ニート・退去勧告されるも無視する。
朱雀院カオルが人生の変化に気付いたのは高校に入ってすぐのこと。
それまではピアノのレッスンだったり、学習塾に通ったり、総合武術の稽古に通ったりとこのまま何事もなく今まで通りの人生を進んでいればすべてはマルク、幸福な人生が待っていたに違いなかった。
それがとちくるってしまったのはたった一つのアイテム。
パソコンとの出会い。
高校進学とともに生徒一人ひとりに学習デバイスとして配布されたその機器は何の弊害もなく全国各地の平民たちとコミュニケーションが図れ、なんならオンラインゲームというものですぐに仲良くなることができた。
それは朱雀院カオルにとって革命的な出会い。
なにせ今までこんなにも自分の思った事をなんのためらいもなく発言できて、それにたいしてなんのフィルターも通さずに反応が返ってくることが新鮮だった。
朱雀院という名の一族は数えきれない親戚がいるほどの財閥の家系であり、カオルの父も日本のカジノ業界を支配する名の知れた男であることから、友人とかろうじて呼べる間柄でも一線は越えれない壁を感じていた。
だからこそ、朱雀院カオルは失敗して敵にやられれば率直に罵倒され、一人で何人もの敵をなぎ倒したときに画面に流れるGOOD JOB!という反応が心地よかったのだ。
そして今日も彼はその心地よい勝つか負けるかの世界に浸り離れることができずにいる。
「ったく、エリーには困ったもんだ。何故わからないのかなぁ。こうして全世界の人々とコミュニケーションを図ることの有意義さが」
――コンコン
「何かな?」
優しく二度叩かれた扉からはいってきたのは先ほど容赦なくコンセントを引き抜いたエリーという女性ではなく、白いエプロンをした腰よりも長い金髪が目立つ女性。
「――カオル、いいかしら?」
「母上、なんでしょうか?」
「あなたがそのゲームに夢中になるのはもう私達はあきらめました。けれど、そのゲームで度々奇声をあげるのはやめて欲しいの。ただでさえあなたが登校拒否をしているものだからご近所の目もあるというのにそんな大声が周りの家に聞こえてしまっては私達外をあるけたものじゃないわ。それにわかっているの?時間は無限じゃないのよ?あなたはもう17歳になるのでしょう?もう丸一年学校にいってないのよ?わかっているの?それがどういうことなのか?かろうじてお母さんが学校にお願いしているから留年てことはなかったけれど。お母さんも2年生になってから学校にいってくれないとかばってあげられないからね?わかってるわよね?」
カオルは返す言葉もなくうなづく。
けれどその行為がまた母親の勘に触ったらしく母親の言葉に拍車がかかってしまった。
「そうやって毎回毎回聞いたふりだけしているけどあなたそれじゃあ本当にダメなんですからね!あなたは長男なの!いずれは朱雀院グループを引っ張っていかなければいけない人なの!朱雀院グループには何十万人て人が働いているのよ!その上に立たなきゃいけないあなたがこうやって努力もせず自堕落な生活を送っていていいとおもっているの?いい加減にしなさい!」
カオルは黙って聞いていたが立ち上がる。
「ふんっ聞いていれば朱雀院朱雀院と小うるさい。じゃぁ朱雀院でなければいいのだな!私のこの17年間その17年間で今この時が一番いとおしいのだよ!それは何故か?この世界では私は朱雀院ではないからだ!この先には朱雀院なんて名前の価値を気にせず気さくに関わりを持ってくれる人がいる。今までにない人生の淀みだって話してくれる。朱雀院でいても楽しくないのだ!朱雀院だと朱雀院を演じるしかないのだ!朱雀院でいるかぎり私に関わる人間は朱雀院にかかわりを持とうとしているにすぎないのだ!誰も私をみない!私自身の価値なんて私自身の努力なんてだれも評価しない!彼らが見ているのはすべて朱雀院という名前だけなんだ!朱雀院という名前でしか評価されないのだ!だったら勉強しようが稽古をしようが朱雀院という名前だけしか見られないなら学校に行って努力したって意味ないのです」
カオルの反論に母親は長い溜息がこぼれる。
これが反抗期というものなのか、それとも裕福に育て過ぎたが故にわがままにそだってしまったのか、どこで息子の教育を間違えてしまったのか。
大きな口を叩いても自分で1円すら稼いだことのない息子が朱雀院でなければいいなどと、家を捨てるような発言をしていることに落胆してしまう。
朱雀院は日本を代表する名家でありその家に産まれたことの幸福さを口にするならまだしもそれが人生の足かせになっているような口ぶり。
母は笑った。
「そうですか。わかりました」
母は立ち去る。けれど、一言言葉を置いていった。
「カオル、1週間あげます。家を出ていきなさい」
「それはどういう――」
所詮は脅し文句だろう。
カオルはエリーに引っこ抜かれたパソコンの電源を刺しなおしてまたゲーム画面に戻る。
「母ちゃんが家でてけってさ――」
カオルはそれからの一週間、またゲーム画面に向かい続けた。