記憶
――バクバクバクバク
「……え、みんなで優勝?」
――クッチャクッチャクッチャ
「そうだよー」
「お兄ちゃんがいっぱい倒したからだよ!」
朱雀院かおるはシェルターに戻ると大広間に座して事の顛末を聞きだしている。
青春少女あけみが着けばすぐに使用人らしい女性を呼ぶと瞬く間に鶏肉が捌かれ部屋を包むスパイスの香りとともに熱した油へと潜らされた。
香ばしく焼ける鶏とスパイスに今まで気づかなかった空腹感が全身を襲っていく。
青春少女あけみは火が通ればそのまま飲み込む勢いで調理台に食いついて離れない。
「――そんな記憶はないのだが」
「えー、珍しい珍しいカオルお兄ちゃん」
「謙遜することあるんだカオル兄ちゃん」
謙遜も何もない、本当に記憶がないのだから。
あるのは本選を目の前にした前日、リリカと一緒に部屋で過ごしていたら聞こえた悲鳴。そしてその悲鳴の原因はまさにいま目の前にいる姉妹の亡骸があったからだ。
カオルはそれを口にしていいものかどうかも悩む。
「――あけみ、俺優勝したとき最強だった?」
「――ベロベロベログッチャグッチャグッチャ」
あけみはどうやらゾンビウイルスに感染しているらしい、一心不乱に肉を食い過ぎてて会話にならない。
「他のみんなはどうしてるかな?」
Yu-とSu-は顔を見合わせる。
答えはわからないだそうだ。しかし、幾人かは2週間前の最初の頃に出会ったという。
富士山大学3年佐藤とリミットJK、永宮大樹には出会えていた。
全員2週間ほど前にこの砂漠地帯のどこかにランダムでスポーンされて各々がチュートリアルを受けた後、最終的なゲームクリアのためにクエストをこなしているのだ。
「クリアしないと賞金お預けなんだって”!」
「あたしたちテストプレイヤーを集めるために大会開いてたんだって!”」
初耳すぎる。そんな説明がいったいどこにあったというのか。
いろいろと仕切っていた人間が朱雀院カオルにだけ話さなかったというのか?
なんでも誰かしら一人クリアしてくれればいいらしい。
「――なぁ、その頭の右側のそれってさぁ?」
カオルがいよいよと尋ねてYu-Su-姉妹が答える。
「――カッコイイよね!」
「――カワイイよね!」
いや、さすがにかわいくはないだろうと思ったがその金属に覆われた頭の事を聞いても自分達がドローンに襲われ、頭を打ち抜かれただなんてまったく微塵も考えている様子がないことに違和感。
「――リリカはそういえばどうしてるかな?リリカはスカイウォープレイヤーじゃないだろ?」
Yu-Su-姉妹は首をかしげる。
「誰ですか、その人」
「誰ですか、その人」
――ガタッ
思わず椅子を蹴り飛ばすように立ち上がる朱雀院カオル。
――記憶の相違が激しすぎやしないか。
――何故リリカを知らない?
あの場で会っているはずであるし、何より、この大会に出場しているゲーマーなら他ゲームであっても彼女のことぐらいは知っているものだろう。
これが本当にスカイウォーのVRゲームだったとして、ベーター版であるからこそのバグであるのならば、どちらがバグだ。
それははっきりしている。
2週間も遅れて、全員が行われるはずのチュートリアルも開始されず、クエスト画面も表示されない朱雀院カオルこそが今唯一スカイウォーであると言われているこの世界にて追従しきれていない。
――その原因はなんだ
朱雀院カオルは自分の顔面を覆う金属に触れて、その金属と、肌の境目に触れて言葉を失う。
――こいつが、頭の中を書き換えているんじゃないのか?
