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おまじない

作者: 武城 諸行


おまじない。

それは占いの一種のようなもので信じる人もいれば、信じない人もいる。それは科学的には説明できないものだからだ。人々は科学的には説明できないものを疑い、また、憧れる。僕の周りにはそんなおまじないというものを信じない者も多いが、僕はひそかに信じている者の一人だ。それはこの世界の中には科学では説明できないようなものが一つくらいあったほうが夢があると考えるからだ。少しくらい夢を期待させるようなものがあったっていいではないか、そんな風に僕は思う。


 ある日、僕は学校に消しゴムを持ってくるのを忘れた。昨日、宿題をやっていて家の机の上に置いてきてしまったのだ。

「消しゴム、忘れちゃったんだけど…、貸してくれない?」

僕は隣の席の古川にそう声をかけた。古川は手にしていた教科書たちを急いで机の中へ押し込んだ。

「いいよ!ちょっと待ってね。」

そう言って、机の上に出していた消しゴムとは別に筆箱から新品の消しゴムを出して、僕に渡してきた。

「新品を使うのはもったいないから、その古いのを使うよ。」

僕は彼女に気を使って、机の上にあった消しゴムを指さして言った。彼女は指を差された消しゴムを手に取った。

「いいの!これは私が使うから。新しいのを使って。」

「その消しゴムに何かあるの?」

「なんもないよ!秘密!」

そう言って、古川は笑ってごまかす。

秘密ってことは何かあるんじゃん。

「何、秘密って?教えてよ!」

僕はしつこく彼女にその秘密とやらを聞いた。僕は知らないことがあるのが許せない人間だった。彼女は僕のしつこさに負けて、こう教えてくれた。

「今、女子の中で流行っているんだけど…。消しゴムのカバーの下の部分って隠れているでしょ。」

「うん。」

「そこに自分の好きな人の名前を書いて、消しゴムが全部なくなるまで自分だけで使うとその人と付き合えるんだって!だけど、使っている途中で他人に見られたらその恋は叶わなくなるらしいの。私もそれをやっているから、これは私が使う!」

笑顔で僕に説明してきたので、僕はどう反応すればいいか困ってしまった。

「そうか…。それはごめんね。でも、新品はもったいないから、ほかの人から借りるね。」

それだけを告げ、彼女に新品の消しゴムを返し、後ろの人に消しゴムを借りることにした。正直、僕はショックだった。なぜなら、僕は古川のことが好きだったからだ。僕は古川と初めてクラスが同じになったとき、彼女の顔を見て、一瞬で頭がショートした。その時は彼女に話しかけることすらできず、見ていることしかできなかった。今になってはじめと比べて落ち着いてきたものの、いまだに彼女と話をしたりすると、心臓が活発に動き始める。ようやく話すことができるようになり始めたのに…。そんな彼女に好きな子がいたのだ…。

そんな話をするところから見ると、まずその相手は僕ではない。まあ、僕は何の取り柄もない、生意気な小学生だ。かっこいいと呼べるような顔立ちもしていない。そのせいか、女子たちの恋バナで一度も僕の名前が挙がったことはなかった。彼女のことは諦めるしかなかった。心の中でそう決意してみたものの、僕は諦められなかった。そんな葛藤の中でその日の学校は終わった。


 次の日、僕は古川のことを観察するようにした。彼女が誰のことを好きなのかを探るためだ。しかし、彼女はそのような素振りを見せることはなかった。いつものように学校の授業を真面目に受け、黒板の内容をノートに写し取っていた。結局、観察すればするほど、僕は彼女のことが好きになっていった。そう、彼女のことが好きでたまらない。この前、家で見たドラマのワンシーンのように彼女のことを抱きしめたい。振り向きざまにキスをしたい。そんな妄想が頭から離れなくなっていった。それらの妄想のおかげで、僕は一日中、隣の席の古川に声をかけることができなかった。


