幼馴染がいる人がしょんぼりしています
転校生に微妙なエロ認定されたかもしれない僕は、取り立てて彼女と親しくなる機会もなく、そもそもアクションを何ら起こしてないから当たり前だが、変わり映えのない日を送っていた。
まだ太陽が大いに張り切っているある日、図書館友達である先輩の中学生、秋久さんとしばらくぶりに再会。珍しく咲乃さんがいないので男子二人で久闊を叙することになった。図書館前のドリンクベンダーに設置してあるベンチだ。男子二人なんてそんなもんだ。
「しばらく図書館にお見えにならなかったですね」
「あー、うん」
なんとも気のない返事で、僕は悟る。これは咲乃さんがらみだわ。
「今日、咲乃さんはどうしたんですか?」
「なんでも用事があるからとか。てか雪也くん、おれは咲乃のことを全部把握してるわけじゃないよ」
「…でも、だいたい把握してますよね?」
「…まあ、だいたい…」
「咲乃さんは秋久さんのこと、ほとんど把握してる感じですかね? やっぱり」
「……そんなことはないと思うが…」
「だいたい把握?」
「…まあ、だいたい…」
小学生相手にすねんなよ、中学生。しかし、かわいい幼馴染が自分を好いてくれているのに、この人は何が不満なのだろうか?
「…あのな雪也くん、おれはそもそも幼馴染至上主義なわけよ」
「はあ、至上主義…?」
「いまの世の中、少子化だの晩婚化だの言われてるだろ? その問題の大半はみんなに幼馴染がいることで解決する!」
「…解決しますか?」
「するんだよ!」と食い気味にかぶせる秋久さん。
「おれが14年間生きてきて書物やら映像やら見て得た感想だがよ、社会人の恋愛とか打算なわけよ」
おー、14歳の主張。こんなに穏やかな人でも、やはり中学2年生というのは独特の感性を持つものらしい。
「あらゆる人間関係は根底に打算があると言えませんか? 幼馴染でも、もっと言えば血縁でも」
「おまえ、ホントに小学生かよ。そりゃラジカルに過ぎるよ。おれが言いたいのは、こと男女の仲なわけ。身の丈に合った同年代の異性の幼馴染がいて、なし崩し的にくっつく。みんなに幼馴染がいれば、あぶれる男も女もいないって寸法よ」
では、幼馴染のいない僕はどうすればいいんでしょうかね? そりゃ秋久さんには極上の幼馴染がいますもんねえ。僕はジト目を向けるしかない。
「言っとくが、咲乃はだめだぞ。だめって何一つだめじゃないが、何もだめじゃないからおれの幼馴染としては全然だめだ」
「わけが分かりません」
「あいつ、かわいいだろ。そのうえ性格も優しくて、よく気が利いて、こっちのことを立てやがる。かといって陰にこもることもなく、実のところおれ以外の相手には如才なく社交性を発揮する」
「完璧じゃないですか」
僕はあきれて返答する。しかし、そう言ったものの、そんなに完璧なんだろうか? 僕の知る咲乃さんは秋久さんに固執して、粘着質で周りがあまり見えてないところもある。でも、秋久さんはきっぱりと言った。
「そう、完璧」
「のろけてんじゃないですか」
「違う。咲乃は完璧。おれはポンコツ。容姿は平凡だし、気が利かないし、内向的だ」
そうだろうか? いや、自身のことを低めに見積もって言えばそうかもしれないが、この人は優しくて穏やかでいい人だと思う。そんなこと言うと別の扉が開きそうなので言わないが。
「著しい不均衡はお互いに不幸だ。おれはいつか彼女がおれのもとを去るであろうその時を、戦々恐々として待たねばならん」
「…それって矛盾してません? 国民皆幼馴染が少子化、晩婚化を解消する切り札じゃなかったんですか?」
だいたい咲乃さんが秋久さんから去るとか、ないよ。ない。想像すらつかない。
「身の丈に合った、って言っただろ。おれと咲乃じゃ、アリとタネ・マフタぐらい差があるんだよ。咲乃はどこかのテ・マツア・ナヘレとくっつけばいいんだよ」
「タネ・マフタ?……ああ、巨木と共存する昆虫なんて珍しくないじゃないですか」
「おまえ、なんでも知ってんなあ。でも一夫一妻の関係を結ぶのはふさわしくないわけよ。問題を少子化、晩婚化だとするとな、地方都市のやんちゃなみなさんいるだろ?」
「いますねえ」
「早婚だろ? 子どもも多いだろ?」
「そうですねえ」
「若いうちに知り合ったり、幼馴染っぽい相手と結婚してるだろ? どこかのナイトがやんちゃな女性をさらいに来たり、プリンセスがやんちゃな男性のもとに飛び込んで来たりしないだろ?」
「身分差恋愛はフィクションのたまものですね。そんな事例は異世界転生より少しましなぐらいの確率でしょうね」
「おまえでも異世界転生とかあこがれんのな。安心したわ」
「でも目の前に特例があるんですよねえ。異世界転生級の」
幼馴染至上主義者が自分の幼馴染を否定するなんて、ひどい自家撞着じゃなかろうか?
「……身の丈に合わない幼馴染が自分のもとを去るとする。でも、異性へのハードルはいろいろ下がってるのよ。おれなんか咲乃を始終見てるから、人気のアイドルでも、あーかわいいな、うん、ぐらいのもんよ。握手会でも目を見て話せるね。ならまあ、新たな恋を探せるってもんだ。それも幼馴染がいてこそ!」
「…それ、異性と対話するハードルは下がっても、異性に対する理想のハードルはとてつもなく上がってません?」
「はう!」
秋久さんは胸を押さえた。図星を突いたか。
「くぅ、わが幼馴染至上主義、敗れたり。まさか小学生に論破されるとは…。つまり、おれは咲乃に去られると高めの女子を追って得られず、独りで生きていかなきゃならんのか…」
「得られるかもしれませんよ」
「自分のスペックには自覚がある」
「そもそも去る前提が崩れるかもしれない。巨木は自分で動きません」
「おまえ、頭良すぎだろ…。でもなー、咲乃にはこう、もっとふさわしい人がいるんじゃないかと思うわけよ」
「…向こうが秋久さんがいいって言うなら、それでいいじゃないですか…。ちょっと疑問なんですが、咲乃さんはどうしてあんなに秋久LOVEなんですか?」
「LOVEとか言うなや。幼馴染だからだろ?」
「それって答えになってます? 幼馴染でも冷めた関係やら、だからこそ憎み合う関係だってあるでしょ?」
「………分からん。あいつ、なんでおれに構うんだっけ?」
「だから、それを尋ねています」
「あー、子どもの頃って、まあいまも子どもの範疇だろうけど、ともかく小学校に入ったか低学年だかそれぐらいの咲乃はいまほど目立つ感じじゃなくて。自信なさげで、さみしそうだったから、家が近所のよしみでなにかれとなくおれが構ったんだった」
「なにもかも自己責任じゃないですか」
「でも、そんな今みたいになるようなことをした覚え、一切ないけどなあ」
「…僕も乗りかかった船ですし、一回聞いてみたいですね、咲乃さんに」
「何を?」
「咲乃さんが秋久さんを好きな理由」
「はう!」
秋久さんは再び胸を押さえた。
「端的に述べんなや。何かが刺さる、心に。グサッと」
「それって事実を述べてるからですか?」
「うっ!」
秋久さんはベンチで肩を落としてうなだれた。