触れた感触は肌ではなく直接骨に埋め込まれたような皮膚に馴染む感覚、しかし、馴染むとはいっても境目にははっきりとしたおうとつがあって、眉間の境目に爪を立てると血が出てきた。
爪に滴る血を見て、その血があきらかにポリゴンでできているようなものではないと悟る。
いくら高性能グラフィックだったとしても、液体をここまで精巧に再現するなんて不可能だ。
間違いなくここは現実の世界、Yu-も、Su-も、記憶を書き換えられている。
いや、違う。
もしかしたら朱雀院カオル自身の記憶が書き換えられているのかもしれない。
この3人だけの情報じゃぁ確信が持てない。
が、もしこの世界が自分の思う通り現実なのならば、今ここで会話をしている姉妹も、自分自身も、一度死んでいることになるのではないのか?
「――あけみ!なぁ、あけみ聞いてくれよ!」
――ブグフォッ!
鶏肉をむさぼるあけみに問い詰めたら目もくれず裏拳が朱雀院カオルの顔面に飛んできてカオルはシェルターの壁にたたきつけられた。
「――いってぇ」
――ドスン ――ドスン
「我の食を乱すものこれ絶許!つぎはないぞ!」
熊が吠えて食事にようやく満足したのか椅子に座るあけみ、それを受けてようやく余った食事が3人のもとへと運ばれてきた。
「――なんだよこれ」
突き飛ばされて土埃が頬を汚したカオルが見たそれはわずか50gばかしくらいの鶏肉とキャベツのような野菜を一緒に炒めたようなもの。
これはなんだともう一度聞いたらあまりがそれしかないのですと使用人に断られ、しれっと慣れたように新しい鶏肉をいつの間にか取っておいた姉妹が使用人に渡していた。
――策士
「――この世は弱肉強食よ」
ニヤリと笑って見せる青春少女あけみに少々イラッとする。
ただあけみも鶏肉を頬張りながら話は聞いていたらしく、実はあけみもここへ来た当初激しいVRゲーム酔いというものを感じたという。それは記憶と神経がこの世界の情報がマッチングせず起こるものだとこの頭に取り付けられた装置が説明をして、処置を施すといわれた途端にそれがなくなった。
その時確かに、今は擦れた記憶があったようななかったようなと曖昧にも答えてくれる。
「――じゃぁ、もしかすると、やっぱりなにか……一回みんなで集まった方がいいと思うんだ!みんなに会うにはレーダーか何かで表示されないかな?」
女3人、いや二人と一匹は首を横に振る。
人は敵か味方かの赤と緑でしか表示されず、それがスカイウォーベータプレイヤーかどうかは見分けが着かない。
「でもでも、だったらなおさら!」
「クエストだねお兄ちゃん!」
姉妹は何やら右目を閉じて考えている様子。
「とりあえず最初は討伐クエストをこなして武器のバージョンアップとランクあっぷだね!」
「だったらだったら、ゴーストタウン・ブラハの制圧が良いと思うの!」
クエストを進めて先へと進む。それが全員と出会うための近道。確実に全員クリアに向けて行動している。
そして3人はおそらくゲーム進行速度がほかの全員より遅いらしい。
何故なら青春少女あけみはこのバハナの嬢王になりたくて必死こいていたらしく、姉妹もあんまりゾンビウロウロする外にはでていかなかったからだ。
あけみはそろそろバハナの飯も食い飽きたしいくかと重い腰を上げた。
「きっとそのリリカちゃんって子ともゲームを進めていけば会えるよ。大切な人なんでしょ私も覚えてないけど」
カオルは即答するにはいたらないが一度その言葉を飲み込んであけみに応える。
「――あぁ、そうなのかもしれない!」
そうと決まればと姉妹はカオルの手を引いてシェルターの外へ――。
「アサルトライフルBOX受け取りに行こうよお兄ちゃん!」
「傭兵も雇にいこうよお兄ちゃん!」
姉妹が案内してくれるその先は、このゾンビ蔓延る世界で人々が力を共にし、戦い抜いていくために集う場所。武器を調達し、仲間を集めるためのその場所の名は
――大笑いの酒樽




