最強への疑心
「違う、それじゃだめだ!いいか、もっと背筋を伸ばしてお辞儀は90度きっかりだ!」
「はい!先生!こうでしょうか!」
「違う違う!こうだ!」
「はい!はい!こうですか!」
「違う違う違う!」
「こうですかこうですかこうですかぁ!」
「違う違う!そんな速度じゃぁフリシュアルの願望をまったく再現できてきないぞ!」
――フリシュアルの願望
大英博物館に展示されている完璧な直角90℃でお辞儀した銅像。
モデルとなったこの姿は貧民の出であったが領主の娘に一目ぼれしてどうにかお近づきになれないものかと苦肉の策で出た貧民青年の全力のお辞儀。そのお辞儀は映像のコマを数秒飛ばしたような速度でクリだされ、それを見た領主がただものではないとある条件を元にその求婚を快諾したことから有名となる。
なお青年はその出された条件である3年の兵役に逃げ出し、行方不明となっている。
「これが――これができれば本当に僕にも彼女ができますかぁ!」
「もちろんさ!あのリミットちゃんもこのお辞儀を見れば一発で君に惚れる事だろう!だが君はこれをもっと磨くことによってもっと素晴らしい女性と出会える!」
富士山大学3年佐藤ゆきひこが全力のお辞儀を繰り出す中腕を組んでそれを指導している朱雀院カオルたちは秋葉原タワー最上階の男子トイレに存在する。
試合を終えた佐藤ゆきひこと朱雀院カオルがトイレで鉢合わせてから1時間。
このやり取りは繰り返されていた。
「リミットちゃん可愛くて、あの健康的に程よく焼けた褐色の肌と時に振りまくポニーテールから香るボディーソープの臭いが僕を惑わして、後半全然集中できませんでしたぁ!」
「うんうん、それは吾輩にも、いや、画面の向こうにいる全国の仲間たちもそれに気づいていたはずだ。なんせ、プレイ画面チラ見程度にずっとリミットJKを見るかYU-Su-姉妹を挑発して全然ゲームしてなかったからな」
「っくう!これではまた採用が見送られてしまいます!東証1部上場企業!書いたエントリーシートは300を越え!最終面接に臨めた会社は唯一1社!そこで言われた一言が別に悪くないけど君と一緒に働く人なんかかわいそう。そんな僕にはもうプロゲーマーしか残っていないんです!故に女性にうつつを抜かしている場合ではないのです!」
涙ほとばしりながらも必死にお辞儀を続ける彼に朱雀院カオルも滴が頬を伝う。
「――あぁ、そうだ。ましてや仕事仲間になるかもしれない彼女に手を出すなんてもってのほかだ!同じ職場の人間に手を出すことはトラブルしか巻き込まない!朱雀院所作マニュアルにもそう書いてある!だから諦めろ!その分努力しろ!そのお辞儀でもっとかわいい彼女をつかみ取るんだ!彼女のことはあきらめろ!」
「――はい……僕やります!彼女のことは、あきらめます!人生は辛い、けどこれを乗り越えなければ彼女はできないんです。やるしかないんです!人生、辛いですよぉ!」
――ブンブンブン ――ブンブンブン ――ブンブンブン!
「――あの、お兄さんたち。――みんなが探してるよ?」
気まずそうに顔をひょっこりだして声をかけたのはクロイ。
正直もっと前から二人のことは見つけ出していたが12歳には上手く立ち入ることのできない年上のお兄さんたちの悩みにどん引き――声をかけるタイミングが掴めなかった。
今ですらやっと会話が止まったと思い除けば汗ほとばしり涙を宙に振りまきお辞儀し続けるいくつも年上のお兄さんにどういう顔をしていいのかわからない。
「あぁすまない、今行くよ。本選で必ず僕は結果を出す。そして注目を浴びてプロになるんだ!無職じゃ絶対、彼女ができないから!」
真っ赤に晴れた目元以外、凛々しく顔を作り直す男がキリリと一歩一歩に厚みを加えてクロイを追い越し歩き出す。
――その背中に、語る言葉は愛の奴隷。
「あとカオル兄ちゃん!大変だよ!みんながカオル兄ちゃん本選メンバーからはずすって言ってるんだ!」
朱雀院カオルは釣られ涙がまだ収まらずに立ち止まっていたが「なに!?」っと聞きづてならぬなとクロイを地獄突きする。
「ッゲホ!」
「こら、冗談も大概にせい!吾輩が何故本選メンバーからはずれるというのだ最強だぞ。吾輩明らかに今大会最強だぞ」
「いったたたぁ――なんかさっき新崎浄監督がでてきたルールが変わったんだって。メインウエポンに制限がかかるんだって。TTT-Gは使えないんだって」
朱雀院カオルは唇をハの字に曲げて不満を表現してクロイの脇腹をくすぐる。
「ッィアハハハ!やめ、やめてカオル兄ちゃん!」
朱雀院カオルはそれは真面目かと問いかける。
クロイは朱雀院カオルの両手を抑えながらコクリコクリと頷いて、それに続けてあろうことか屈辱的状況に朱雀院カオルが陥っていることを告げられる。
「だからこれから朱雀院カオルが本当に本選にふさわしいか全員と勝負するんだって!TTT-G抜きでカオル兄ちゃんみんなと戦わないといけないだよ!負けたらすぐに追い出すって舞妓お姉ちゃんが――」
朱雀院カオルは洗面所の蛇口をひねると手を洗い、そのまま濡れた手で髪をかき上げるとその顔は怒りに満ちて、鋭い眼光を見せていた。
見えざる手が働いた。その真意も正体もどうでもいい。
「吾輩を愚弄するのもいい加減にしろ――」
朱雀院カオルはクロイを置き去りに大黒舞妓たちのいるVIPルームへと足早に歩き始めた。
――最強を疑う
――ならば示そう
――朱雀院カオルに死角はないと




