第2章
はっきりとわかる。
――これは夢だと
全身が暖かく包み込まれて、何か見えたと気づけばそこは道がある。
暗闇のはずなのに太陽の光も見当たらないのに遠くまで見渡せるその世界は現実じゃないだろう。
道は進む道はあっても進めば消える、一歩踏み外せば消えてなくなり闇に溶けて前へしか進めない。
進むしかないどこまでもどこまでも続く灰色の地面を歩き続けて道は二手に分かれた。
いや、二つではなかった。枝分かれした道はもっとさきでいくつも派生して続いている。
――立ち止まる
しかし悩む必要はなかった。
たった一本の道が埋め尽くす灰色の中で赤く染まり、道を示している。
その赤を踏みしめて感じる事、これが黄泉の国へと続く道なのか。
三途の川だったり臨死体験談話だったり耳にすることもあったがどうやらこれは地獄行きだろうと悟った。
親よりも先に死ぬとそうなるとは聞いていたけれど、本当に暗闇の中を歩かさせられるのかともう一度辺りを見渡す。
やはりなにもなく、あるのは何処までも続く暗闇と、たった一つの――。
――道?
まだまだ先へと続いていたはずの道は視線を地面から逸らした一瞬ですべてが消え去ってしまった。
残るのは足元に少しばかり残る紅の地面とその真下に広がり始めた黄色く光る渦のようなもの、それは周囲の暗闇を絶え間なく呑み込みはじめ、足元の赤とともに吸い込まれた。
「――ぐぁ!」
わずかに残る赤い道にしがみつくがその道もすぐに溶けて――。
――朱雀院カオルは渦の中へと消えていく
―――あたったかい?
―――あたたか、くない?
――――あ、つい?
――――――熱い
―――――――熱い!あっつい!
「――熱い!」
地面に強く打ち付けられた感覚が少し残る。夢の続きだろうか?
体全身が焼かれているように熱いその身ぐるみは麻でできた半袖短パンに、濃緑のフードがついたマントが羽織られていた。
暑さに負けてマントを脱ぎ捨てると今度は伝わる顔からの発熱――。
尋常じゃない血が沸く熱さに思わず手を当ててもがくが手が右頬に触れて違和感に気付く。
「――熱!」
触れた頬に弾力はなく、伝わる感触は重厚であり軽さもある金属のようなもの。
「――オート冷却機能ヲ開始サセマス」
自分以外の声に辺りを見渡すが誰もいない、直接耳元で話しかけられたような――
そんな事よりも声に気付いて周囲を見ればそこは一面の砂漠。
その暑さも納得できるような日差しが地面を照り付け朱雀院カオルごと丸めて炙り出している。
日差しが肌を焦がしている気がする、ジリジリと突き刺さり、彼は脱ぎ捨てたマントをもう一度羽織った。
暑くても我慢しなければ肌がもたない。
「――暑く、ない?」
右半身から徐々に伝わる心地よさ、体の中心から冷やされるように今までの暑さが嘘のように、消え去る。
「――オート冷却機能ってなんだよ?」
突然聞こえたその声への疑問もかき消えて、徐々に思い出される気を失う前の記憶。
「リリカ!リリカはどこだ!」
見渡そうにも数ある砂の丘に阻まれ見渡しが悪すぎた。
進めどすすまない砂丘を駆け上がり、たどり着くとそこは何もない、人影なんてありはしない一面の砂漠。
「ここどこなんだよ!リリカはどうしちまったんだよ!」
伝わる暑さも、踏みしめる砂の感触も夢じゃない。
頭蓋右半身を打ち抜かれたはずの顔は金属で覆われ生きている。
朱雀院カオルは生きている。
「――ロードMAP機能を展開シマス」
また聞こえてきた謎の声。
今度はわかる、右耳からだ、この金属で覆われた顔の中から聞こえてくる。
「――誰だ!お前は誰だ!”」
―――ズバッ
背中に背負われていた布袋からなにかが転がり落ちてそれはカタカタと音を鳴り響かせると勢いよく空へと舞う。
「――ドローン……じゃないか……」
「MAP情報展開――データダウンロード完了」
「うぁ!」
突然視界の右半分が緑色に覆われてその視界にひろがったのは自分の現在地を思われる赤印とその周囲の地形情報。
スカイウォーゲームで右上に表示されるレーダーのようなものが写し出された。
――半径5km以内に建造物なし
――半径5km以内に敵なし
――半径5km以内に救援物資なし
周りにはやはりなにもないようだ、しかし、2、3km離れた場所から緑色の点がこちらへと移動している。
レーダーには敵と表示されてはいないが隠れるべきだろうか、カオルは砂丘を駆け下りその二つの点からは見えない位置まで体を潜める。
「――あ、ドローン浮いてるから意味ないじゃん……どうやってもどってくるんだあれ」
「――マニュアル操作画面ニ移行シマスシカイガカワリマス」
「――ぐぁ!」
またも右目だけ視界が移り変わり今度はスカイウォーそのままの、画面が広がる。
「おぉ!すごいじゃないか!でもコントローラーもないのに……おぉ!」
機体はコントローラーはなくとも思いのまま自由自在に自分の意志で操れるようだ。すぐさま手元まで下降させて手元でつかみ取ると視界はもとに戻った。
「すっごい、吾輩こんなの欲しかった!欲しかった……欲しかったけどこれで俺……死んだのか?」
目新しい機械に心奪われるも、自分が今こうしていることの原因はこれにあることが腑に落ちない。
――本当になんで生きているのか、みんなは無事なんだろうか
――ッバッフ!
