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箱舟の子リベリカ

 絶え間なく爪を、牙を振付けられそれよりも早くに生ける屍を切り捨てる男。


 ――それはさながらに演武


 一振りの太刀捌きを追うように舞い突き抜ける機塊。左目に映るのは滲み溢れる血流をまき散らし理性なくただウメく敵。そして右目に写るは歩む足を止めることはない屍を奴らよりも幾段にも早く突き抜け飛び交う映像。


 たった一人残された朱雀院カオルは周囲360度を囲まれてなお戦いつづける。


 それは少しづつ、重なる死体を避けるように、わずかな隙間を求めるように舞い続け、一太刀浴びせた隙を見て襲い来る屍が来ようものなら空を舞うドローンがそれを遮った。


 「――強い」


 「もったいない」


 「この日のために蓄産した我らの血脈が――」



 華麗にも舞い、戦い続ける朱雀院カオルの姿に見惚れるように硬直した3匹の化け物――


 この大差を、常人ならば諦めるよなこの現状を、たった一人で立ち向かい、なんなら勝利へと確実に歩みを進めるその男に危機を抱いた。


 「なんなんです!なんなんです!」


 「その強さ!そのしぶとさ!」


 「諦めろ!諦めるのだ!」


 今までの彼らのやり口ではこの方法ですべてが事収まり事を成せたのだろう。異常にも今でも多勢で押し寄せ優勢を保つ化け物でもジリジリと削られる軍勢に焦りが沸き立った。


 


 目の前にいるのは朱雀院カオル――



 最強を名乗る、一人の少年。





 少年の視界に写る右目の画面には右上に赤く表示されたゲージが今にも0になることを示すように点滅し始める。



 それを見据えて、なんならとっくの昔に気付いてたかのようにその点滅がこと切れて、右目の映像が擦り切れ両目ともに溢れかえるゾンビを映し出したところでドローンを手に掴んだ。



 「――そっか、やっぱりバッテリーの残数だったか……こりゃ厳しいな」


 家屋の屋根へと飛び乗り背にドローンをしまうカオル。その際ドローンに装備されたもう一本の虎鉄を抜き取り両手に小太刀を構え3匹の化け物を睨んだ。



 「――吾輩は朱雀院の産まれ、吾輩は生まれながらに人を導く運命の者。故に敗北は許されん、それが家命であり宿命であり順守すべき使命。たった一人に幾千の敵に囲まれようとも、たった20人の見知らぬ子だとしても、吾輩の進むべき道の中にある戦に敗北は許されない。たった20人であっても、その運命を背負う吾輩が背を向けることは許されない。我らは前に、常に前に立ち続ける。さすなかればその背を追う幾万幾億の家族が行手を見失う。――我らは王である。――王が勝ちてこそ道は切り開かん。王の勝利こそ繁栄がもたらされん」


 朱雀院カオルは決して3匹の化け物に言霊を発したのではなく自分に言い聞かせるように言葉を綴った。


 空を見上げ、胸に手を当て誓いの言葉。





 ――さすれば、飛び降りる朱雀院カオル




 群れの中心へと飛び込んだかと思うとその体に似合わぬ強力で旋回、あたりのゾンビをなぎ飛ばし、今度は逃げるのではなく3匹の化け物目がけて道を切り開き始めた。



 「おぉ……兄弟ここは引くべきか……」


 「いやいや兄弟……今日のために積み上げた我らの奇跡が……」


 「時期尚早……致し方ないですだ」


 なりふり構わず、手近なものから次々と切り倒していく朱雀院カオルの迫力にいよいよと、振り返り逃げ出す3匹の化け物。




 ――しかしその判断は遅かった。





 「――ッグァアアアアア!」


 


 一番左に立ち尽くしていた化け物の腕が獣の毛に落ちたかともうと揺れる振動に転がり落ちてゾンビのむれの中へと消えていく。




 ――その化け物の目の前に立ち尽くすは朱雀院カオル


 

 全身返り血に染まり、小太刀からは溢れ出るように滴り落ちる血の滴。


 「――なっいつの間に!」


 「――兄弟!逃げるのだ!」


 


 朱雀院カオルは容赦なく小太刀を構えてが化け物の首筋めがけ刃を走らせた。


 ――その眼に感情はなく、追い求めるものはただ一つ勝利への渇望



 「――ッフ」



 切り捨てられようかという化け物は笑った。


 朱雀院カオルはそれに気づくが構わず刃を振り下ろし続ける、しかし、背後から聞こえる羽音に咄嗟の判断で振り返った。



 もうあと僅かのところ、鋭いくちばしを朱雀院カオルの頭蓋めがけて飛び込んできていたのは眼球が爛れ落ちたカラスのような黒い鳥。


 ――避けられない


 なんとか致命傷は避けようよ体をひねるがそれは後の光景が思い浮かぶように額を捉えて離さない。


 朱雀院カオルの脳裏を駆けるは敗北


 


 



 ――ッゴ!






