水を得た魚朱雀院カオル
――ッハ ――ッハ ――ッハ
二人三脚のように足並みそろえて走り去る二人の男、リズムよく屋根を飛び越えて屋根へと移り街の外へと向かう。
その背後には先ほどまで大群の最後尾に着けていたであろう大型のゾンビがもう目前と迫っている事には二人とも百も承知。
「――ヤバイ、ヤバイってヤバイなおい!」
「えぇ、ヤバイです。何がヤバイって軽く当たってますからね?」
迫る大型のゾンビが二人に噛みつこうと頭を突き出すたびに長くひきづられた髪が二人の背を撫で焦らせる。
外を見定める二人の視界には未だ見えるところでカンカンラクダを引き連れ逃げ惑う少年少女の姿。カオルは覚悟しなければいけないかともう一度自分に語り掛ける。
「――吾輩は最強。そうだろう?」
朱雀院カオルはレミーに気付かれないように急ブレーキをかけると今まさに噛みつくゾンビの鼻先を踏み台に蹴り飛ばして小太刀を構えた。
レミーはそれに気づかず走り続けるがカオルはそんまま小太刀をゾンビの左目に届かせ真横に切り裂く。
激しく体をのたうち回らせるゾンビに吹き飛ばされまいと髪にしがみついた朱雀院カオル――。
「――ウオオオオオォォォォォォ!」
闇をかき消すように響く雄叫び、そこでレミーは朱雀院カオルが横についておらず、大型のゾンビに切りかかっている姿を見て立ち止まる。しかし鋭く目を光らせる朱雀院カオルの目は来るなと訴えレミーは後ろめたい気持ちの中に走り去るしかなかった。
――足で纏
――いや、違う
――ここは統べるものが出向かう時
力なくして結果なくしては何も統べれず、何も守れず、大口叩くその言動はただの戯言と化す。
朱雀院カオルは一つ目の少年レミーを自分が引き連れていくと心に決めた。
すべてを統べる者の役目の一つに才覚あるものを導く事も含まれる。
王であるからこそ、最も最強であるからこそ、産まれや自信、足枷を背負う力のある家族を引き連れて世界へ導く責務がある。
――そのためには力の証明
――この王についていけば必ず勝利を掴めるという確信
――それが家族の糧となりて弱気にもその家族は自信を持って世界を歩める
この王に選ばれたからこそ、この王についていくからこそ、この王のためにならと――
今この時は王である朱雀院カオルが家族に見定められる証明の時――
その家族が守りたい存在を身を挺して守り抜く王の姿を示す時――
「――朱雀院の名にかけて今吾輩は、最強を証明する」
朱雀院カオル目がけて振り下ろされる拳を容易くすり抜けると地面を踏みしめる足の指へと切りかかり切り落とす。体をひねらせ宙を舞い突き抜ける刃は留まることなく切り抜け、それは名刀である虎鉄であることだけでなく、絶対的な勝利を望む朱雀院カオルの常人離れした集中力による太刀捌きによるものが大きい。
朱雀院カオルは武のたしなみはあったとしても、本物の刀を振りかざすことなど今の今まで一度もなかった。それでもやらなければいけないと自ら追いつけたからこそなせる業。
一度先頭に立てば言い訳は通用しない。
先頭を歩くものに立ち止まることは許されない。
後ろをつき歩く家族のために、その場で頭脳を凝らし、最善の道を突き進んで見せる。今もそれと同じ、ここで刀など扱ったことがないからと、あまりにも大きな敵だからと諦めることは許されない。
背に背負うのは自分よりも年端も行かない、これからの未来を生きる子供達なのだから。
「ウォオオオォォォ!」
またも上がる雄叫び、すべての足指を切り落とし一度距離を置いた朱雀院カオル。
大型のゾンビは地面に膝をつき、這うようになりながらも朱雀院カオルを見据えて爪を振りかざす。
もう一度、今度は這う奴の右目を切り落とす。
――両目を塞いで離脱する
それが今できる最善策、両目を塞いだ後この大型ゾンビがどこまで行動できるのか見てからあとは考える。
そう決めた朱雀院カオルは掻きふりつけられる手を縫って再び大型のゾンビに差し迫った。
太刀を構え、その右目をそぎ落とす――
――しかし、朱雀院カオルの飛び上がる挙動と同時に大型のゾンビの口が大きく開かれた。
――その口の中からは全身が細く縦に長い体をしたゾンビが朱雀院カオル目がけて飛びかかってきたのだ。
「――っぐ、クソ!」
ゾンビに襲われたカオルは地面に転がりさらには飛びついてきたゾンビに両腕を押さえつけられ身動きが取れない。大型のゾンビはそれを勝機と確信したかのように引き笑いをなびかせて朱雀院カオルに切り落とされた足で覆いかぶさるゾンビごと踏みつけるように叩きつける。
「――カオルさん!」
遠くで叫ばれるレミーの声、
カオルは何とかもがいて抜け出そうとする、しかし、
――間に合わない
――ズザァ!
