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Degrade  作者: 我道&九尾
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第三章 旅立ち

「そんなのってないよ!」

 春菜の声が狭い部屋に響き渡った。

 あの戦いの後、傷を負ったものは村に唯一の病院へ皆担ぎ込まれた。

 一番重症だった春菜も、秋留の応急処置が効いて今はピンピンしている。ボウストや秋留、他の村人達も、司祭の力によって傷が癒されていた。

 秋留達の家の一室で、村長と春菜と秋留は向き合って座っていた。

「春菜……」

「秋留は、分かっておるな?」

 村長は静かにそう言った。

「……はい」

 秋留も静かに応えた。

「そんなっ! 秋留お姉ちゃんまでっ!」

 春菜は一人怒鳴っていた。

「春菜、仕方のないことなのよ。私は皆の前で言霊を使ってしまったのだから……」

「魔女って言うのっ? 秋留お姉ちゃんは皆を助けたのに。助けるために戦ったのに!」

 雫沫では言霊は忌むべき力。魔女の証。村長は村の存続を考えて秋留を追放しようとしているのだ。

「春菜、誰もそんな事は思っとりゃせんよ。ただ……、しきたりなのじゃ」

「そんなしきたりなんていらないっ!」

 だだっ子の様に春菜が泣き叫ぶ。

 言霊が使えるとは言え、たかだか十七の小娘に何ができるであろう? 村を出て、生き残れる可能性は少ない。

「言霊は穢れの証。言葉に魔を宿らせ、人を、自然を操る。大きな言葉の代償は、全て自分に降りかかる。危険な力じゃ……」

 秋留には物心ついた時からこの力があった。面白がって母に見せたら、怒りながら泣いていたのを覚えている。

 (どうして……どうして? 秋留は普通の女の子なのに……。秋留、その力は使っちゃダメ! 分かる? 危険な力なの。人に見せちゃいけない力なのよ!)

 母は夜通し秋留に言って聞かせた。

 秋留は、母の剣幕に押され訳も分からず頷くだけだった。

「春菜、よしなさい。冒険者になるのが少し早くなっただけだよ」

 秋留は春菜に優しく話し掛ける。

 春菜を置いて一人で出て行く事、春菜に寂しい思いをさせてしまう事。二人っきりで生活してきたのだ。人一倍別れがツライ。

「秋留お姉ちゃん……」

 春菜も覚悟は出来ていた。ボウストに秋留を連れて行くことを頼みもした。でも、こういう別れじゃない。想像していたのは、こういう別れじゃない!

「もう、村には戻れないの? 魔女だから、村には住めないの?」

 春菜は村長に問う。涙で頬を濡らしながら。

「ひとつだけ、方法はある。じゃが、秋留は選ばないじゃろう」

「何? 方法って何っ?」

 秋留には予想がついていた。すなわち、

「魔力を捨てる事じゃ」

「魔力を……捨てる……?」

「お前らの母がぃるガイア教会本部で、そうぃう事ができると聞ぃた事がある」

 秋留が魔力を捨てるという事は、冒険者になるのを諦めるという事。秋留の細腕では到底戦士や剣士にはなれそうにない。魔力もなく、力もない女が簡単に生きていける世界ではないのだ。

