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無気力孤児

 ――バハナ南外区アウトタウン


 朱雀院かおるは一つ目の少年に連れられ彼の家へと向かっていた。


 一つ目の少年はレミーと言う。


 雇用契約について祖母に相談したいらしい。


 朱雀院カオルが提示した条件は即答できるほど甘くはなかったのだ。


 条件1 今現在就業している仕事をすべて放棄すること

 

 条件2 給料は完全歩合制


 条件3 祖母はクエスト遂行中あけみのシェルターで保護する。


 条件4 今回の大規模クエストが成功したら祖母を置いて朱雀院カオルについていくこと


 条件5 給料の最低保証も命の保証もできない



 明日の食い物を手に入れるために働く日々に、蓄銭なんてなくいきなり収入を断たれてしまっては生活が滞ってしまえば、傭兵としての食料保証も正規の雇用ではなく朱雀院かおるとの口約束であることから完全に信用なんてできるわけでもない。


 確かに傭兵の仕事は収入が良く、身体の頑丈な自分にとっては向いた仕事なのだろうけれど、やはり思いきれない壁を感じる。


 いつ死ぬかも、本当に自分にできるのかもまだわからないのだから。


 12歳の少年に即決できることではない。


 「――なぁレミー、あの子達はなんなんだい?」


 朱雀院カオルが背後から声をかけ振り返るレミーは答えた。


 「あぁ、無気力エラー孤児ベイビーと言われています。カオルさんは見るのが初めてなんですか?」


 朱雀院カオルがみたもの、南外区アウターに入ってからというもの、ちらほらと壁にもたれかかり、うずくまる子供を目にしていた。


 それは街を進むにつれて次第に数を増し、今では壁一体がその無気力エラー孤児ベイビーと呼ばれている子供で溢れている。



 「はじめても何も、この島に来たのは今日がはじめてなんだ。これは異様だぞ……」



 レミーは彼ら、彼女らのもう一つの呼び名を教えてくれる。


 ――運び込まれる終焉エンドカウント


 どこからともなく、彼ら彼女らは現れて、街の隅に集団を形成し次第に個体を増やしていく。


 その数がある一定数以上になるとその街はゾンビで溢れ終わりを迎えると言われている。


 故に街の人間はその無気力孤児が集まりだした場所には近づかない。


 無気力孤児は特性としてゾンビを引き寄せるからだ。


 ある男が無気力孤児の存在があるから街はゾンビが群がりだしたんだと一人の少女を手にかけたところ、返り血を浴びた彼は街中だというのにゾンビにむさぼられ、大衆の中で臓物をえぐり取られて死んだ。


 彼ら彼女らはその襲い来るゾンビを倒し続けることによって補給物資が支給されそれで生き延びている。


 ――彼ら彼女らはゾンビが現れた時のみ活性化する




 「見てください。今もあそこでカラカラゾンビが襲われています」


 ――遠目に写る蠢く肉団


 それは1匹のゾンビに覆いかぶさるように何十人とむらがる無気力孤児の姿があった。


 ――無気力孤児


 そんな名前だれがつけたのだろう。


 今朱雀院カオルの目に映るのはゾンビとなんら変わらない、なんならもっとはっきりと殺意を持った獰猛さも見える獣のような子供達。



 ゾンビに首元を噛みちぎられれば他の数十人が群がり手足を噛みちぎり最後動けなくなったゾンビを液状になるまで、骨になるまで、地面に体液が沈み渇ききるまで踏みにじり続ける。


 これはでもいつものことなんですよと慣れたように笑うレミー。


 何も彼ら彼女らの存在は悪い事ばかりではなくて、この子たちがいるからこそ街の中にゾンビが入って来ないという事実もあれば、レミーのようなはぐれ者が住む場所を守ってくれている存在でもある。



 「ここに住むのは無気力孤児だけじゃなくて、僕みたいな訳アリの人もいます。それに、稀にいるんですよ。無気力孤児の中でまともな子供も、そういった子供達もここで生活しています。祖母が可愛がっているんですがあの子達にも話さなくちゃいけませんね」



