エピローグ
「キ……キティ!」
四人は奈良樹の寝泊り小屋のテーブルについて話をしていたが、ボウストはフードを取った女性の顔を見て驚きの声を上げた。
「ちょっと! ボウスト、気付いてなかったのっ?」
「フードを目深に被ってたら、顔なんか殆ど見えないじゃないか!」
ボウストは言い訳しながら、キティの顔をまじまじと見た。
「最っ低ーーー! 恋人なんだから、顔見なくったって声でわかるでしょうが!」
キティは本気で怒ったかのようにボウストから顔をそむけた。
「まぁまぁ、キティさん。怪我人をそんなに怒るのはよくねぇ」
奈良樹がキティをなだめる。
「えー。でも、恋人なんだったら一発で分かるべきですよ」
「そうよねぇ! さっすが秋留ちゃん、話がわかるわぁ」
かつての仲間であり恋人でもあるキティは、ボウストと別れてからも変わっていないようだ。
相変わらず口煩くてボウストを困らせる事に闘志を燃やしている。
「捜すの大変だったのよ。あんた、変な所通り過ぎ!」
ボウストは人目を避けるように旅をしていた。だから必然、立ち寄った町や村にあまり痕跡を残していない。
「悪かった、キティ。機嫌を直してくれ」
ボウストは素直に謝る。どうせ何を言っても、それ以上の言葉で責められるだけなのだ。
「そうやってすぐ謝れば何でも許されると思ってるんだから……。まぁ、いいわ。もうあたしを置いてどこかに行かないでね」
キティは目に涙を溜めながらボウストを見つめた。あまりに真剣なその瞳に、ボウストは目が離せない。
「キティ……」
それ以上、何も言えずにボウストはキティを抱き寄せた。
秋留と奈良樹がそっと席を立つ。
キティは儚げに肩を揺らす。その弱々しさを守ろうとするかの様に、ボウストは一層きつくキティを抱き締めた。
「………っ……」
嗚咽のような声が、キティの喉から漏れた。
そこまで寂しく思っていたのかと、ボウストはしんみりした気分になる。これからはもっとキティの事も考えてやらなければと、ボウストは心の中で反省した。
「……ぷっぷぷぷぷぷっ! あっははははははは!」
突然の笑い声に、ボウストは首をかしげた。
「なぁにシリアスやってんのよ。笑っちゃうわ〜」
あろうことか、キティはこの期に及んでボウストで遊んでいるのだ。
「全く、こんなんに騙されるんだから、ボウストは子供なのよ〜!」
確かに、ボウストはキティより二つ下だが、子供扱いされるような年齢ではない。
「キティ!」
ボウストは、先程とは別の意味で言葉をなくす。考えてみれば、そんな殊勝な女ではないのだ。
「ふふっ……」
席を立ったものの、行く場所がなく近くで聞いていた秋留が笑う。つられて奈良樹が笑い、ボウストも笑った。
さっきまで生きるか死ぬかの戦いをしていたのが、こうしていると嘘のようだ。だが、笑うと痛む身体が現実を物語っている。
「で、なんか用があったんだろ?」
奈良樹はさっさと席に戻ると聞いた。奈良樹の怪我は秋留の持っていた薬で何とか治っていたが、折れた肋骨はそう簡単に繋がる物でもない。だが、奈良樹は「ほっときゃ治る」と言って、固定すらしていない。
ボウストは奈良樹に言われてようやく当初の目的を思い出した。
「伝説の、鍛冶屋についての情報を」
ボウストの言葉に奈良樹は眉をひそめた。まるっきし知らないわけではないが、知っているとも言いがたい。
「どんな事でもいい。知っている事を教えてくれ」
奈良樹は目をつぶり、情景を思い浮かべる。
「極寒の大地にある灼熱の溶岩地獄。活火山の胎内に、それはいる」
親父から聞いた話だ。と奈良樹はつけ加えた。
そんな所に行く奴も、そんな所に住む奴も、気が知れないと奈良樹は思う。
「か……活火山……」
秋留が嫌そうな声を出した。
「場所はわかるか? 山の名前は?」
「いや、そこまでは知らない。親父が生きてれば、もう少し詳しい事が分かったかもしれないが」
「世界地図はある?」
今まで黙っていたキティが奈良樹に聞いた。奈良樹は自分の後ろにある棚に手を伸ばすと、分厚い本を取り出した。
キティが一頁目を開く。
世界の大雑把な地図がそこに出ていた。
「亜細李亜大陸の、北山がココ」
言ってキティは、北山の場所をくるりと指で指した。
「伝説の鍛冶屋は遥か北に」
ボウストが言う。キティはツツーっと指を地図の上を走らせる。
「ここから一番近い山は、亜細李亜大陸の不死山。でも極寒の地と言うくらいだから、常冬の大陸のどこかだと思うの」
世界は大きく分けて三つの気候で分かれている。南にある三大陸は常夏で、亜細李亜を含む真ん中の四大陸は四季があり、北の三大陸は常冬になっている。
「常冬の大陸って言ったら、バーム大陸か、ワグレスク大陸か、アステカ大陸だね」
秋留が地図を確認しながら言った。
「活火山なんてそう多くないから、近い場所から総当りするしかないわよね」
キティは言って次の目的地を差した。
「バーム大陸、ガドレア山」
「行くだけでも、随分掛かりそうだな」
ボウストが言う。
地図では高々五センチといったところだが、実際に行くとなると半年近く掛かるはずだ。
ボウストは秋留を見る。
「もちろん、ついて行くよ。……邪魔じゃなければ」
もとより、今の秋留には行く所も帰る所もないのだ。しかも、冒険者としての登録さえしていない。秋留は最初からボウストについて行くつもりだった。
「邪魔なわけないじゃない。ボウストを置いて、秋留ちゃんと二人で行きたいくらいよ。魔法も色々教えてあげるわ」
キティは笑って言った。
「本当ですか? わ〜い」
「じゃあ、どっか町に着いたら冒険者として登録して、ラーズ教団で魔法使いの認定を受けないとね」
ボウストは一人取り残され、女達だけで話が進められている。だが、そんな様子もボウストにとっては微笑ましかった。ボウストは一人で生きてきた今までを振り返る。話し相手も居ず、夜も眠れない。そんな寂しい一人旅とは、もうおさらばだ。
「行くのか?」
奈良樹が問う。
「あぁ!」
ボウストは力強く答えた。
その瞳は眩しいくらいの金色に輝いていた。




