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しをふたりでわかつまで  作者: 石清水 蝉
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晴れの日 褻の日

何が起こったのか。ただ普通にいつもの街を闊歩し、常の賑わいを冷やかし、ちょっとだけいつもとは違うご褒美にありつこうと浮足を立てただけなのに。


赤鹿がその首を振りかぶった瞬間、いくつもの鞠のような何かが宙を舞った。そのほとんどは門に当たりそのまま付近の草原に落ちたが、いくつかは門を超えて街中へと転がってくる。そのうちの一つが勢いを落としつつも門から俺の2m程先のところまでという結構長めの距離を転がって転がって、そのままゆっくりところりと停止する。いっそ自若としているかのように一切の焦りのない様子さえ見せる鞠は、一つか二つかほど瞬きをし、ゆっくりとその目線を上に持っていかせ・・俺と目が合った。


ああ、嫌だ。なんて嫌なことだろう目が合ってしまった。これは鞠じゃない。



人の頭部だ。



瞬間、周囲を悲鳴と怒号が劈く。俺の口からも勝手に今までに経験のない悲鳴が出ていた。常の喧騒など話にならないほどのその叫喚の津波は周囲へと伝搬し、あたり一帯を包んでいった。その轟音に刺激されるかのようにその場にまだ留まってはいた赤鹿が、大きく興奮するかのように前足を掲げ、首を振りめかしつつ門から街中へと侵入を果たした・・・・・門を守れる門兵はもういない。首をどこかへ置いてきて、体のみが忠実にに門前にあるのみだ。あるだけで守ることはもはや不可能であるが。


赤鹿は一足飛びで街中へ入ってきた。そこの場には、俺を含め町人はもうとっくに逃げ出していたため周囲には人はいなかったのだが・・


街中にへと到達した赤鹿は、前足を掲げる様に首を、上体を後ろへキリキリとそらしていくと・・・そのまま一気に頭を振り下ろした。


瞬間。俺から3mほど左に、長く黒い何かが上から地面へと振り下ろされ、そこにいたやつらの体がいくつもの塊に切り分けられる。


「うわ・・あ・あ、・・っあああああああ!!!」


眼前に繰り広げられた惨劇に、またも口からは勝手に悲鳴が上がり混乱した頭はそんな場合ではないと考えているのに足を止め、その黒いものが何なのかを確かめるかのように視線を送ってしまう。角だ。あの異形の黒い角がまるで一対のとてつもなく長い剣か何かのように伸ばされ、振り下ろしの動作とともに俺たちの上に叩きつけられていたのだ


「・・・・・・・っ!!」


何とか混乱する体を叱咤して、赤鹿が俺がいるのとは今度は反対側へとその身を翻して対峙した隙に距離をとろうと走り出・・・!!


瞬間、嫌な予感のままに即座に体を赤鹿との直線位置から横へとずらし、可能な限り地へと倒す。

赤鹿は新たな目標へとまたその脅威を叩きつけるために異形の黒角を天高く雄々しく伸ばしていた。そしてその黒角の重量を支えられているとは信じられない程しなやかなその上体をまたも先ほどと同じようにそらし、


ドス ドス ドス


俺たちのいる方向へ上体ごと反らした黒角が、早くこの惨劇から逃れようと立ち上がって走り出した人々の頭部へと突き刺さる。


ああああ頭が割れている体が痙攣している手がぴくぴくと動いて目玉が血がくちがのうみそが


そのまま赤鹿が体を起こす動作のままに痙攣したまま突き刺さった肢体がゆっくりと釣り上げられ・・・


バネの様に猛スピードで振りかぶられた角の勢いのままに突き刺さっていた気味の悪いオーナメントも周辺へ肉片としてふりまけられる。赤い液体とともに建物の壁や柱、露天などにへばりつくそれは、まるで今日という晴れの日を彩る舞台の飾りの様に見られた。


怪物が出現したという「()」から逸脱した今日という舞台を。


赤鹿がまたこちらへと向き直る前に今度こそ体起こして何も考えずに走り出す。何も考えずには正しくない。悲鳴と「頭」という言葉で飽和してしまった思考のままに、ただ死にたくないという本能のままに走り出した。ただひたすらに。


走って走って距離が出来たおかげで何とか思考が戻ってくる。

恐らく、あの最初に見せた膂力から考えるにこちらへと走ってこられたら一瞬で追いつかれていただろうが赤鹿は角を振り下ろした後は向きを変えることなくそのまま攻撃をなした惨状の方向へと駆け出していったようだ。あちらは先ほどまで魚を食べに行こうとしていた飯屋も含めて港がある方向で今回は話題になるほどの豊漁であったために人が多くいるはずだ。恐らく、赤鹿はそのことに気づいているのかもしれない。


