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⑥ さよならのスタートライン!


「ごめんなさいでした!」


 魔法少女達が並び、本屋に一礼をして出て来る。先に出ていた伊達は彼女達に笑顔を送った。


 伊達との出会い頭こそシャッターを壊すという横暴を働いていた彼女達だったが、彼女達のこれまでの悪行はそれほどまでではなかったらしい。あの一件は一つ一つと悪事を重ねる毎に、感覚が麻痺してステップアップしてしまった結果だそうで、一軒一軒と回ったほとんどの店の店主達は彼女達が素直に謝ると二、三と小言をくれ、簡単過ぎるくらいに許してくれた。

 当の本屋にしても、伊達が「マジックです、ワン、ツー、スリー」とバカバカしく瞬時にシャッターを直してやったことに気を良くしたのか、問題には至らなかった。


「偉いな、お前ら」

「ううん、兄ちゃんに悪く無いって言われても、みんなには悪いことしちゃったし…… 謝らないと気分悪いもん」

「私達が助けたっていってもみんな知らないわけだし…… もし私の前に「お前を助けてやったから何かよこせ」っていう知らない人が現れたらどう思うかなって考えたら…… ね……」

「やっぱり商店街の人とは仲良くしていたいですねー」

「あはは~」

「ふふっ……」


 皆、殊勝に素直で、やはり一度立ち直ってみるとこいつらはヒロインなんだなと伊達は思う。茶色の子も嬉しそうだった。

 ――が、なんとなく、茶色の子は何か別の魔法少女とチームを間違えているのかもしれないと、彼女のことを思うとちょっと不憫にも思う伊達でもあった。


 その後ももうすっかりと暗くなり、各店の看板がそろそろと消灯されるような時間帯になるまで伊達は魔法少女達の謝罪に付き添い、一緒に謝り続けていった。

 変わらず、多くの店の店主は小学生の謝罪ということですぐに許してくれ、ほとんど伊達の出番はなかったが、どうしても許してくれない場合は彼の「顎を挟んだチョークスリーパー」「キムラロック」「ヘッドロックから頭に手を置き「少ないって漢字の下に毛って書いてなんて読む?」という質問攻め」などの巧みな交渉術により事なきを得た。