「私には、……できない……。ごめんね、春菜」

 秋留は真っ直ぐ春菜の目が見れず、俯きながら言った。

「…………」

 春菜はそんな秋留を見ると、寂しそうに目を伏せた。

「今日はもう遅い。明日の朝出ると良かろう」

 村長はそう言うと、静かに部屋を出て行った。

「ボク、秋留お姉ちゃんが村を出るのは構わないけど、皆に誤解されたままで行って欲しくないよ……」

「うん……わかってる。……今日はもう寝よう」

 秋留はそう言って部屋を出た。

 別室で眠るボウストの寝息が、秋留の決心を固めさせた。

「明日、村を出るわ」



 翌日、朝早く起きたボウストは、昨日と同じ様に漂う美味そうな食事の匂いに気づいた。

 脇腹の怪我はすっかり良くなり、ボウストはいつもの様に伸びをする。衣装ダンスの上にある鏡で簡単に髪を直すと、ボウストはダイニングへ向かった。

 トントントンと心地よい音を立て、秋留が包丁を使っている。

「おはようございます」

 秋留は振り向きもせず言った。

 後ろに目がついているのかと思うくらい正確なタイミングで、ボウストは少し驚く。

「早いものだな」

 ボウストは驚いた気配を見せないように、秋留の後姿に話し掛けた。

「ふふっ。本当は私、朝は弱いんですよ。でも、お客さんがいる時くらいは、ネ」

 茶目っ気タップリに秋留は応える。

「身体は大丈夫ですか?」

「あぁ、寝たら治ったよ」

 ボウストは珍しく冗談を言った。

 普通は寝て治るモノではないのだ。いくら魔法で治療されたとは言っても、失った血や体力が戻るわけではない。

「ふふ、私も寝たら治りました」

 ボウストからは背中しか見えないが、それでも楽しそうなのが分かる。

「昨日は、凄かったな」

 ボウストは思ったままの感想を素直に述べた。その言葉に秋留の手が止まる。

「何がですか?」

 振り向きながら、訊ねた。

「初めて見たが、アレが言霊の威力か……。凄いものだな」

 訓練すればある程度の者が使える魔法とは違い、言霊は生まれつきその能力がない者にはどう足掻いても使えない。

 しかも、能力者自体がそう多くなく、持っていても隠している場合が多い。

 言霊を研究している学者もいるが、謎が多く未だ殆どが解明されていない特殊な能力だ。

「あれは、風の精が手を貸してくれたから……。私、自分の力だけだと大した言霊は操れないの」

 一般的に言霊というものは、能力者が発した言葉が現になり戦闘では補助的な役目を果たす。例えば、敵に暗示を掛け戦闘意欲を無くしたり、味方の足を速くしたり……。目に見える、生のある者だけに有効なのだ。

 しかし秋留の場合、その潜在的な能力のためか、目に見えない精霊や元素霊に干渉したり、薬草や血等を触媒にして言霊の持つ力以上の効果を発揮する事が出来るのだ。

 その分、力の代償は大きい。

 秋留の傷は司祭の回復魔法によって見た目だけは塞がっていたが、実態はほとんど治っていないのと同じだった。

 大きい力の代償は、それを使った本人に重く圧し掛かるのだ。疲労感もボウストの数倍は大きい。

 ボウストは言霊についてあまり詳しくなかったし、秋留が普通に振舞っていたからその事には気づかなかった。

「今日は、やはりついて来る気なのか?」

 ダイニングテーブルの椅子を引き、座りながら聞いた。

「はい。ボウストさんが嫌だと言ってもついて行くつもりですよ」

 秋留は出来た料理を綺麗に皿に盛るとボウストの前に置いた。ホカホカと湯気の立つそれは、ボウストに食欲を思い出させる。

「美味しそうだな」

 ボウストは言った。

「料理も苦手なんですけどね……」

 秋留は少しはにかみながら答えると、別の料理も次々にテーブルに乗せていった。

 表面を軽く焼いたトースト、干肉と山菜のスクランブルエッグ、可愛くタコの形になったソーセージ、ジャガイモの冷製スープ、自家製ジャム。

「春菜を呼んで来ますね。そしたらご飯にしましょう」

 そう言って秋留が部屋から出て行ってしまうと、ボウストは手持ち無沙汰に部屋を見回した。

 小奇麗に整頓された食器棚の上には、薬草学、魔法書、冒険者手引きなど、さまざまな専門書が乗せられていた。おそらく、今までに秋留もそれを読んだのだろう。

 昨日見たところでは、薬草について詳しいのかもしれない。

 そんな事を考えているうちに、秋留が春菜を伴い戻ってきた。春菜は眠そうに目を擦りつつ秋留の後ろを歩いていた。

「ボウスト、……おはよー。いただきまーす。」

 眠くても食欲とボウストに対する気持ちは薄れないようだ。春菜はボウストの隣に座ると、一人で先に食べ始めた。

「ボウストさんもどうぞ召し上がってください」

 秋留に促されボウストはスクランブルエッグを少しトーストに乗せ口に運んだ。一口、二口噛むとやはり腹が空いている事を思い知らされる。

 程よく効いたコショウが食欲をそそった。

「美味いな」

 ボウストは思ったことをそのまま口に出した。秋留があからさまに動揺して、食器を鳴らした。

「あの……そういう事言われると照れるのですけど……」

 初々しい秋留の反応は、ボウストに死んだ母親を思い出させた。思えば母さんも照れ屋だった。もう何年も両親の事を思い出していなかったのに、こんな家庭的な内容を思い出すなんて。

