一つ目の少年
困りますよと受付嬢。
そこをなんとかと見た目とはうらはらに、ゴツゴツの筋肉とボロボロの服を纏う少年は今度受付嬢に土下座する。
年齢制限が15歳以上であるが故に、12歳である彼を紹介するわけにはいかないのですと彼女は言った。
この見た目からなのだろう。
街のみなが彼の存在を知っている。
故にこの見た目であっても嘘がまかり通らないのだ。
カオルがまぁまぁとせっかく自分のところに来てくれた傭兵なのだからと話だけでもと間に入っていこうとしたがですよねと意外とあっさりすぐに引き返してしまった少年。
カオルはえぇ!?っともっとばしっと来いよと唯一のイケメンの理解者だと高揚したのにガックリする。
しかし、周りを見渡しても今の彼以外ほんとうに着そうもない。
だとしたらやることは決まっている。
カオルは選考会を抜け出して少年を追いかけた。
「――ねぇ!君!」
近づいてすぐに感じる異臭。何日も風呂にはいっていないような。ドブのなかに浸かってきたかのような臭いが鼻を突き抜ける。
そこは我慢だなと笑顔のままに話を続けた。
「傭兵になりたいんだろ?その体最適じゃないか!12歳とはいえ十分強そうだけどなぁ」
一つ目の少年は照れたように頭を掻くとそんなことないですよと体に見合わないモジモジとした態度にカオルは首をかしげる。
「ねぇ、あんなひどいこと言われてたけど君別に悪い子じゃなさそうだよね?」
一つ目の少年は目を見開いて、そのあとに大きく瞬きをして、目を逸らすと答える。
「こんな見た目なものですから、何年かに一人二人こういった顔の子供が産まれることがあるらしいのですけれど、その子供たちは生まれてすぐ死んでしまうのが通例で、たまたま奇跡的に生き延びてしまった僕をみんな怖がっているんですよ醜いですから」
母は少年が産まれてすぐになくなり、それも相まって呪われた子だと忌みされた。
唯一祖母が彼をかくまい、なんとか生きながらえてきたが祖母ももう歳で寝たきりになり12歳ながら働かなければいけないという。
その結果家畜の糞尿を運ぶ仕事だったり、外商の荷物をひたすら積み上げていく力仕事だったりと嫌われるような仕事しかやらせてもらえないので余計に嫌われていく。
「――臭いですよね、僕、すいません、大風呂場にもこの身なりですので行けなくて、水を湿らせたタオルで拭くぐらいしかできないんです。あ、言い訳ですよね、すいません、あの、こんな僕にわざわざ声をかけにきてくださってありがとうございます。――仕事に戻ります」
少年はもうこのやり取りを幾度となくしてきたのだろう。
相手からでる次の言葉を遮るように次の言葉を吐き出して、次に何を言われるのかをつねに考えているようで、結局はすべてがダメなんだと悟ったように自己完結して去ろうとする少年。
「――待ちたまえ少年」
「――?」
足早に立ち去ろうとする少年にカオルは声を差し伸べる。
「今の給料はいくらだ?」
「えっ……朝一番で糞尿を取りに一食、日が暮れるまで荷を運んで一食、夜に酒瓶を運んでそれが7ギーツですが……」
「――それでいいのかい?」
カオルは問い続ける。それに少年は口ごもる。
「それが嫌だから俺のところに来たんじゃないのかい?」
「ハハ、いえいえ、めっそうもないですよ、その、贈り物がしたくてですね。慕っている姉さんが今度離れ街の領主さまにお嫁ぎになるのでなにか贈れるものが欲しいと思いまして、仕事を増やそうかと……そんな、今の生活でも十分です。こんな見た目で、こんなだらしなく生きる人間。これが精いっぱいですから」
「――ふざけるな!」
カオルは弱気にも自分を卑下し続ける少年に声を挙げる。
カオルは少年の腕を掴み胸板を叩き、あまりにも大きいその体を見上げた。
「こんなに恵まれた体をもってして、そんな自分を卑下するなんてどうかしている。
母親が早くに亡くなってしまったのは残念だ。だがこんなにも素晴らしい何物にも代えがたい才能をお前は受け取っているじゃないか。
祖母もお前に愛情があるからこそ一つ目だろうがなんだろうがお前を育ててきたんじゃないのか!
じゃなきゃこんなにも、見た目だけで理不尽に腫れ物扱いされてしまう君が穏やかな人柄を保っていられるわけがない。」
――そのままで本当にいいのか?
――お前の母親は毎日風呂にも入れずに家畜の糞尿を掃除させるためにお前を産んだのか?
――祖母はお前を、みんなから嫌われ続けさせるために育ててきたのか?
「何よりお前が、本当にそんな人生で最後を迎えたとして本当にそれでいいのか!」
――少年は拳を握り締め振り上げる。
「じゃぁどうしろって言うんですか!あなたがどうにかしてくれるっていうんですか!」
「ふざけるな!頼るな!」
少年の大きな瞳からは滴がしたたり拳が振り下ろされる。
「――だがチャンスはやれる」
朱雀院カオルの顔すんでんで止まる拳。
それは音を切り裂き、そのまま当たってしまえば顔が砕けてしまいそうな勢いだ。
「頼るんじゃない。結局この世は自分を守れるものは自分だけだ。君のその生い立ちも相まってなおさらそうだろう。だから頼るな、希望を抱くな!自分が動いて自分で成功をつかみ取れ!」
カオルは手を差し伸べる。
「私は君とは違って恵まれた家庭で育っている。
だがそれを君が羨んだとして、妬んだとして、君の人生はなにも変わらない。
産まれを後悔しても変わらない。
君自身で変えるしかないんだ。
それを今日この日からにしよう。
逃げても立ち止まってもいけない。
時は進み続ける。
それと同じように前へと進み続けるんだ。
もし進む勇気がないなら今俺がその橋渡しとして君に手を差し出す。
これも君自身が僕のところへ来たから、君自身が掴む手だ。
僕はその君の肉体を見て確信した。
君が母から受け取り、今日この日まで必死に生きてきたその肉体は君を必ず幸せにする。
誰にも持っていないその才能。君だけの、君しかできないことが必ずある。
君は――英雄になれる」
――俺についてこい
――才能あるものが最前線に立たないでどうするんだ。
――そこは君の居場所じゃない




