何かヤバイ
新宿につけば東京帝国ホテルのシャトルバスを手配し新宿西口へと足を忍ばせた。
追っての気配はない、そもそもいくつもの沿線が重なる新宿駅から乗り換えられたとして行き先を予測することなんて不可能もっといえば裏を掻いて新宿で降りてしまうとは誰も思うまい。
勝利の余韻が顔を汚くにやけさせるが朱雀院カオルはすぐに念には念をと新宿から少し歩いたグランベーゼホテルの片隅地下駐車場にシャトルバスを呼び寄せる。
問題ない、なにも異変はない。
幸いにも人員が一人だったことから定員の多い車ではなく一般的は黒のセダンで来てくれたのには安心する。向こうについてもこっそり戻れるだろう。
――カオルはそのままホテルへと向かう。
ホテルについてカオルは運転手に一言
「あの、逃げてくれませんか――?」
意味がわからない、わけがわからない。
どういうことだと目をショボショボさせてもう一波乱起きそうな現実に嫌気がさしてきた。
東京帝国ホテルの玄関口で朱雀院一族の黒服と大黒一族率いる黒服あわせておよそ200人程度が入り口を境目ににらみ合いをかましている。
「あいつら、今回は本当にしつこいなぁ……はぁ……」
運転手の人は迂回して従業員入り口にあたる横門を教えてくれるとそこには黒服たちが見当たらない。
機転の利く人でよかったとカオルは礼もそこそこに一目散で走り出す。
あの中に入ってしまえば勝ち、あの中に入ってしまえば朱雀院の権力及ばない空間朱雀院カオルの父親はカジノ経営者、権力もそこまで融通のきくものではないのだ。
「――GO!」
従業員入り口はお客の目に着かないように雑木林の庭園の奥にある。
そんなまさか、絶対音感のあるカオルが気づかないほどに気配を消して黒服たちはカオルを待ち構えていた。
「先読みしていたのか!」
絶体絶命、しかももう一方の方角からも声が聞こえる。
「――GO!]
もう脇からさらに黒服が現れた。
あぁ、これはだめだと朱雀院カオルは足を徐々に落とす。
従業員入り口まであと100m程――。
「――タックルすんの!?」
黒服の中にはレスリング上がりのものもいるのだろうついに差し迫るカオル目がけて腰を落とし、なんならラグビーのようなスクラムを組んで突進する男達、捕まえるにしたって、一度降参した不利をして逃げたからと言って、まさかまだまだ年端も行かない少年に全力タックルをかまそうというのか。
いや、ちょっときつい、その重量感はちょっときつい。
朱雀院カオルは後ずさり、小石につまずきたおれた。
「ちょ、待って、待ってわかったから、わかりましたから。吾輩降参するから!」
しかし止まる気配はない、それどころかもう一方から迫る黒服たちもスクラムをくんで突っ込んてくる。
衝撃総重量トン単位かなぁと空を見上げて朱雀院カオルはあきらめた。
一度逃げた手前容赦ない
――ガッシ!”
「――!?」
倒れた朱雀院カオルを覆うように二組の黒服はスクラムを組んだ。
よくみればもう一方は襟に鳥の刺繍がはいった朱雀院一族のもので、もう一方は大黒舞妓の黒服だ。
「――ラッキ!」
朱雀院かおるは黒服のトンネルを潜り抜けると走り出す。
さすがにもう隠れてないだろうと大黒舞妓率いる黒服たちに感心した。
「ぼっちゃま、お戻りください!ぼっちょま!ぼっちゃま!」
それは今まで見てきたがたいのいい黒服ではないく、年老いた老人、朱雀院カオルが住む高層マンションの管理をまかされている人。
朱雀院カオルがマンションに入れなかった時にとぼけやがったあのジジイだ。
朱雀院カオルを追うのはもうその足腰よれよれの老人ただ一人、朱雀院カオルはホテルへとやっとの思いでたどり着いた。
「ぼっちゃま、ぼっちゃま!お戻りください!いってはなりませんそれ――――」
――バタン
「――ふぅ」
もう汗だくだと、ひんやりと冷えた室内が心地いい。
ねんには念をを駆け足に従業員入り口から靴箱を抜けて、事務室や更衣室など控える部屋を通り過ぎて大きな2枚扉が目に入り扉を開ける。