 秋留といると少しずつ昔の自分に近づいていくような気がするとボウストは思った。不思議にそれは嫌な事ではなかった。

「ボウスト達、新婚夫婦みたい」

 微妙に仲間ハズレにされた春菜は、少し拗ねてそう言った。ここにいるのが春菜じゃなかったとしてもそう思っただろう。

「ルナ! ヘ……変な事言わないの! ボウストさんに失礼でしょう?」

 秋留は怒ったが、頬を赤くしたままでは何の迫力もなかった。ボウストに至っては、どういう反応をしていいかわからず出された食事を黙々と食べ続けた。



 そんな微妙な空気のまま食事が終わり、ボウストは寝るために使わせてもらっている部屋に引き上げた。

 ポイズンベアの皮を薄く裂き毛をむしり取った鞄は、食料やら薬草やらで少し膨れていた。

 昨日の内に買ったものは既に整頓してある。だからいつでもここを出て行ける。そう思いながらもボウストは鞄の中を見たり、武器の手入れをしたりして留まった。

「やはり変だな」

 自嘲気味に呟く。再起不能と囁かれてから現在まで、相手がいくら引きとめようとそれに従ったことはない。それなのに、どうして……。

 ボウストは秋留に惹かれ始めている自分に気付かない振りをした。それは同時に、秋留を危険な目に遇わせる事になるからだ。

「行くか!」

 迷いを振り切るように、少し大きめの声でボウストは言った。

 鞄の紐を肩に掛け、ボロボロになったマントを羽織る。黒く長いマントは、無くなった右腕だけでなく、ボウストの心まで隠しているようだ。

 ボウストは部屋を出ると真っ直ぐ玄関に向かった。秋留がついてくるとは言っていたが、ボウストは秋留に声を掛けようとは思わなかった。

 黒い編み上げブーツをしっかりと履くと、ボウストは玄関の戸に手を掛けた。

「そうやって、黙って行っちゃうと思ってましたよ………」

 秋留はボウストの後ろから声を掛けた。横には春菜も立っている。

「ボウストはさ、もう少し人を信じたら? ボク達は信用できない?」

 春菜は悲しそうな顔をしていた。

「………悪かった。春菜、お前にも世話になったな」

 ボウストは珍しく相手の目を見て言った。春菜も、秋留も、この家の者はボウストにとって心地良い。

「うんっ! ボウスト、秋留お姉ちゃんをよろしく頼むね。ほっとくと無茶ばっかりするからさ」

 さすが姉妹と言ったところか。春菜は秋留の事を分かっている。

「無茶なんかしないよ〜。痛いのやだもん!」

 そんな事を言ってる秋留を見ると、これから行く所があんまり危険じゃないように聞えるから怖い。

 秋留は軽口を叩きながら自分もブーツを履いた。今日の秋留の服装は、昨日までのロングスカートと違って膝上十センチくらいのミニスカートだった。ブーツを履くために秋留が動くと、スカートからチラチラと白い太腿が見え、ボウストは目のやり場に少し困った。

「それにしても………、そのスカートはちょっと短いんじゃないか?」

 ボウストはためらいがちに秋留に言った。

「あ、これは、昨日の戦闘で裾が長いと邪魔だって事に気づいたから……。ダメ……かな?」

 短いスカートの裾を押さえながら秋留は訊いた。

「……………」

 ボウストはどう答えていいかわからず、黙って春菜を見た。

「まぁ、頑張ってモンスターでも誘惑するんだね。人間は誘惑されないから気にする必要ないよ」

 冗談交じりに春菜が言う。

「ヒドイ……」

 心底傷ついた風に秋留が目に涙を溜める。

 ……こんなバカなやり取りも、ボウストの目には羨ましく映った。

 家族か……。失ったものはとても多く、そして、大事なものばかりだ。ボウストはじゃれ合う秋留達を温かい目で見ていた。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 秋留は唐突に切り出した。湿っぽい別れは嫌いだった。村を出たら、魔力を捨てるまで戻ってこれない。秋留も、春菜も、既に覚悟を決めていた。

「秋留お姉ちゃん、死なないでね」

「ふふっ、何言ってるの? 大丈夫だよ。行ってくるね。手紙くらいは書くからさ」

 秋留は最後まで明るく振舞った。心配していたらキリが無い事を春菜は分かっている。

「ボウスト、目的が達成できたら、今度こそサインしにきてよね」

「……そうだな。考えておく」

 ボウストはそう言って先に外へ出た。秋留もそれに続き、春菜を振り返らないように後ろ手に戸を閉めた。

「案内は任せてください!」

 秋留は張り切るように言った。

「と言っても、村から山の麓までくらいしか分からないですけどね。あ、こっちが近道ですよ」

 そう言いながら、ボウストが初めて村に来た時に入ってきた村の入口とは逆の方向を目指す。秋留の指した方角は村の入口より一段と寂れていた。秋留の背の高さくらいの囲いが一応あるが、所々壊れている。壊れてとがった囲いは、あまりにも危険で通れそうにない。