 ちなみに最後の交渉術を受けたのは布団屋のオヤジ。


 やがて可能な限り、全ての店を回り終わった伊達と魔法少女達は商店街の入り口へと戻った。


「じゃ、これでお別れだな。もう遅い時間だ、帰ったら怒られるかもしれんが、寄り道しないで真っ直ぐ帰れよ?」


 電飾すらない「日乃ヶ崎商店街」と書かれたアーチの下、伊達と少女達が向かい合う。


「兄ちゃんありがとう…… 今日は、ごめん」


 アオシが礼とともに謝りを入れると。残りの子もそろって「ごめんなさい」と頭を垂れた。長く続いた謝罪行脚(あんぎゃ)、少し謝り癖がついてしまったのかもしれない。


「いいってことよ、こっちも久々にいい運動になった。それよりもう、悪いことはしないな?」

「うん…… ほんとは別に…… 意地になっちゃってただけでやりたくなかったんだと思う。やってる時は楽しかった気もするけど――」


 少し照れくさそうに、アオシが他の子達に目線を配った。


「楽しかったのは、こうしてみんなとこのカッコで、レインボーシューターズとして一緒に何かやってる…… それが楽しかったんだよ、たぶん……」


 その言葉に何も言えず、きっと彼女らにも照れがあるのだろう、それでもはにかんでいる他の子達を見ながら、伊達は自分の頬が自然と緩むのを感じた。


「ねぇ、伊達さん」

「ん?」


 小さく挙手をするミサオ。当初大人びている印象を持っていた彼女だが、少し打ち解けた今、こうして見ると無理に背伸びをしているだけにも見えて微笑ましくもある。


「伊達さんも魔法少女―― いえ、魔法使いなんですよね?」

「ん…… ああ、まぁな……」


 そうではない、が、そうでもある。伊達としては微妙な答え方しか出来なかった。


「なら伊達さんは…… 何かと戦ってるんですか?」

「え……?」


 その質問に思わずと伊達は呆け、周りの他の子達は、はっとミサオに顔を向けた。


「そうだよミーたん! えらい! よく気づいた!」

「わー、そうですねー、妖精さんがいて魔法少女がいるなら敵もいますよねー」

「あっ……! それなら!」

「あはは~」


 魔法少女達の視線が伊達へと集まる。彼女達の表情は輝いていた。


「手伝う手伝う! 何と戦ってんの!?」

「及ばずながら、助太刀します」

「わ、私も…… お兄さんのお手伝いを……」

「あはは~」


 それは期待の眼差しだった。全てが終わっていらなくなってしまった力、どんなに過酷で怖くてもレインボーシューターズとしてみんなで戦え、もう一度その力を活かすことが出来る自分達の居場所に戻りたい。そんな彼女達の想いが詰まった眼差しだった。

 少女達の想いに対し、伊達は――


「そうだな…… じゃ、必要な時が来たら助けてもらうか」

「時っていつ? ねぇねぇねぇ!」

曖昧あいまいですね」


 そうだ、子供はせっかちだったなと、少し反省。


「お前達が強くなったらだな。今はダメだ。せめて五人がかりで俺を倒せるくらいじゃないと危なくて連れていけん」

「えぇ……? そんなぁ……」


 開いた口をへの字に、目に見えて情けない顔をするアオシ。今日はちょっとやり過ぎたかなと、これもまた少し反省。

 商店街のどこかからシャッターを下ろす音が聞こえ、伊達は少女達を見回した。


「じゃ、ほんとにもう今日は終わりだ。中々に楽しかったぜ、じゃあな」

「む~!」


 環境音が作ってくれた間を利用し、体よく別れを切り出そうとするもアオシは不満そうだった。他の子もそれなりに、寂しそうだったり落ち込んでいそうだったりという表情で別れづらさを演出してくれる。黄色の子は笑っているだけだが。

 伊達は「しょうがねぇな」と、今必要そうな言葉を置いていくことにした。


「じゃあ…… 二つほど教えといてやる。これ聞いたら帰れよ? ほんとに家の人に怒られるからな?」

「……何?」


 言った伊達に、皆の顔が集まった。

 顔は晴れないながらもちゃんと聞こうというそれぞれのポーズに、伊達は自分の話が彼女達の役に立つようにと祈る。


「まず一つ目、河川敷ではああ言ったが、はっきり言ってヒーローが平和を守って、給料が貰えるなんてことはまず無い」

「え? そうなの?」

「ああ、ヒーローってのは平和が欲しい、誰かを助けたい、それが目的で、それが欲しくて戦うんだ。そりゃ戦わなかった普通の連中も受け取っちまうし、自分だけ損したような気分にもなるがな…… やったらやったで自分が一番欲しいものが手に入るんだ。それはいいことだろ?」


 アオシの目が見開かれた。まさに目から鱗という感覚だったのだろう。少し考えれば子供でもわかる当たり前のこと。ただこれまでの彼女の目は曇り、不公平感という負の一面ばかりにフォーカスが当たっていたために気づけていなかった。戦って、勝ち取りたかったものは確かに彼女の手の中に、日常の中にあった。