 それから数日後の放課後、僕が本を読んでいると古川はそんな僕に声をかけてきた。

「その本って面白い?」

僕は彼女のほうを向いて、冷静さを保ちながら、答えた。

「うん、面白い。この本はとにかく感動するよ。この前、塾の授業で取り上げられた本なんだけど、いい話なんだ。魚を通して小学生が成長していく、友情物語と言ったところかな。って、女子にはわかるかな?」

余計なことを加えてしまった。ただ、面白いかって聞かれただけなのに…。しかし、彼女はそんなことを気にせずに

「ふーん、原田が好きな本を説明しているときって、本当に目が輝いているよね。それ今度私に貸してくれない?」

と微笑みながら言ってきた。その笑顔に僕は勝てなかった。思わずドキッとして声が出ず、時が止まったかのように感じられた。

「ねー。いい?」

彼女が畳み掛けてくる。

「もっ、もちろん。いつまででもいいから、読み終わったら返して。」

焦った僕は何も考えることができず、手にしていた本を彼女に渡す。

「今じゃなくていいよ。まだ読み終わっていないでしょ。」

「いや、貸すの忘れちゃうかもしれないし。僕はいつでも読めるから。」

「そう?」

しばらく、彼女は考えているようなポーズをとった後で、

「じゃあ、ありがとう。早く読んで返すね。」

と言って僕の本を受け取った。そして、ランドセルの中へ本をしまい、

「じゃあね。本、ありがとう。」

と言って、帰ってしまった。教室を見渡すと、誰もいなくなっていた。もうみんなとっくに家に帰ってしまったようだ。

「はあ。」

僕はため息をついていた。また、古川とうまく話すことができなかった。

どうにかならないかなあ。

そんなことを思って、机の上の教科書をランドセルにしまっていると隣の机の上に消しゴムが置かれているのが目に入った。古川のおまじないの消しゴムだ。彼女がきっと置き忘れてしまったのだろう。その消しゴムに彼女の好きな人の名前が書いてあると思うとドキドキした。僕は泥棒のように教室の中を見回した。教室には誰もいない。窓から校庭を見た。下級生たちが鬼ごっこをしているようで笑いながら、縦横無尽に走り回っている。教室を出て廊下を確認すると誰もいなかった。隣の教室などからも物音ひとつしない。僕は心の中で消しゴムの中身を見るべきか見るべきでないかと問い続けていた。誰もいないので、おそらくバレないのは確実だ。これは僕の良心の問題だ。古川はどんな人が好きなんだろうか?このクラスの人なのだろうか?いや、見てはいけない!おまじないが本当だとすると僕は彼女の恋を壊してしまうことになる。好きな人を不幸にさせるなんて僕にはできない!いや、しょせんおまじないじゃないか…?

 気がつくと僕は消しゴムのカバーを外していた。目のピントを消しゴムに合わせる。胸の鼓動が壊れるのではないかというほど大きく鳴っている。

「原田和樹」

文字が目に入ってくる。目に入ってきたシルエットが脳内で文字に変換され、その意味を理解する。その時間でさえも僕には長い時間だった。

ぼっ僕の名前…?僕の名前じゃないか!なんで、なんで僕なんだ!他人の僕が見ちゃったからこの恋は叶わないじゃないか!

僕はうれしさと驚きとそんな感情が混ざり合ったようなものを感じていた。震える手で慌てて、消しゴムのカバーをはめようとした。手が震えなかなかはまらず、力ずくでケースを消しゴムにはめた。それをもとあった場所に置き、逃げるようにして家へ帰った。何から逃げているのか、自分にも理解できなかった。ただ、少しでもこの消しゴムから離れた所へ行きたかった。


 家に着いて僕は自分の部屋に閉じこもり、古川の消しゴムのことについて頭の中で整理していた。明日から古川にどうやって接すればいいか、僕にはわからなかった。見てしまった以上どうしようもなかった。僕はこの時初めておまじないというものを呪った。