「本当にこっちなのか?」

 あまりに寂れた方へ向かうので、ボウストは不安になって訊ねた。

「村から出るだけなら、入口から出なくても出れますからね」

 秋留はそう言って、壊れた囲いの一部を指した。

 なるほど、そういうことか。そこは他の囲いと違い、屈めば人が一人通れるほどの幅の穴が開いていた。

 秋留は悠々と壊れた囲いから村の外に出た。

「待つんじゃ、秋留」

 ボウストも秋留に続いて村を出ようとした時、後ろから声が掛かった。壊れた倉庫の壁に寄り掛かるように、村長が立っていた。

「む……村長………」

 秋留は驚いたようだった。

「私、行きます」

 決心を今一度、村長に言う。

「わかっておるよ。お前は昔から一度言った事は取り消さなぃ、頑固な子じゃったからの」

 村長は静かに言った。秋留はもう一度囲いをくぐり、村長に向き合った。

「昨日はきつぃ事を言ったが、わしはお前を憎んどるわけじゃなぃぞ」

「はい、分かっております」

 秋留も静かに答えた。

「村人だって誰一人お前を憎む奴はおらん。それなのに、しきたりで追い出す事を許しておくれ」

 村長は小さな身体を尚更小さく折り曲げて謝った。

「そんなっ! 村長、頭を上げて下さい。私は村のしきたりを恨んだ事はありません」

 村長の行動に秋留は動揺した。昨夜の事がなくても秋留は村を出るつもりだった。村長もそれを承知している。それなのに。

「あぁ、分かっておる。だが、しきたりを破る事の出来ないわしらが、まだ十七の娘を追い出している事も事実じゃ」

 村長は頭を下げたままそう言った。

「村長……。私は帰ってきます。やりたい事もやって、魔力を捨てて……。父と母と三人で戻ってきます」

 迎えに行くだけですよ。永遠の別れではないのです。

 秋留には村長の心が見えるような気がした。罪の意識にさいなまれ、昨夜は寝ていないであろう村長の目には、クマがびっしり出来ていた。

 だから、一言一句、言葉に力を込めて秋留は村長に諭した。秋留の言葉は言霊となって、村長の心を癒す。

「そうじゃな。秋留、無事に帰って来い。そして、この爺に土産話でもしておくれ」

「はい! 村長」

 秋留は村長の心に勝手に介入した事を、心の中で謝った。

「そうじゃ、忘れるところだった。わしはこれを渡すために来たんじゃよ」

 村長がそう言って差し出したのは精霊の短剣と呼ばれる物だった。

「これは?」

「精霊が宿ると言われている短剣じゃ。持って行きなさぃ」

 刃渡りが十五センチほどのその短剣には、風の精霊であるシルフの文様が描かれている。驚くほど軽いその短剣はすっぽりと秋留の手の中に収まった。

「村長ありがとう」

「気をつけて行くのじゃよ」

「分かってます。ちゃんと帰ってきますから、村長も身体に気をつけて、長生きしてくださいね」

 秋留はそう締めくくると、壊れた囲いから外に出た。ボウストも今度こそと後に続く。

「春菜の事は心配するな。わしらで面倒を見る」

 去りゆく秋留の背中に向かって村長は言った。

 秋留はゆっくり振り返ると、村長の目をしっかりと見た。

「はい。村長、行って参ります」

 あとは一度も振り返らなかった。


 村を出てから歩いている間に、ボウストはずっと気になっていたことを口に出した。

 ほんとはもう少し早く言うつもりだったのだが、村を出る間際に村長が登場したりして、言う機会を失っていた。

「一つだけ言っておきたい」

「え? 何ですか? かしこまって……」

 ボウストは秋留の顔を見た。

「とりあえず、その敬語をやめて欲しい。あと、ボウストさんって言うのもだ」

 ボウストは、旅の仲間に敬語を使われたり、さんづけで呼ばれたりするのは嫌だった。

 秋留と村長の会話を聞いていて尚更そう思った。

「ふふ。それは認めてもらったと考えてもいいんですか?」

 嬉しい気持ちを隠しきれず、秋留はボウストの顔を見た。照れた風にそっぽを向いているボウストを少し可愛く思う。

「ボウスト、これからよろしくね」

 秋留が改まって言って左手を差し出した。秋留の自然な動作に、ボウストの方が戸惑った。本来なら右利きなのだ。無い腕を出そうとしている自分を失笑し、慌てて左手を出す。

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 がっちりと交わされた握手は、ようやく昇ってきた朝日に照らされ、神秘的に輝いていた。



 丁度その頃、雫沫の北西でそれは鉄を打っていた。

 狭く暑苦しい部屋に、鉄を打つ音が鳴り響いている。

 北山には刀を作るのに必要な砂鉄がよく取れる。奈良樹(ナラキ)はこの山に身を置いて既に三十年経つ。

 もとは雫沫で父親とともに刀鍛冶をしていたが、先の第三次封魔大戦で父親を亡くした後は一人ここに移り住み、偏屈な鍛冶屋として三十年も鉄を打ってきた。

 しかし、奈良樹の思うような刀はいまだ打てていない。その事に奈良樹は苛立っていた。

 雫沫にいる時はあまり手に入らなかった上質の砂鉄も、この山には驚くほど沢山ある。

 親父は名匠とも言われてなかったが、優れた匠であった。その親父の技術を盗み、自分の物としたはずなのに、どうしてこうも出来の悪い物しか出来ぬのか。奈良樹は苛立ち、それが刀に出た。

