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しをふたりでわかつまで  作者: 石清水 蝉
3/3

闘争出来ぬものに残るは逃走のみ

「今こそ!!いと猛き神の御使いへ許しを請い!!」


とすっとすっ


天高く掲げられていた両腕が地へと落とされる。しかし天を見続けているかの男はその事に気づかない。


「それをもってして憂いし我らが神の御心を少しでも晴らすべく・・あ・・・?」


勢いよく両腕を振り下ろしたつもりだったのだろう。今まで天を仰いでいた顔は空を切るかの様にこちらを向いたが、どうにも腕の方はうまくいかない。何か腕にに不審がある。その感覚のおかしさに瞬時に表情を興奮したものから怪訝なものへと変え、視線を己の腕へと向ける。


何もない。腕が在った処には何もない。そのまま男は視線を下の方へ向ける。それにつられて俺も男に集中しきっていた視線を己の前の方へと合わせる。腕が2個落ちている。そして俺より前の方にいた人たちのうち2名程が大きな2個の肉の塊に解体されて落ちている。


「へあ?・・・・・あ、ああ・・・・・・あああああああ!??あぎゃああああああ!!!!!」

獣のような絶叫が聖なる教会に響き渡る。

俺はもはや声も出せない。ただ後悔ばかりが胸を襲ってやまない。


畜生、畜生何で大声を出させてしまったんだ!!


ここに着いた当初は皆見つからないように声を潜めていたじゃないか!!!それなのになんで導師が大声で演説を始めたのを聞き入ってしまったのか。何故殴ってでも愚行を止めなかったのか。


いや理由はわかっている。そんなことはあり得ないと知りながらも捨てられなかった「もしかして」という淡すぎる希望のせいだ。

普段であれば耳に入れすらしない馬鹿馬鹿しい非現実的な演説。しかし、今日目の前に普段ならば馬鹿馬鹿しい妄想と一蹴されるような非現実が実現してしまった。混乱し、打開策どころか次の行動すらも考えがつかない地に落ちた思考の中、そこに少しながらも符合するもののある教義が忍び込んでくる。

日常のなかでは芽吹くことのなかった非現実は赤鹿という非現実の中で芽吹いてしまった。


芽吹いたのならば花というものは人を惹きつけるものなのだ。明日どころか今ですら知れぬ身である俺たちには少しの「もしかしたら」も捨てることができない。


「もしかしたら」導師の言う通りなのかもしれない。


「もしかしたら」導師の演説の中に自分だけでも助かることができる何かが有るかもしれない


という薄すぎる程に淡い期待に、しかしそれしか縋るものがない俺たちは縋ってしまったのだ。藁は藁でしかないのに、縋ったからには縋り先を少なからず肯定的に見てしまう思考により演説を妨げるのは憚られ、誰にも止められることのなかったその演説はボルテージを下げるきっかけを見つけられず上げられ続け、結果赤鹿を此方へと引き寄せてしまった。


此方側にその無慈悲なる黒角を振るったという事は港の方はもう蹂躙され尽くしてしまったのだろうか。


混乱した思考の中に一瞬の悲哀が駆け巡る。行く予定だった港近くの魚料理のお店、特に刺身が上手かった腕の良い店主と給仕の娘さん。そこまで頻繁に通っていたわけではないので友人とは呼べないものの、行けば勿論笑顔で迎えてくれたそのお店の人々。漁師のおじさんたち。本日まで生きていたその人たちは恐らくそのほとんどが殺されてしまったのだろう。自分が助けにどころか知らせにもいかなかったから。自分が行かなくても自分よりも前に港側へ逃げていた人はたくさんいるだろうから自分一人の行く行かないは別段現状に意味はなさなかったかも知れない。それでも心に一握りの罪悪感と悲しみが到来する。

しかし、その罪悪感も悲しみも心を占めたのは数瞬の事だった。建物も人も突き破った黒角が、見る間に引き抜かれたからだ。


「・・・・・っ!」


俺は瞬時に前へと駆け出した。バリケードは俺たちが入ってきた扉にのみ築かれた。という事は恐らくこの建物には後ろの方には出入口はないのだ。すなわち、たった今黒角によって破壊された正面入り口しか。角の突き立てられたところへ走りゆくのを尋常でなく恐ろしい。恐ろしいが、それが出来なければ恐らく俺に残された未来は「建物の中で己が破壊して開けた穴から入ってきた赤鹿に、惨殺される」か「赤鹿の破壊行動により倒壊した建物の下敷きとなり圧死する」の2択しかないだろう。

どちらもごめんだ。

俺の意図を察した者たちが俺を追って穴へと走り出す。先ほど見た動きから恐らくは同じ箇所への連続攻撃をする可能性は割合低いとはいえかなり恐ろしい行為を今己はしていると思う・・。

バリケードの上で行われていた大演説を聞いていたため出入口からさほどの距離はないとはいえ、その外に出るまでの数瞬が、一秒が、一歩が、とても長く、・・・・・・・よし!出れた!!


出ると同時にダッシュでその場から離れる。黒角による攻撃が来た直線上、その根元に本体はいるのだから当然そちらとは違う方向の、街の北門を目指してわき目もふらずに走り出す。


そう、街を出るのだ。


もうどうみてもこの街は駄目だろう。そして家に戻って荷物をまとめる余裕も勿論ない。ただひたすらに化け物から逃げるために俺は街の北門へと向かい、走り始めた。




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