 黒い鳥のくちばしが朱雀院カオルの額を捉えたかと思うその間に、飛来したのは大きな拳よりも大きな石。それは黒い鳥を見事に捉え打ち落とした。



 「戻りました!カオルさん!」



 レミーだ。


 レミーがようやく子供たちを街の外に連れ出して戻ってきた。


 朱雀院カオルは安堵した表情を少しだけ垣間見せた後に憤怒の顔をして額に手を当てる。



 ――それは自分が今敗北を悟ってしまったから。



 朱雀院カオルは自分の胸を叩きつける。


 

 ――ズザッ



 それは心揺らいだカオルの隙、見逃さずに腕を切り落とされた化け物は体を丸めて朱雀院カオルを突き飛ばす。



 獣から振るい落された朱雀院カオルは体勢もままならないままゾンビの群れへと突き落とされたのだ。さらに3匹の化け物は獣を引き連れその場を逃げ出す。


 朱雀院カオルは失態だと何とか空中で体勢を立て直し、ゾンビの群れへと着地すると再び奴らを追って道を切り開き始めた。


 

 レミーも屋根から飛び降りると朱雀院カオルに加勢して道を切り開く――



 


 「――子供達は全員逃げ出せたのか?」


 カオルが戦闘の合間を縫って問いかける。


 「――なんとか、このまま街まで逃げてくれると思います」


 そうかとカオルは方向転換をして街の外に向かってゾンビを切り開き始めた。


 「え、カオルさん?!」


 「いや――逃げ出せたならもういいかなって思って」



 二人の間を包む謎の空気



 「――それもそうかもしれないですね?」



 レミーとしてはこのまま3匹の化け物を追いかけて倒す場面なんだろうと少し男気を感じて飛び込んできた分ちょっとなんだかもどかしい様な、寂しいような、え、行かないんだ?という気持ちが心渦巻きつつも気を使って同意する。


 朱雀院カオルも気を使われたんだなぁと感じ取っても気づかないふりをして、それでも言い訳をするように言葉を続けた。



 「――いや、まぁバッテリー補充してきたほうがもっと早く倒せるし、それになんだかんだ家まで送り届けないと不安だよね。遠足は家に帰るまでが遠足っていうじゃん?そういう感じだよね、うん」



 ――朱雀院カオルは限界なのだ。



 これだけはレミーに悟られまいと表情をつくろうが肺は締め上げられるような苦痛がひた走り、身体の節々には急激な戦闘による悲鳴がいくつも頭に響いてきている。



 アドレナリンでごまかせるようなそんなレベルはとうに越えていた。


 事実朱雀院カオルはしばらくスカイウォーでならして生きてきた分バッテリーがあればこの千ちかい大群であってもすぐに蹴散らせられる。


 それは間違いがないことで、ここで道草を食って無駄にリスクを高める必要がないこともまた事実なのだ。



 「――じゃぁ、行こうか」



 朱雀院カオルの一声で、再び家屋の屋根へと飛び乗る二人。



 ――しかし二人は逃げ出すことができなかった。




 大群に囲まれ阻まれていた視界が見晴らしの良い高台に上って見えたもの。



 「――リベリカ……?」



 レミーがいち早くそれをリベリカと呼んで目を見開く、その体は建物の二倍はあろうかという巨体で地面に引きづるように垂れた金髪の髪、目は赤黒く、顔を覆うのは無数の掻き傷、四肢は鎖につながれた後のように引きちぎられた鉄の輪が身につけられていた。



 「あれは、なんだいレミー……」


 「……そっくりなんです。一番最初に連れ去られた僕の友達――リベリカに」



 ところどころ皮膚が剥がれ落ち、白煙の吐息を吐くな少女。


 それはしだいに姿形を変化させ、皮膚から毛が溢れ、爪は鋭く生え渡り、肩からは骨が突き出して形をあらわす。



 


 巨大な化け物と化したそれの後ろにはさらに2千はあろう屍の群れも現れ朱雀院カオルとレミーを絶望の淵へと追いつめた。



 「――にげれますかね?」


 レミーはもう半笑いに問いかける。軽く自分の死を悟ったように、覚悟を決めたように








 「――うーん、とりあえずいってみよう!」



 朱雀院カオルも開き直るしかなかった。

 



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