 その日の夜、僕は夢を見た。次の朝、古川が消しゴムを見た僕に対して怒り、口を聞いてくれなくなる、そんな夢だった。あまりの夢のリアルさに僕はそれが夢だということを忘れて、朝大泣きした。母親は僕の身に何が起こったのか分からないようで、心配しながら僕を学校へと送り出した。学校へ向かう足取りが重かった。罪悪感を背負いながら事件現場へと向かわなければならない運命を僕は呪った。


学校に着くと、昨日僕が貸した本を手にしながら、古川が近づいてきた。

「昨日貸してくれた本読んだよ!最後の部分、感動した。こんな友達がいたらいいのにとか思っちゃったよ!」

そう言って、笑顔で僕に本を渡す。どうやら昨日のことに気づいていないようだ。しかし、僕は昨日のことを思うと、してはいけないことをしてしまったように思えて後ろめたく、彼女と目をあわせることができなかった。

「そうだよねー」

と言って本を受け取りランドセルの中にしまった。やっぱり謝るべきなのだろうか?でも、謝ったら僕がやってしまったことを話さなくてはいけなくなる。古川も傷つくだろうな。でも、悪いことは悪いことだし…。そんなことを考えていたら一日の授業が終わっていた。今日の授業は何一つ頭に入ってこなかった。


その日の夜も同じ夢を見た。目が覚めたとき、母のいつも言ってる言葉がよぎった。

「あのね、先に謝っちゃった方が有利なんだよ。あとで謝っても、もう遅いときもあるんだからね。そのとき嫌だったとしても後で後悔するよりましでしょ。」

やっぱり謝ろう。僕はベッドの中でそう決心した。このまま毎日こんな夢を見たくなかったからだ。


次の日、授業中に古川に見えるようにノートの切れはしに放課後会えるか聞いた。

「大丈夫だよ。何か用?」

と古川も渡したノートの切れ端に書いてきた。僕は心を落ち着かせて気持ちを奮い立たせて、

「ちょっと話がね」

と書いた紙を渡した。

放課後、僕たちは図書館で話すことになった。僕は勇気を振り絞りながら、彼女に話し出した。

「あの…。あのね…。」

「何?」

「一つ言わなくちゃいけないことがあるんだ。」

「なにを?」

「あのーそのー…。」

ダメだ!言えない!謝ると決めたのに!

とりあえず一旦深呼吸をした。

「あのね!…。ごっ、ごめんなさい。」

「何が?」

古川は突然で驚いたような表情をした。

「じっ実は…僕…そのー古川の消しゴムをそのー…見ちゃったんだ!ほんとにごめん。」

古川の顔が一瞬で赤くなっていく。

「そっその事かーそれなら私、知っているよ」

小さな声で恥ずかしそうに言った。

「あのとき途中で消しゴム忘れたの気がついて、学校に戻ったもん。」

僕は冷汗が止まらなかった。見られていたのか!

「ほんとにごめん。もう古川に近づいたり話しかけたりしないから許して。」

「私の方こそごめんなさい。消しゴムの話がなければこんなことにならずに済んだのに…。でもね、所詮おまじないだよ!そんな本気にならなくても…見られているときは恥ずかしかったけど、少し嬉しかったよ。だってなにも言わないでも気持ちを伝えられたから。ちょっとズルいけどね。」

照れながら古川はそう言った。

「だから、そんなことで嫌いになったりしないよ。むしろそれで原田と話さなくなるほうが私は嫌かな。」

彼女のほうを向くといつもの笑顔に戻っていた。僕は安心した。というよりは素直に嬉しかった。

「じゃ、じゃあ、僕たち付き合ったりとかは…だっ、ダメかな?僕もそのー…。」

「もちろんいいよ。っていうより私の方からお願いします。」

そんなこんなで僕と古川は付き合いはじめた。中学生になって学校がバラバラになってしまったが、未だに付き合っている。


僕はおまじないが嫌いじゃない。どちらかと言うと好きな方だ。だってその方が楽しいから…。


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