「くそっ!」

 水挫し(みずへし)と呼ばれる、玉鋼を熱して薄く打ち延ばしていく作業は、簡単なように見えて職人の経験と勘を必要とする難しい作業の一つだ。

 その水挫し中にバカな事を考えていたから、強く打ちすぎて玉鋼がバラバラになってしまった。

 奈良樹は苛立ちを抑えぬまま、打ちつづけた。

 いい音とは決して言えない変な音が部屋にこもる。バラバラになった破片が飛んでくると、奈良樹はさっと身をかわした。そして、持っていた鎚をその場に叩き付けた。

「くそっ! くそぉっっっっ!」

 強い思いは時に、業物と呼ばれるいい刀を作る時があるが、大抵は思いに打ち消されダメな刀が出来上がる。

 奈良樹の作りたい物はそんな安っぽい物ではなかった。

 最上大業物……までとはいかなくとも、せめて大業物と呼ばれるくらいの物を作りたい。そしていつか…………。

 奈良樹がまだ子供だった頃、父に連れられ行った城の剣術指南所にその刀はあった。子供の奈良樹にでさえ、一目でそれがただの刀ではない事がわかった。

 最上大業物。

 世界にまだ三工とも四工とも言われているその刀は、確かに存在したのだ。

 奈良樹はその刀の事を思い出すと、いまだに心が震えた。「いつか自分も」と、誓ったあの日を鮮明に思い描く。

「親父……」

 奈良樹は認めていないが、彼の打つ刀は決して悪い刀ではない。いくつかの業物を作った事もある。

 だが、奈良樹はそれで納得するような人間ではなかった。

「親父、俺に何が足りないんだ? 教えてくれ、親父ぃぃーーー!」

 奈良樹は吠えた。

 その声は鍛冶場を越え、北山中に響き渡った。



 ボウスト達は、北山の麓まで来ていた。

 ここに至るまでにモンスターが出たには出たが、いずれもボウストのインビシブルで回避してきた。

 無駄な戦闘は避けたいという点で、ボウストと秋留の見解は一致していた。

「ボウスト、ここから北山だよ。聞いた話によると、モンスターの宝庫・……らしいわ。嫌な所ね」

 秋留は心底嫌そうな顔をして、木々のそびえ立つ前方を見た。

 遠くからモンスターの雄たけびのような人の悲鳴のような何とも言えない声が響いたが、秋留はビビらないようにするのが精一杯だった。

「見通しが悪いな……。ここからはインビシブルは使えないようだ」

 ボウストも前方を見たまま言った。

 インビシブルは敵からの身を守るのにはうってつけだが、味方からも姿が見えないのが欠点だった。

 まさか仲良く手を繋いで山を登るわけにもいくまい。ボウストに至っては片手がないのだ。そんな事をしていたら、もし昨夜のマルボロみたいな能力を持った奴が居ようものなら一撃でやられてしまうだろう。

「やっぱり、戦わなくちゃいけないのね」

 そういう秋留は嫌そうな顔を保ったままだ。

 短いソフトデニムのスカートに、オーバーニーの黒い靴下、同じく黒のロングブーツ、ピンクのタンクトップ、その上からデニムのジャケットを着た秋留は、山登りにも戦闘にも向いてないように見えた。

 ボウストは出来る限り秋留を戦闘に巻き込みたくなかった。秋留の強さは昨日見たが、それでも秋留は冒険者ではないのだ。

「戦闘に入ったら無茶はするなよ」

 ボウストは釘をさした。

「分かってますぅー!」

 秋留は不貞腐れて口を膨らませた。どうやら緊張は解けたようだ。

 山の中を進むにつれ、そこがいかに異様かが見えてくる。

 木々はクネクネと太陽に向かって伸びていた。人が身をよじるように見えるそれが、折り重なり絡まりあって生息しているため、上を見ても太陽の光はほとんど見えない。

 隙間から辛うじて差し込んでくる光だけが、今が夜じゃない事を教えていた。道は悪路と言って差し支えのないものだった。カサカサになった葉っぱが転がっている石を隠している。時折秋留がそれにつまづき、その度にボウストのマントにしがみついた。