「――!?」
突如朱雀院カオルの足元から生えた、腕。
「え、何、何これ汚いやだ……」
その腕は爪が全部はがれ、流れ出た血が乾き干からび赤黒く変色していた。
――ッバッフ!
「――!?」
――ッバッフ
――ッバッフ
「――!?」
「ウルルルルゥゥゥゥツァ!」
さらに腕が3本生えて朱雀院カオルを挟み込むように沸きあがる。
それは徐々に頭角をあらわし遂に現れたそれは髪が剥がれ、鼻は爛れ、歯をむき出しにした映画さながらのゾンビ。
「――えぇ、なんだよこれっふっざけんなよぉ!」
朱雀院カオルは思わずドローンを突き出すがドローンから反応はない。
「どどどど、どうやるんだこれ、操作できないのかこれ、ダメ?ダメなのかな?」
「ウアアアアアア!」
朱雀院カオルは全速力で逃げた。
「あれでしょ?噛もうとするんでしょ?噛まれたら感染しちゃうんでしょ?噛まれたらそうなっちゃうんでしょ?」
歯をカチカチと鳴らせて気だるそうに走り追いかけるブサイクなソンビを見てカオルは叫んだ。
「嫌だぁ!」
一度降りた砂丘を駆け上がりなんとか逃げようとするが奴らはなんだかんだ言って早かった。
みるみる距離を詰められてついにカオルが砂丘の上り坂でこけてしまう。
「――うぅぅあぁ!」
「ウァァァァァアァアァ!」
――ダン ――ダン ――ダン
――ダダダダッ ――ダダダダッ
デザートイーグルとAK99の銃声が鳴り響き、それと同時にカオルにもたれかかるように倒れるゾンビ。
「――嫌!」
両足を突き出して右足で一体、左足一体を支え顔が数ミリまで近づいて咄嗟に蹴り飛ばす。
そして銃声の鳴り響いた方向を見上げる。
砂丘の丘の上、そこにいたのは
カンガルー。
いや、違う。
カンガルーにも似たラクダのような生物に股がう二人の少女。
「Yu-!Su-!」
二人の少女は微笑む。
そこにいたのは紛れもない、あの頭蓋を打ち抜かれたはずのYu-Su-姉妹だ。
しかし二人の右半身、灰色の金属で覆われて右目だけが赤く染まっている。
「これはカンカンラクダーっていうのよ」
「それはカラカラゾンビっていうのよ」
不可思議そうに見るカオルを見て二人が紹介するその背後にはまさにこの二人を襲ったであろおう同じ機体が2機宙に浮いている。
――ッバッフ
――ッバッフ
「――ッヒ!」
またもカオルの足元に生えた腕
「あー、やっぱりきりないよお姉ちゃん」
「そうね、ドローン出しちゃうとすぐ反応しちゃうわね」
そう言うとカオルを右手で鷲掴みにしてカンカンラクダーに引っ張り込んだSu-。
「な、なぁ、これっていったいどうなってんだよ」
走り去る中のカオルの疑問にキョトンとして顔を見合わせるYu-Su-姉妹。
「何ってお兄ちゃん説明されたじゃん!」
「首領・バナゼーレを倒すんだよ!」
カオルは何の話だと二人にもう一度問う。
「だーかーらー」
「スカイウォー最新バージョンアップベーターテストVR版のテストプレイでしょー?」
カオルはもう一度辺りを見渡す、体を伝い流れる風に、移り行く景色に照り付ける太陽に。
「――VR?これが、ゲームの世界だっていうのか?じゃぁあの惨劇はいったいなんだったっていうんだ。二人はいったい何に襲われたんだよ!」
「襲われた?」
「襲われた?」
Yu-Su-姉妹はクスクス笑い疲れてるんだよと近くの居住区へと運んでくれるという。
――辺境都市バハナへ