 人知れず増え続ける無気力孤児、彼ら彼女らは言葉を発せず、人と関わろうとせず、ただ壁にもたれ座り続けるだけのはずなのに、その稀にいる子供達というのは言葉を話し、ゾンビと戦うことを躊躇い、普通の子供となんらかわらないのだ。


 ただ一つ、無気力孤児と共通するのはゾンビをおびき寄せる特性を持っているということ。




 ――コンコン


 「入るよおばあちゃん」



 レミーのたどり着いた場所は南外区でも南寄りの、井戸を囲むようにできた集団住宅街の一家屋。


 藁でできた屋根に黒く、ところどころ外壁が崩れ落ちた家。


 「――レミーかい、レミー、おぉ、レミー、聞いておくれ」


 レミーの祖母と思わしき人が布にくるまりながらも懸命に立ち上がろうとしている姿に朱雀院カオルとレミーは両脇に寄り添って体を支えた。


 「おばぁちゃん寝てなきゃだめだよ!」


 「――レミー大変なの、子供達が、子供達が連れ去られてしまったの」


 老婆は詳細のわからない男が一人、家に突然上がり込んできたというのにそんな事には目もくれず、必死にレミーに訴えかけ続ける。


 老婆は震える手で顔を覆い、子供達の安否が心配だと嘆いた。


 「……前にも、あったんです。無気力孤児を、その中でも稀なまともな子供だけを攫っていくやからが」


 以前に一人、金髪の少女が連れ去られた。その時レミーが足跡を追ったが砂漠の嵐に足跡が掻き消されその少女の行方は今でもわかっていない。


 ただ一つわかっているのは、遠目で見えた濃紺のフードを被る3人の人影、後ろ姿。


 「おばあちゃん、それはいつの事だい。誰が連れ去られたんだい?」


 老婆はうわづる声で答える。




 ――3人を残して全員連れ去られてしまったと



 この街には19人の意志をもった無気力孤児が住んでいて各々協力して生活をしていた。


 ――連れていかれたのは16人


 なんとか逃げ延びた3人は連れ去った奴らを追いかけ仲間を取り返してくると飛び出していったという。


 ――本当につい先ほどの事だ。


 最後にレミーにも伝えておいてくれと。


 ――しばらく帰ってこなくても気にしないでくれ、これは俺たちの運命だ


 ――自分達でケリをつけてくると


 「レミー、すまないレミー、お願いだ。あの子達を連れ戻してきておくれ、せめてあの3人だけでも、生き延びれた3人だけでも頼むよレミー――」



 レミーは老婆をなだめゆっくりと寝台に座らせると目線は逸らすが体をカオルに向けて口を開いた。


 「すいませんカオルさん。せっかく僕なんかの話をきいていただけて、せっかく雇ってくれるとまで言っていただいたんですが、御断りさせていただきます。――自分から言い出したことなのにすいません」


 カオルは何も言わずに頷く。


 レミーはそれを見届けると家から飛び出して走り出した。


 前回と同様の3人であれば西の方角、足跡をみれば子供の足跡が西へとつながっている。


 レミーは追いかけた。


 醜い姿をしていても。何も臆せずに笑いかけて関わりを持ってくれた友達。


 お互いに生まれながらの枷を背負う者同士助け合って生きてきた仲間。


 思い人への贈り物も大切だけれど、自分の未来がかかった人生の転換期だったとしても、かけがえのない苦楽を共有してきた仲間の命がかかる場面に迷いはない。



 「――間に合ってくれ!」




 ――ッダッダッダ ――ッダッダッダ


 


 レミーの駆け走る背後から聞こえる足早な足音。


 レミーは振り返り立ち止まった。



 「――カオルさん?」


 「――乗るんだレミー!」


 

 そこには朱雀院カオルがカンカンラクダに跨り、もう一匹のカンカンラクダを引き連れてレミーを追いかけてきていた。



 カオルは老婆の話を聞きながらドローンを飛ばし、ラクダ小屋の主人に話をつけてきたのだ。



 「そんな、カオルさん。僕お金なんて持ってないですよ。それにせっかくのお誘いも断って、そんな無礼ばかりでこんな――」




 「――気にするな。レミー、急ごう」



 


 



 ――朱雀院カオルとレミーは常闇に沈む砂漠を駆けて、悲劇に攫われた少年少女を追いかけた





 



  

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