「そんな靴履いてるからだぞ」

 秋留の靴は踵が少し高くなっていた。しかも、その部分は細い。

「この服に合いそうなのが、この靴しかなかったから……。でも、可愛ければいいの!」

 転びやすい靴で、危ない場所に行こうとする秋留の気持ちがボウストには全然分からなかった。

「まったく!」

 ボウストは少々呆れて溜息をついた。

「思ってたよりモンスターが出てこないね」

 秋留は話題をそらすためにそんな事を言った。

 ボウストも村を出てしばらくしてからそう思っていた。雫沫に着く前まではしつこい位に出ていたものが、今はニ、三匹といったところか。

 モンスターの気配自体はそれなりに感じられるが、一向に襲ってくる気配がない。

「ちょっとは、これが効いてるのかなぁ?」

 秋留は鞄の横ポケットから、小さな紙切れを出した。

「魔除けの魔法陣か……」

 四つに折りたたまれた紙切れには、六芒星と読めない文字や記号が書き込まれていた。秋留はそれに退魔の言霊を掛けて、出掛ける時はいつも持ち歩いていた。

「力を感じるな」

 ボウストにはうっすらと文字が光っている様に見える。

「ふ〜ん……。やっぱりなんかの力はあるんだね、コレ」

 秋留は何の魔法陣だか知らないが、母に貰った物だから大事に持っていただけなのだ。

 秋留が鞄に紙切れをしまっていると分かれ道が前方に現れた。秋留は北山を登った事はないし、ボウストに至ってはここらの住人ですらないのだ。二人は途方にくれた。

「どうする? 左はなんか嫌な感じがするよ」

 秋留は率直な意見を述べた。

 ボウストも左の道にモンスターの気配を感じ取っていた。

「左には複数の敵がいるな……。だが、だからこそそっちのような気がする」

「そう? ボウストがそう言うならついていくよ」

 嫌だけど……と小声でつけ足す。ボウストにもその声は聞えたが、聞えないフリをした。

 それよりも前方のモンスターに気を配らなくてはならない。秋留にもボウストの緊張が伝わったのか、周りをきょろきょろしながら黙って歩いた。

 風がざわざわと木を鳴らす。今まで鳥の声くらいしか聞えてこなかった場所が、一瞬にして騒がしくなった。

 ボウストは身をこわばらせ、いつでも戦闘に入れるように静かにマジックレイピアに力をこめた。それが終わるか終わらぬかの内に、茂みから一匹のバウボアが飛び出た。

「グワオ!」

 犬と猪を足したようなそれは、俊敏な動きでボウストとの間合いを詰める。

 気がつくと茂みから次々とバウボアが出て、周りを囲んでいた。

「ブオーーーッ」

 雄たけびと共に最初のバウボアがボウストに飛び掛った。ボウストはバウボアに向かって真っ直ぐレイピアを構える。

 突っ込んできただけのバウボアは、避ける事も出来ずに串刺しになった。

「ブオ! ブオッ!」

 それを見ていた他のバウボアが一斉に吠えた。

 ボウストは刺さっていたバウボアを他の仲間に向かって振り落とした。

 猫ほどの大きさしかないそれは、仲間の死骸に押しつぶされ動かなくなった。

「ブホォ! グオー」

 二匹の仲間が倒された事で、バウボアの怒りは頂点に達したようだ。

 残りの十数匹のバウボアは隊列を組むように整列し、こちらの気配を窺いながらじりじりと迫ってくる。

「ガゴォ!」

 一匹の合図で、一斉に全てのバウボアが地面を蹴った。

 その時!

 ふわぁ……っと、優しい香りが辺りを包んだ。

「大地の子らよ、母なる大地に抱かれて、眠れ」

 秋留は香りに負けないくらい優しく唄った。秋留の手の中で甘い香りを放つ粉が、風に吹かれ飛び散る。

 興奮していたバウボアは、秋留の歌声を聞いて次第に安らいだ。今にもボウストに飛び掛ろうとしていた一匹も、その場でうずくまる。

 秋留は十数匹のバウボアを全て眠らせたのを確認すると唄うのを止め、ボウストを振り返った。

「殺したく、ないよ」

 秋留は悲しそうに言った。

「そうだな」

 ボウストはレイピアについた血を拭い、鞘にしまった。

 寝ているバウボアを踏みつけないよう気をつけながら二人は歩いた。


 どのくらい歩いたのだろうか?

 不気味な木々が太陽を隠しているせいか、時間の感覚がよく分からない。

「疲れたよ〜。ボウスト、休憩しようよ」

 先ほど言霊を使ったせいで、秋留は通常より疲労していた。

 時折吹く風がボウスト達の気を紛らわせ少しは疲れを癒していたが、それでも足はジンワリと痛くなるし目的地までの時間がどれだけ掛かるのか分からない。不安は募るばかりだった。

「しょうがないやつだな。あの木の根本で休むぞ」

 ボウストはそう言って目の前に立つ木を指した。クネクネした木が多い繁る中、一本だけ真っ直ぐ伸びた太い木。

 クネクネした木もその真っ直ぐな木には絡まっていないようだ。そのせいで、木の周辺を円く日が差している。それだけでやたら神聖な木の様に見えた。

「凄い立派な木だね」

 近くで見るとより一層太く見える。大人二人が手を広げて繋ぐと調度くらいの太さだろうか?

 ボウスト達は、その幹に寄り掛かり腰掛けた。

「鍛冶屋の所までどれくらいかなぁ?」

 秋留は鞄から何やら包みを取り出して、ボウストに渡した。

「何だこれ?」

「今朝作ったの。お腹空いたでしょ?」

 鞄から水筒も取り出した秋留はボウストのために、トポトポといい音を立ててよい香りのするお茶をコップに注いだ。

「これはね、普通のお茶じゃなくって薬草も入ってるんだよ。疲れが取れるから飲んで」

 ボウストは渡された物をしげしげと見つめていた。そしておもむろに包みを開ける。中からは形良く握られたオニギリが三つと、漬け物が少し添えられていた。

「美味そうだな」

 ボウストは秋留の心遣いに自然と笑みを零した。色々と気の利く娘だと、隣に座る少女を見る。秋留は自分用の包みを取り出して、それを開けてるところだった。

「食べないの?」

 食べようとしないで自分のことを見ているボウストを不信に思って、秋留は訪ねた。

「あ、いや。いただきます」

「うん、いただきま〜す」

 秋留は口一杯オニギリをほおばった。ボウストも負けずにオニギリを口に入れる。米にほんのりついた塩味と、中身の肉そぼろが二人の食欲を煽った。

 黙々と二人は食べ続けた。オニギリが一つ減り、二つ減り……。あっという間に全て食べ終わる。

 秋留の注いだお茶が喉を潤し、疲れを癒した。

「ふぅー」

「足りた?」

 秋留は一休みしているボウストに訊ねた。

「あぁ、ちょうど良かったよ」

 ボウストはもう一杯お茶を貰うと、それを一気に飲み干した。

「よかった。どのくらい食べるか分からなかったから、ボウストの方はちょっと大きめに作ってきたんだ」

 言って秋留もお茶を飲む。モンスターの巣窟である山に来ているというのに、こんなにノンビリした気分になるのは、秋留のおかげなのだろうか?