走り過ぎて心臓が痛い。何とか少しでも体力を回復しようと立ち止まって息を整える。

死ぬ。きっと大勢の人が死んでしまう。人の頭蓋だってさして抵抗を感じていないかのように割ってしまっていたのだ。あの黒角の前に抵抗できるような人がいるとは思えない。熊や猪なんかとはわけが違うのだ。このままではまた大殺戮が行われてしまうだろう。いや、今もうすでに行われている最中なのかもしれない。こういう時、英雄といわれるような人間ならば迷わずに引き返すのだろう。惨劇を防ぐために。家族でも友人でもないような他人の事を心から助けようと思えるような英雄が。決して此方に来ないでくれてよかった、港に人が集まっててくれて助かった等というクズのような感想が浮かぶ下衆ではなく。

無理なんだ。俺は普通に普通の人物なのだ。盗賊を壊滅させたようなこともなく、雷に打たれて魔法が使えるようになったこともない。大岩を触らずに浮かすどころか触っても動かすことができない、そんな普通に普通の人間なのだ。今日まで普通に生きてきたのだ。いきなり非日常に立たされたからといって超人の様にふるまえるわけなんてない。


赤鹿が此方へと来なかった幸運に感謝しながら俺は必死に安全なところへ身を隠そうと、また再び走り出した。


兎に角人が逃げるのにならい一緒になって走っていた。安全な場所なんてこんな混乱状態で思いつくはずもない。皆が逃げる方向に逃げ、人の波にもまれるがままに走っているだけだ。そうして走っていたら、何やら大きい建物の中に入ったようだ。それなりの人数で走っていた集団が止まることなく入れたということは間口がそれなりに大きい建物らしい。ウェルカム状態?門戸が開放された状態で且つ人が集まれるレベルの大広間を持つこの建物は・・ああ、希赦会の教会か。いつもは整然と並べられているのだろう長椅子は押し寄せてきた人波により奥の方へと乱雑に押しやられ、いくつも倒されているような有様だ。ステンドグラスからの差し込む光と少々暗めの室内との演出が相まって、普段ならば神秘的に見えるだろう教会内は今ではその悲惨な現状ゆえかとても陰鬱とした雰囲気に見える。

俺の後ろでは、最後に入ってきたのであろう男達が必死に周囲の長椅子を使って扉の前にバリケードを築いている。こんな事をしたところで恐らく意味はないだろうけどやらずにはいられないのだろう。


状況は全く改善してないにしても、建物という囲われた空間に入ったことで少し心が軽くなる。少しだけだが。


「あれは・・一体何なんだよ・・?」


誰かが叫ぶでもなくぽつりとつぶやく。絞りだすでもなく半ば呆然と口から漏れ出たその言葉はこの場にいる全員の心境を表していた。しかし、全員が同じ心境でいるのだから当然その問いに正確に答えられるものはいない。


「黒い・・黒い棒が・・振り下ろされてきたんだ・・そうしたら人が細切れになってて・・」


「すげえ悲鳴と逃げてくる人が見えたと思ったら片腕がよう・・こっち飛んできて・・周り見たら他にも・・色々散乱してやがって」


「お前はみてねえのか・・鹿だよ。普通の鹿と違って赤くて・・。でも何てぇことはねえただの鹿だと思っていたらいきなり・・角が伸びて人をバラバラにし始めて・・。」


周囲の人がぼそぼそと話し始める。恐慌状態にもかかわらず大声で怒鳴りあわないのはあまりにも見た光景がショックだったのかそれとも騒いであいつに見つかるのを無意識ながらにもみな避けようとしているのか。

惨劇を目撃せずに周りの異様な雰囲気と全員が逃げているのに合わせてただ逃げ出した人たちも、その異常な程鬱蒼とした空気と彼らの口からもたらされる惨劇の事実にただただ顔を青ざめさせて黙り込んでいた。そんな全員が全員ただただ下を向いて絶望と恐怖に打ちひしがれていると


「あれこそが神の怒りの顕現よ」


恐怖と困惑で淀んでいた空気を切り裂くかのように自信と確信に満ちた声が教会内に木霊する。


「あれは・・・」


確か約一刻ほど前の金面魚めがけて一心に早歩きをしていた際に街で布教をしていた希赦会の導師だ。なんでこんなところにと一瞬思いかけたがここは教会なのだからここにいるのは自然なのか。


恐らく、俺が通り過ぎた時と同じところで布教をし続けている際に攻撃の為に天高く伸ばされた黒角を、その攻撃を目撃していたのだろう。遠くから見れば2本の黒き剣のようなものが振り下ろされる光景はまあ確かに見ようによっては神の御業に見れたかもしれない。近くで見たらそんな感想抱いていられようなる余裕は持ちようがないのだが。


