転校生が来たのでどきどきしています
朝礼前の教室がざわついている。
登校はぎりぎりだ。僕は朝弱いのだ。
夜は読書にいそしむし、幼馴染が起こしに来てくれないしな!
「よー、佐藤。なんか転校生が来るらしいぜ」
教室の入り口で事情通の渡辺くんが声をかけてくる。
転校生? 2学期が始まって2週間ほどたったこの時期に?
中途半端な時期だが、まあいいや。なんか事情があるんだろう。
担任の瀬戸浦先生(36歳、独身男性)が女の子を連れて入ってきた。
お、結構かわいいんじゃないか?
おどおどしてるけど、目ぱっちり、鼻ちっちゃめ、口ちっちゃめ、髪は肩までのセミロング。
少したれ目で、あれだな、なごみ系。
誰もが振り返る美少女ってわけじゃないが、かわいい。僕としては文句なしだ。
「須崎晴美です。○○小学校から来ました。よろしくお願いします」
ハイ拍手…とお調子者の吉良本が言って、とりあえず歓迎の拍手。
転校生は顔を真っ赤に染めた。
なんの拍手か意味不明だな。あ、歓迎のか。
斜に構えても仕方ないので、精いっぱい拍手しておく。
斜に構えてるやつ、いるねー。椅子に斜めに座って拍手せず、けっとばかりの表情。お前だよ、斉条。何に反抗したいんだ?
ともかく、こうして転校生の須崎さんは僕のクラスメイトになった。
そして、その初日。
「佐藤、あんたクラス委員なんだから、須崎さんに校内の案内しなさいよね」
昼休みに女子のクラス委員が僕に仕事を振ってくる。
そう、僕はクラス委員なのだ。
「本ばかり読んでる賢い佐藤くんがいいと思います」とか例のお調子者の吉良本の野郎に言われて。
僕は本ばかり読んでいるが成績が一番ってわけじゃないぞ。
しかし、反論する間もなく賛成コールが起こり、押しつけられた。
なんだよ「佐藤くんがいいと思う人、はいはいはい、賛成多数、ハイ決定」って。いいけどさ。
給食を一応様子見しているふうの女子のみなさんと食べた須崎さんは、僕のところに来て「よろしくお願いします」と頭を下げた。
普通、こういうの同性がやるんじゃないの?
そう思ったが、ちょっとかわいい須崎さんを女子のみなさん警戒してるみたいだ。
裏表なさそうな子だけどねえ。
「じゃあ、特別教室とか案内するね」
「うん」
須崎さんにっこり。これは役得かもしれない。誰かほかにこの役割を果たそうという人もいないみたいだ。親切にしなければ。
「ここが理科室、あそこが家庭科室、ほんで…」と案内する。
須崎さんは静かにうなずく。おとなしい。やっぱかわいいなー。
案内の終り頃に一応、世間話も入れていく。
「どこ住んでるの?」とか。
地雷を踏んでもなんなので、転校の理由とか踏み込んだ話はしない。
住んでるところはまあ、うちの長屋みたいなアパートよりランクが落ちるところはそんなにないからな。うちを比較対象にすれば地雷にはならんだろ。
「△△3丁目のガーデンハイツってわかる?」
おー、わかる。わりと新しくて高級なところだが、うちのアパートから幹線道路をへだててそんなにかからない。
ご近所さん認定してもいい距離だ。
あの地域は、そこそこの高級住宅と長屋アパートが道をへだてて隣接している。
「僕んちと近いよ。4丁目なんだ」
4丁目はごちゃごちゃして町工場やら古い民家やらアパートやらが多くて品のいい地域ではないが、引っ越してきたばかりの須崎さんなら知らんだろ。住む地域で顔をしかめる子には見えないし。そんなふうにわりと後ろ向きな思考をしていたら、須崎さんの表情がパッと明るくなかった。
「そうなんだ。仲良くしてね!」
仲良くしてね…してね…してね…笑顔で須崎さんが放ったセリフが僕の頭の中でリフレインした。
うわ!かわいい!
この子めっちゃいい子なんじゃないの!
仲良くする!する!
心底そう思ったが、そこはそれ、小学生といえどこれが社交辞令なのはわかる。
「う、うん…、よろしくね」
でもやっぱり、彼女のかわいさに少々挙動不審になる。それでも、かろうじて反応できた。
須崎さんはパチパチとまばたきして、首をかしげてまた微笑んだ。
ヤバい。なにそれ。脈が速くなる。顔に血が集まってるのがわかる。
ちょっと社交辞令をもらったぐらいでこんな反応してたら不審者だよ!
「須崎さーん」
もう案内は終わろうしているところだったので女子クラス委員が教室から顔を出して須崎さんを呼ぶ。
ナイスタイミング!
「へんなこと言われなかった?」
おい、僕をなんだと思ってるんだよ! あ、でも最後の反応はヤバいかな?
「親切に教えてもらったよ。佐藤くん、優しいね」
須崎さんは天使かもしれない。僕はうつむいてその声を聴きながら思った。
「そう? あいつ休み時間にいやらしい本ばっかり見てるのよ」
こらー! カバーかけてるけど少ない小遣いをやりくりして買ったラノベだよ!
いや、時々4年生にはどうかっていう描写もあるけど、学校に持ってきてるのは全年齢対象だよ!
僕の心の叫びは当然届くことなく、須崎さんは「そうなんだ…」と言って、あいまいに微笑んだ。
弁解はしない。というかできない。だいたい全年齢対象でも表紙がちょっとエロいんだよなー。