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ニートが帰れない金曜日明けの土曜日

 「おかしい、おかしいぞ!何故あかないのだ!」


 朱雀院カオルは承認カードをひたすらカードリーダーに連打しては自宅である高層マンションの扉が開かないことにキレていた。


 何故だ。何故なのか。コンビニにWeb money1万円分を買いにいっただけなのにこの仕打ち。


 顔見知りのフロントマンに駆け寄りカオルは困った顔をする。


 「じじい!開かないんだ!このカード壊れたのかな?開けてくれないか」


だがどうだろう。


 フロントで書類の束を整理していた白鬚眼鏡の老体はカオルを同じように困ったような顔をしていた。 


 「――はて。――どちらのおぼっちゃんですかな?」


 カオルはいやいやいやいや、っと顔をぶんぶん振り回して何度もみた顔だろうと自分の顔を指さすが老体はくびを傾げて愛想笑いを浮かべる。


 「そ、そんな、じゃぁもういい、7211号室に電話をつないでくれないか!」


 「大変申し訳ございません。指定の配達業者以外の直接連絡は承っておりません」


 なにぃ?っと口をへしまげて納得いかないカオルだがこれじゃあらちがあかないとカオルは再び入り口の前まできてカードを認証画面に連打する。


 それがだめならと直接7211号室にベルを鳴らすが誰も反応しない。


 いったい何故だ。


 カオルは考えた。


 そしてひらめいた。


 単純だ。他の住人が入っていくのについていけばいい。


 認証にない理由なんてそっちのけ。


 わかってしまえば単純。


 カオルは何食わぬ顔で認証がすんなり通った他の住人についていき見事に自宅に向かうエレベーターに乗ることができた。


 鍵は認証カードじゃないしこれで仲にははいれるだろう。


 「はぁ、まったく、クランメンバーのjoyさんにそそのかされて課金アイテム買おうとしたからかなぁ。でもそりゃ欲しくなるよ、永久装備アイテムTTT-Gが手に入るんだ」


 高層マンションのエレベーターは階層が多ければ多いほど混雑を避けるために20階層ごとに専用エレベーターが設けられている事が多い。


 さらにカオルの住むこのマンションは最高階層72階のみ直通のオーナー専用のエレベーターがありたった一人のその空間にカオルは愚痴をこぼす。


「これでようやくリセマラもしないですむんだ。まったく、そういうところがいやらしいゲームだよ」


 ――ガタン


 なんとか家に帰れると安堵したのもつかのま、エレベーターに表示される階層が46階を表示したところでエレベーターは上昇を止める。


 そして停止したことに気が付いたかと思えば今度はエレベーターが降下し始めた。


 「な、いったいどういうことだ!警備員!おい、聞こえるか!」


 緊急ボタンを押して問いかけるも反応はなかった。


 「なんだ、なんなんだよ一体!」



 ――31階


 ――21階


 ――11階


 ――1階



 「ちょっときてもらえるかな?」


 扉が開いたそこには超デカイ一人でエレベーターの入り口をふさいでしまうような黒人大男が二人待ち構えていた。


 その見た目とは裏腹に流暢な日本語で引きづり出されるカオルはなすすべもなく、また、現状をどう受け入れていいのかわからずその男達につれ去られる。


 「――え、あの。家帰るだけなんだけど。あそこ、自分の家なんだけれども?」


 大男二人は返事もなく無言でカオルの両腕を拘束したまま歩き続ける。


 無理矢理マンションの外にだされてみるとそこには火曜サスペンスドラマでよく見る奴の護送車的なやつがあってまさかとは思ったけれどそのまさか通りにカオルは護送車に押し込まれる。


 「ちょ、いい加減説明してもらえないですかね?いくらなんでも失礼ってもんですよ!僕をだれだと思ってるんですか!君たちただじゃおきませんからね!この朱雀院かお――かおる……?」


 黒人男から一枚の紙を差し出されそこにはカオルの顔写真と名前が書かれていた。


 「――田中かおる!?」


 なんてありふれた名前なんだ。


 今まで他に類をみない朱雀院なんてけったいな苗字を名乗ってきたのになんて陳腐な素朴な苗字なんだ。いいやすまない。全国の田中さんを決して馬鹿にしているわけではないんだ。だけれども、そうなんだけれども、全国の田中さんももし田中さんが急にコンビニに買い物に行ったら自分の経歴書的な紙に苗字が朱雀院とか書かれてたらTV局のドッキリか何かかなとか絶対に思うと思うんだ。 


朱雀院もとい田中かおるもそんな状態だ。


そして田中かおるは黒人男から経歴詐称だとか、不法侵入だとかわけわからない罪状ならべられて現在怒りを通り越してわけがわからなくなっている。




 パニックだ。




 田中かおるは考える。


 いったん落ち着いて考える。



 「いや、俺、朱雀院カオルじゃん?」



 そう考えなおしたカオルはここにきてもう1年通っていなかった総合武術の成果を見せる。狭い車内の中で小回りの利かない大柄の男を相手に左腕の関節技を決めて、今まさに運転していた大男には顎目がけて左フックをお見舞いしてやった。


 朱雀院は頭脳、スポーツにおいて優秀なDNAをより多く取り込んだ家系を聞いてはいたが今まさにこんな大きな男二人を相手にして自分の才能が怖いほど美しい。


 「ふむ、やはり吾輩は優れている!」


 気絶した大男になりかわりブレーキを大きく踏むと急停車した護送車を捨ててカオルは外に出た。


 そこは新宿歌舞伎町。


 真ん前にそう書かれた薄汚い看板の商店街の入り口みたいなのがみえている。



 新宿歌舞伎町は東京湾の埋め立て地孤島に特区としてカジノやそういった水商売の税制を優遇した地域ができたことからすたれていってるとドキュメンタリーかなんかでよくみてはいたのだけれど、実際に来てみるとトイレみたいな臭いがしてどんよりとした空調設備から流れる生暖かい空気がそこらじゅうににまき散らされている雰囲気の悪い場所。


 とりあえず逃げなければいけなかったカオルはその新宿歌舞伎町のど真ん中をつっきって走った。


 落書きだらけの看板。


 掃除されずに溢れかえるゴミ箱。


 路肩に転がるネズミの死骸。



 学校と習い事、たまにいくリゾート地ではありえない、本当に日本かと思うようなスラム化した街並みがカオルを包む。


 その中を駆ける少年の姿は嫌でも目立ち、それを面白がる幾人もの男たちはカオルのあとを追いかけたり腕を掴んでまで話しかけて怪しい薬を売りつけようとする奴もいた。


 もはや何に逃げているかわからない。


 わけのわからないものばかりだ。


 田中かおるだと言ってくる奴もいればあきらかなに頭のおかしいやつらまで寄ってくる。


 逃げ道がない。逃げる場所がない。


 どこに行けばいいのか。


 どこにいけばいい?


 家にはどう帰ればいい?


 スマホは家においてきた。


 交番はどうだ?


 「ふざけんな!なんで交番にまであいつらがいるんだ!」


 どこにいけばいい?


 どうすればいい?


 もうどうだっていい。



 東京タワーに表示される時刻は3:27分。


 午後じゃない。



 午前だ。



 夜中にコンビニに買い物に行ってそれからこんな目にあった。



 帰りたい。



 眠い。



 どこに行こうか。




そうだ。







――秋葉原に行こう。  

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