「常とは違う体毛持ち、また神が如きその荒々しい御業をもってして人々への断罪をなさるあのお姿。これぞ正しく神の使いである!神を裏切りし我らが愚かなる祖先への怒りと、そして贖罪を未だ完遂しえない我らへの神罰が為に神により地上へと使わされたのだ!!」


通常ならば身近な生活や仕事の方が忙しく、耳を傾けることがないものの方が大半なような説教であってもこのような異常事態ではみなやはりいつも通りの精神というのは無理だ。実際何人もの人がすがるような眼で導師を見ている。


「じゃあ・・神罰だとして・・どうすりゃあその神罰から逃れることができるんだ・・ですか?」



おっさんがなんとか途中から敬語をひねり出し、下手に出ながら問いかける。わらにも縋るというものだ。しかし、確かに予想だにしていなかったような異形が現れ、人々を蹂躙している今、伝説は、その教義は真実のように思われ、縋りついている藁もまた強固な藁の様に思えてくるのだ。


しかし、例え強固であっても所詮藁は藁であったのだが。



「神へ祈りを、供物をささげよ!!己の財を、魂を真に捧げることで神からまた再びの寵愛を受けることが可能となるのだ!!」


こんな状況でも財を捧げろとか凄いなあんた。いや、もしかして不純な動機なしに本当にそう思ってるのかもしれないな。現状手持ちの財を、装飾品とか現金とかを神にささげる・・教会が袖の下に入れるとかでないのなら火にくべる?かなんかをして手放して見せれば神はその贖罪しようという誠実さを受け入れ、導師のいうところの神使こと赤鹿に襲われることもないと思っているのかもしれない。


常日頃の勧誘時からそう思っていたのか?金も袖の下ではなく本当に浄財として集めていたのだろうか。それとも・・声も凛とし誰よりも朗々と明快な態度をしてる裏で、もしかしたら誰よりも精神を壊し、必死に己の宗教に頼ろうとしているのかもしれない。


「魂を捧げろって俺たちに死ねってえいうのかい!!やつに殺されるよりはマシだろうって!!?それとも死後に救われるから安心して自殺しろとでもいうのかい!!」


問いかけた男が憤慨して声を荒げる。


「ふん。そういう意味ではないわ愚か者め。魂を捧げろとは人生を、思いを捧げろという事。今後人生のすべてを神への贖罪の為に生き、その思考の全てを神への祈りに捧げ続け、また不必要な財を供物としいればまた再び神からの寵愛を頂くことも可能となるだろう・・。」


と少々冷ややかな空気をまといつつ告げられた返答にしかしさすがにきつい内容に2の足を踏むのか男はもごもごという感じ口を動かし言いよどむ。


「なん・・いやしかし人生や財を全て捧げろとかそれはさすがに・・」

人生を捧げ続ける等という気の長い話しは今すぐにできるようなものではないので現状では取り合えず手持ちを捧げて今後一切を神に準ずることを誓えという事なのだろう。常であればこのような口約束その場では適当に誓いを宣言して後で逃げればいいかもしれない。が、今回誓うのは神だ。しかも誓ったのちに本当に彼のいうところの神罰を回避できたのならば彼の説教は本物だという事になり、導師の告げた贖罪方法に助かったのちも今後従事していかなくてはならないという事になる。そのため少しでも条件を軽くしたいという思いが働いてしまうのだろう。


「出来ぬというのか!!!lこの期に及んでも出来ぬとほざくのか!見るがいい!!」


そのような日和見を見せた男に対し案の定怒りを覚えた導師はそう絶叫すると、扉の前に積み上げられた長椅子のバリケードを登っていき俺たちを見下ろす形をとる。続いて演劇の様に大げさに両腕を俺らに向けて振り上げ興奮のままのその憤懣をぶちまけてくる。


「貴様らのその怠惰で自己中心的な態度が!!!我らの教義を軽んじて、人類の愚かなる先祖たちが起こした愚かすぎる神への裏切りという原罪に対する贖罪よりも己の生活や娯楽を選択してきた毎日が!!この惨状を呼び起こしたのだ!!!一切の贖罪をせず、またそのことに対しても何も感じずに過ごしてきたその愚かさが神の怒りを頂点へと達せさせてしまったのだ!!!」


どこか中空を見据え、囂々と語っていた導師は、その血走った眼をぎょろりとこちらへと向け、


「助かりたくば神の寵愛を取り戻したくば我とともに祈りを捧げよ!!一心に祈り、身につけし財を神への供物として火に投げ入れるのだ!!!」


一旦言葉を止め俺たちの顔を見回し、両手を頭上へと掲げ、視線はまるで天にいる神を見ているかのように上空へと投げかけ、


「さあ!!!!」


と声を掲げた瞬間、その上げていた両腕のそれぞれちょうど右と左の肩口部分を、真っ黒で一対の大きな棒のようなものが,上から下へと抜けていった。



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