そこは大きな宴会場になっていた。
出てきた場所は設置された舞台袖、あたりを見渡し、客人がまた別に入ってくるであろう金色のドアノブに装飾された扉を見つけてそれに歩み寄る。
――ガッチャ
その扉を開けたのは朱雀院カオルではない、この一連の騒動に合う直前に会いにいったリリカ・バイエルンの不思議そうな顔がカオルのあと数センチの距離まで迫ってきた。
「わ、――ごめん」
思わず2,3歩下がったカオルを見てクスクスと笑うリリカ。
「どうしたのこんなところで、宴会場を買いに行ってたの?」
いやいやと普通に否定するカオルは逆にそちらはどうしてこんなところにと尋ねると「秘密だよ」って濁された。
朱雀院カオルは落ち合えたのは良かったが汗べとべとになっていてすぐにでもシャワーを浴びたかった。夕飯の約束もしていたけどその後のほうがいいだろうとリリカに言った。
ちょっと色々大変でさ、ちょっとシャワーをあびてくる、夕飯その後行こうよ、着替えたら部屋にいくからさ。それを受けてリリカがした行動。
カオルの横に並んで、
こちらを振り向いて、
「カオル君の部屋で待っててもいい?」
朱雀院カオルは二つ返事で思わずじゃぁ、そうしようかなんて言ってしまい歩き出してしまうがその道中は心中穏やかじゃない。
どういう意味だろうか、
いやただ単に一人で待っててもあれだからどうせなら別に一緒の部屋でまっててもいいじゃないかという単純なものなのだろうか。
はたまたまさかこのひきこもりしばらく人とは触れ合わず青春などとうに諦め捨て去った男に春が訪れようとしてるのか。
いや、待て、彼女はプロゲーマーであり有名人、彼氏の一人や二人三人くらいいるだろう。
などとやましいことも踏まえ考えつつ、とりあえず平静を装うと決心した朱雀院カオル。
部屋にたどりついて鍵を開けた時、リリカが二の腕あたりの服を掴んでるのに気付いて我を忘れそうになりそうだった。だが朱雀院その辺の所作もわきまえてる。
気づかなかったフリをし続けてどうぞとレディーファースト。
備え付けのPOTでお茶を淹れてじゃぁシャワー浴びてくるとリリカを部屋に置いてバスルームに向かった。
会ってまだ2,3日の関係でそんな事起こるわけがない、その先があるわけがない、と思いつつも鏡で自分の肉体美に不備がないかついつい確認してしまって何馬鹿なことをやってんだと我に返る。
そんなやましい気持ちも注ぎ落すように水圧を最大にしてシャワーを顔面に打ち付けた。
疲れた、あの女性、あの後どうなったのか――。
朱雀院のことだからその辺はやり方を心得てるのだろうが、何故彼女は巻き込まれた。
「いや、やめた」
やましい気持ちを注ぎ落して次に沸いた雑念も注ぎ落す、
シャンプーやってリンスーやって洗顔して、体をゴシゴシゴシゴシゴシ。
――コンコン
――ピンポーン
突然の来客、いったい何事かときにせず石鹸を洗い流すがもしかして黒服たちがきたのかと体に水が滴るままにタオル一枚巻いて飛び出した。
そこにいたのは今まさに扉をあけようとしていたリリカ。
タオル一枚であとはすべてをさらけ出したカオルに口を手で押さえる。
「――ダメだ」
カオルはリリカの差し伸ばされた手を握り壁に寄りかかると声をあげないように人差指を口に当てる。
そしていったい誰がきたのかと扉ののぞき穴を覗けばそこにいたのは、肩よりも長く伸びた見覚えのある黒髪しかもその女容赦なくいままさにこの部屋の扉を施錠しているじゃないか、焦ってチェーンを駆けようとするがもう遅い。
――ガチャ
「ちょっと朱雀院カオル!いるんでしょ!ちょっと外どうにかし――」
大黒舞妓は赤面して小さく声を引きつらせた。
突然扉を開けたそこには壁におしつけられたリリカ・バイエルンとタオル一枚大事なとこを隠している水びたしの朱雀院カオル。
一度抑えたが我慢ならずに
声をあげた。
「キャーーーー!」
両手で目をかくしつつも、指の間から覗く大黒舞妓はその場で地面に座り込む。
――朱雀院カオルは何かヤバイ、そう思っていた。




