッツ元帥が大統領に指名され、5月2日、3日、各軍が次々と降伏していった。5月4日、オランダ・デンマーク・ドイツの全艦艇が無条件降伏し、翌日5月5日、西部戦線、5月7日、カイテル元帥がヨードルに降伏文章調印の権限をあたえ、ヨードル大将は無条件降伏文章に調印、5月7日、ドイツの戦争は終わった」
テラ「当時のイタリア社会共和国、バドリオ政権、1945年7月15日、同盟国だった日本に宣戦布告。日本の味方はいなくなった」
テラ「そして、1945年8月6日午前8時15分、1945年8月9日午前11時02分」
テラ「1945年8月15日玉音放送、9月2日、東京湾アメリカ海軍戦艦ミズーリにおいて、対連合国降伏文章、調印。第二次世界大戦、終結」
テラ「メーヘレンは結局、ナチスドイツに絵画を販売した罪は無罪となり、フェルメールの著名を偽造した罪で詐欺罪としては当時もっとも軽い禁固1年になった。彼が売りさばいたフェルメールの絵とされてきた絵画はX線写真で最新の鑑定が行われ、すべて贋作として証明された。メーヘレンは売国奴から一転して、ナチスドイツを、ヒトラーを騙した男として英雄と称された。しかし、すでに酒と麻薬に体を蝕まれていたメーヘレンは心臓発作で獄中で死亡した。1947年、58歳で没」
ヒトラーとメーヘレンがベンチに座っている。そこへフェルメールがやってくる。ピカソが何を言わず通りすぎる。
フェルメール「ひさしぶりだな、オランダの少年、それからオーストリーの少年。いや、もう青年かな、まさか老人とは言わないだろう」
ヒトラー「あぁ、あんたか。ハンもこっちにきたのか」
メー「アドルフ。お前、酷い死に方だったらしいじゃないか」
ヒト「なかなかね」
メー「テオのやつはしばらくこっちには来ないだろうな」
ヒト「あいつの絵はすごいのか」
メー「たぶん、そのうち、世界をあっと言わせてくれるはずさ」
ヒト「そうか」
フェ「オランダの青年、オーストリーの青年、絵はお好きかな?」
メー「嫌いだね」
ヒト「好きだ」
フェ「ならば描けばよろしい、さぁ描きたまれ、人生は短い、人生は美しい」
フェルメール、観客に向かって
「諸君、絵はお好きかね?ならば描けばよろしい、さぁかきたまえ、人生は短い、人生は美しい」
幕が下りる。