 先ほどまで出ていた日が急に陰り、ボウストはふと上を見やった。

 何かがおかしい……。

「立て! 秋留!」

 ボウストは慌てて秋留の手を引っ張った。立てらしてあった水筒が秋留に触れて転び、お茶が周りを濡らす。

「何? 急に? ボウストのせいでお茶が零れちゃったよ!」

 秋留は少し怒って言った。それでもボウストは秋留の手を引っ張り、木の根本から離れた。

「上を見ろ」

 ボウストは声を押し殺して言いながら、顎で上を指す。秋留はそれに釣られ上を見た。 先ほどまで秋留達が寄り掛かっていた木は、何かの生き物の様に枝を揺らし、隣に生えている木と合体するかのようにくっついていた。

 最初に見た時には、後光のように射してた日が枝に遮られ何も見えなくなっている。

「何あれ………」

 秋留は信じられない物を見るかのように呟いた。

 ヘビのように枝が動いている様はまるでおとぎ話で読んだ伝説のモンスター、メデューサの頭みたいだ。

 その枝の一つが秋留が倒した水筒を叩き割った。

「あぁ! 私のマジックポットがっ! 高かったのよ、アレ」

 秋留はまたもや緊張感のないことを言った。もし、あのままお茶を飲んでたら、秋留も水筒と同じ運命になっていたことだろう。

 秋留が文句を言っている間も、木は辺りを手当たり次第破壊し始めた。隣に立っていたクネクネしてた木はへし折られ、落ち葉は風に舞っている。その風に煽られ、渇いた地面の砂埃が小さな砂嵐となって、辺りを一層ごちゃごちゃにしていた。

 少し離れて見ていたボウスト達のところにまで、落ち葉やら砂埃やらが舞い飛び、秋留は目を押さえた。

「痛っ! 目に入った!」

 秋留は涙の滲む痛い目を擦った。喋っていると口にまで砂埃が入りそうだ。秋留は目を押さえながらフラフラと歩いている。ボウストは薄目でそれを見ると秋留の方に向かって手を伸ばした。

「そっちは危険だ! 秋留っ!」

 秋留は目が痛いのが気になっていた。涙が出るが、砂嵐がいまだに舞っているせいで目が開けられない。目を擦りつつ、時折吹く強い風に流され、異様な木の方に向かって歩いていた。

 落ち葉や砂が秋留を隠すように舞い、ボウストもあまり目を開けていられなかった。秋留に向かって必死に手を伸ばすが、フラフラと歩く秋留はどんどん木の方に向かってしまっている。

「秋留!」

 カサカサと葉が擦れる音と砂の音に掻き消されているのか、ボウストがいくら呼んでも秋留は応えなかった。

 ボウストは荒れ狂う風の中、秋留に向かって走った。伸ばした手が秋留の背負っていた鞄に届く……!

「きゃあっ!」

 秋留の悲鳴に、ボウストは何が起こったのかわからなかった。見ると、秋留は木の枝に捕まり宙へと運ばれている!