いままさに振り落ちた大型のゾンビの足は確かに朱雀院カオルに振り落ちた。しかしその重みは軽く、その衝撃をもろに受けた覆いかぶさるゾンビがよろけただけでそのすきをみて朱雀院カオルは抜け出した。
すると今振り落ちた足は本体から切り離されたもので本体は切断面を抑えてまたも大きくうめいている。
――パタパタパタ ――パタパタパタ
「――ロジャー!?」
聞き覚えのある音に見上げると宙にはドローンが、さらにはそのドローンと思わしき大きなプロペラを背をって浮かぶロジャーの姿があった。
ロジャーの背中からは他にも数種類の刃物がつながれ触手のように動く機械アームに操作されていた。
今まさにゾンビの足を切り落としたのは最も大きな大柄の斧のようなもの。
「よぅ、生意気坊主。ちょっとみない間にずいぶん情けないことになってるなぁ?ドローンはどうしたんだ?バッテリー切れカ?」
ロジャーはそれだけ吐き捨てると「俺の獲物だ」と叫びながら大型の巨人に飛びかかり瞬く間に四肢を切断して最後その獣のような顔をしたゾンビの頭の切り落とした。
「――クソッカバビ3兄弟は逃げたカ」
ロジャーは自由自在に空を飛び回り、朱雀院カオルのもとへ降り立つ。
「大丈夫カ?」
ロジャーはあまりにもボロボロに、それおまさか小刀二本でドローンも使わず応戦していたことに飽きれる。しかもこんな、大型のゾンビを倒したと言えどまだ3千は残るゾンビの大群を残して。
「――別に、その後のことだってどうにかなったさ」
結局一人でも最後までどうにかなったと言い張る朱雀院カオル。
ロジャーは微笑を浮かべて大群迫るゾンビに立ち向かった。
「バッテリー切れてんだロ?あとはまかせナ」
ロジャーはカオルの返事も待たずに飛び立つ。
その武器は朱雀院カオルも見たことがない、人を載せて飛び回り戦うドローンなど。十数本のアームにつながれた武器が次々とゾンビの群れを両断していく。
「――キリがねえナ!」
ロジャーの不満が聞こえる中朱雀院カオルは本当に自分ひとりであの大型ゾンビが倒せたのかと自問自答にくれる。
――最強でなければいけない、朱雀院に産まれたものは強くなければいけないと言い聞かせる。
「――い!」
「――おーい!」
「――か・お・る君!」
遠くから自分を呼ぶ声を追えばそこにいたのは百人少しはいるであろう一団をつれたYu-Su-姉妹の姿。さらには神輿のように担がれふんぞり返り座している青春少女あけみ。
「ずるいよー!抜け駆けなんて!」
「レーダー見たらブラハに来てるみたいだから追いかけてきちゃった!」
「っふん、カオルはんボロボロですやないの臭いますねぇ」
あけみが抜け駆けに悪態をついて、無事なカオルの姿をみて安心したYu-Su-姉妹。
そしてYu-Su-姉妹はニコニコしたまま灰色で覆われた両腕を伸ばすよりも長い長方形の箱を突き出してカオルに渡した。
「――はい!」
「アサルトライフルBOX!」
朱雀院カオルはすぐに受け取ると中を開けた。
そこに入っていたのは FAMAS と呼ばれるゲーム内最速の連射速度を誇るアサルトライフルヘッドショットを決めると一撃で決まるスカイウォー内では歴戦の猛者どうし、コンマ数秒の銃弾のぶつかり合いの差を埋めるために拮抗した相手との闘いで愛用される武器。
全身が黒く覆われたその武器を見るとすぐさまに背中からドローンを広げたカオル。
「――バッテリーもないんだ!あと弾も、3000発あるか!?」
カオルは何かにとりつかれたように、脳内から流れ出る装着、装填動作を手際よくカスタムしていく、そしてあけみがお礼も無しかいと鼻で笑いながらバッテリーと弾倉を投げ渡すとカオルはカスタムを即座に終わらせて立ち上がる。
もどかしかった。
あまりにも不利な状況にも立ち向かい勝利を収めなければいけない状況に、そのもどかしさからようやく解放された最強朱雀院カオルは水を得た魚のように走り出す。
「――ロジャー!これは俺の獲物だ!」
朱雀院カオルは両手に虎鉄を携えたままにゾンビの群れを飛び込んでいく。
銃弾が群集を抹殺し、カオルの虎鉄が両断。
ロジャーはあまりもに勢いよくぶっ放されるFAMASの銃弾の嵐に自分も当たるのではないかと急上昇。
カオルはニヤリと笑って見せるとどうやらわざとらしい。
朱雀院カオルは最強の名において、一晩でバハナを制圧しようと集ったゾンビ3千の軍勢を一人で沈めて見せた。
――82万ポイントCランクにランクアップシマス
頭の奥から聞こえる声なんて、今の彼には聞こえない。