「秋留っ!」

 ボウストの手には秋留の小さな鞄だけが残っていた。ボウストはそれを後ろにほおるとマジックレイピアを抜いた。同時にそれに力をこめる。

「待っていろ、今助ける!」

 ボウストは目を開けることを諦め気配だけを頼りに木に向かって走った。木はボウストに容赦なく枝を伸ばす。

 右から左から襲いくる枝をボウストは剣を振り回して薙いだ。風は今はボウストを取り巻くように吹き荒れている。

「くそっ!」

 次から次へと枝が振り下ろされ、ボウストは木に近づく事さえ出来ない。

「ボウスト、危ない!」

 突然の秋留の声に、ボウストは後ろへ飛んだ。轟音と共にボウストはそのまま弾き飛ばされた。

「くっくっく! 久しいな、ボウスト」

 聞き覚えのある声が、頭上から聞こえる。同時に、先ほどまで暴れまわっていた木が収まり、辺りが静かになった。

「キルハートかっ!」

 ボウストは起き上がりつつ声のした方を向いた。魔族の気配にボウストの足が震える。

 動いていた木の一本の枝にキルハートは座っていた。その腕の中には、ぐったりした秋留が抱えられている。

「貴様っ! 秋留に何をしたっ!」

 伸びて動かない秋留を見てボウストは吠えた。

 キルハートの紫色の爪が秋留の頬を撫でる。

「うるさくされると困るからね、ちょっと眠ってもらっただけさ」

 そう言ってキルハートは自分の爪を秋留の頬に食い込ませた。ぐったりした少女の柔肌はそれだけで傷つき、血を流す。

「やめろっ! キルハート」

 ボウストは殺意を持った目でキルハートを睨んだ。ボウストとキルハートとの距離はあまりに遠く、しかも人質までいるためボウストは下手に動けない。

「ショーをね、やろうと思うんだ」

 キルハートはボウストの歯痒さを楽しみながら言った。

 とても楽しいのを堪えられないようなニヤニヤ笑いを口元に浮かべながら、キルハートは愛しそうにボウストを見つめる。

「このお姫さんを助けたかったら、明日の昼までにこの山の頂上まで来い。そこで決着をつけようじゃないか」

 罠か!

 ボウストはキルハートの真意が手に取るようにわかったが、それに従うしかない。

「秋留に手を出すなよ!」

 魔族相手に言っても無駄だとは思ったが、ボウストは釘をさした。

「そうそう、来る時にインビシブルでも使ってみろ。気づいた時点でこの娘を八つ裂きにしてやるから覚えておけ」

 キルハートはそう言ってさも大事そうに秋留を抱え直した。そして徐々に闇に溶けていく。

「土産にマウッドを置いていってやろう。楽しんでくれたまえ。くっくっく」

 キルハートのいた場所辺りから声が響くと、太い木が身をよじって暴れだした、辺りには再び砂埃が舞い、葉っぱが散る。

 ボウストは目を閉じた。

 今すぐにでも秋留を助けに行きたい。でも、頂上へ行く道は、マウッドと呼ばれた暴れ木の後ろにあるのだ。

 やすやすと秋留を攫われた自分に対しての怒りがつのる。だが、今はそんな事を考えている時ではない。

 ボウストはいつもの如くレイピアに力を送った。細い刀身が鮮やかに赤く光る。その色はまるでボウストの怒りを象徴しているかのようだ。

「うおぉぉぉぉぉーーー!」

 レイピアを構え、ボウストは走った。

 風がボウストを取り巻き、四方から木の腕が伸びてくる。ボウストはレイピアで次々と枝を落とした。だが、枝はいくつも連なって伸びてくるばかりだ。

 キリがない。ボウストはさっきと同じ状況に追い込まれていた。

 ボウストは大分前に聖龍サージに認められ勇者となっていたが、再起不能となってからは勇者特有の金色の目も薄れ、聖なる魔法が使えなくなっていた。

 今のボウストに使えるのはインビシブルなどの補助魔法と、簡単な攻撃魔法だけだ。

 ボウストは一旦マジックレイピアの力を解いた。レイピアの赤い光は一瞬にして消え、普通のレイピアとなる。

「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ、ヒートアロー」

 普通なら対個人用の攻撃魔法をボウストはマジックレイピアに掛けた。ボウストの魔法を受け、レイピアは再び力を持った。燃え盛る炎がレイピアから発せられている。

 マウッドはそれを見て少したじろいたようにボウストには見えた。木のモンスターであるマウッドは、他の植物と同じ様に炎には弱いはず。

 だが、ボウストはマウッド全体を攻撃出来るような、派手な火の魔法は使えなかった。

「行くぞ!」

 ボウストは自分に気合を入れ、同時にマウッド目掛けて走り出した。

 なんの捻りもない突進に、マウッドは再び枝を伸ばす。同時に風がボウストの行く手を遮った。

「ふふっ!」

 ボウストはそれが狙いだった。風が、レイピアを取り巻く炎を取り込み、ボウストの周りは火柱と化す。

 四方から枝による攻撃を仕掛けていたマウッドは、その火柱に触れ燃え上がった。

「キュアアアアアアアー」

 マウッドの甲高い悲鳴が辺りを包んだ。ボウストに向かって伸ばした腕がマウッドの苦しみを物語っていた。

 枝は軋みをあげながらのたうっている。その行動で、他の枝に火がつき、連鎖的にマウッドの身体を火が包んだ。

 ボウストの周りを囲んでいた風が止み火柱も同時に消えたが、マウッドを包んだ炎は消えることなく燃え続けた。

 ボウストが起こした火はマウッドだけを標的とし、回りの木には燃え移らない。ボウストは炎の剣と化したマジックレイピアを構えなおした。

「うおおおお」

 雄たけびと共に燃え盛るマウッドに向かって走り、炎の剣に力を込めた。燃え盛る炎が一段と勢いを増すと、ボウストはマウッドの太い幹に剣を突き刺した。同時に力を解放する。

「キュウウアアアアアアアーーーーーーーー」

 凄まじい悲鳴と爆発音をたて、マウッドはその場に倒れた。マウッドの身体から、まるで命が抜け出ているかの様に炎が消えていく。

 ボウストは肩で大きく息を吸うと、秋留の鞄を背負い頂上へ向かって走り出した。

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