 さといミサオはどこかで気づいていたのだろう。そんなアオシを見て、静かに微笑んでいた。


「ただな、戦ったヒーロー達だけが貰える、そんなものだってちゃんとある」


 それは伊達の経験則。確かでありながら、彼にも見えないもの。


「私達だけが貰える…… ものですか?」


 おずおずと、チャコが尋ね。伊達はうなずいた。


「ああ、貰える。そいつはカネだモノだなんてしょぼいもんじゃない。もっともっと、手にしてよかったと思えるもんだ」

「それってなに?」


 くいついてきたアオシの目に自分の目を合わせ、間を空けて、伊達はニッと笑った。


「それは、秘密だ」

「えええええ?」


 はっはっはっ、と、伊達は愉快そうに一笑した。


「何、心配しなくてもいつかわかる時が来る。だからそれまで、もう今日までみたいな悪いことすんなよ?」

「むぅぅ…… いじわるだー」

「いったいなんなのでしょうー?」


 皆が顔を見合わせる。彼女達の中にわかっている者はまだいないようだった。

 かく言う、伊達自身にもわかってはいない。それは当人だけにしか見えないもの。彼女達のものは彼女達一人一人にしか見えない、伊達が知る由も無い。


「はいはい、で、二つ目だ、まだ終わりじゃ無いぞ?」


 散っていった視線を自らに戻し、話す。


「これは大事な話なんだが…… 今持っている力は、もういらない力なんかじゃない」


 それは伊達が知る、世界の秘密。確かに在り、抗えないもの。


「え? でも…… もうブリザデスは……」

「ハッグマンちゃんももう終わりだって言ってましたー」


 伊達は静かに首を振った。


「力っていうのは、特に普通じゃない力っていうのは、意味が無ければ持てないものなんだ。いらなくなったら無くなるか、もう使う必要は無いと自分でわかる。だが今はそうじゃない、きっと使わなければならない時が来る」

「マ、マジで……?」

「それは…… 新しい敵……?」


 驚き方に混じる若干のオーバーアクション。驚嘆の裏側に活力の煌めきが顔を覗かせていた。


「さぁてな、新しい敵なのか、何かの事件に巻き込まれるのか…… それは俺にもわからん。ただ、意味の無いものはそうそう世の中には無い。何か来るその日まで、気を抜くなよ?」


 魔法少女達は一度顔を見合わせ、伊達を向いて強く頷いた。

 その顔は力強い笑顔で、楽しいことじゃなくて大変なことなんだがなと、伊達は一息苦笑した。


「さて、じゃあほんとのほんとにお開きだ。位置について」


 パンパンと手を叩きつつ、伊達が謎の号令をかける。


「へ? へ? イチ?」

「なにやってんだよ、ダッシュで帰らんともう家に入れてもらえなくなるぞ? そら、とっととお前ら、帰る方向に向けてダッシュのポーズだ」


 伊達のお開きの仕方が子供には面白かったのか、彼女達は笑い合いながらそれぞれが位置についた。アオシとモモ、ミサオとミドリとチャコ、魔法少女達が自宅の方向に別れてスタンディングスタートの体勢を取る。


「それじゃ…… よーい、ドン!」


 赤と黄、青と緑と茶。伊達の掛け声とともに散っていく。

 伊達の左に走っていった三人が遠くなり、一度振り返って伊達の視線に気づく。「さよなら」と手を振りながら、三人は更に遠く、黒髪と茶髪の女の子に戻った。その姿はどこにてもいる、普通の子供達――


「兄ちゃーん!」


 視線を右に送る。赤い女の子が山に叫ぶように口元に手をやり、黄色い女の子が後ろ向きで立ち止まり、赤い子を見ていた。


「いつか! 手伝いにいくからねー!」


 そして、手を振り、振り返って駆けだした。その子達も遠く、短い黒髪の元気そうな子供に戻り、街灯の下を家路へと駆け抜けていった。


「ああ、いつかな……」


 そんないつかは存在しない。なぜ、そんな嘘をついてしまったのだろう。

 伊達は深く考えることを止め、ジャンパーの内ポケットから金の襟がデザインされた箱を取り出し、白い一本を引き抜いた。

 先端を上へと向け、目で睨んで発火させ、咥える。

 静かになった古い商店の街並み、遠く僅かに聞こえる車のエンジン音と、どこからともなく漂う夕餉ゆうげの香り。

 彼は一本が燃え尽きるまでと、街灯に透けて昇る紫煙を見つめていた。


『たいっしょー!』


 手に一本を携えたまま思念の方向へと首を向ける。そこには伊達にしか視えない、不可視状態の妖精が舞い降りてきていた。


『見つけましたぜ大将! さくっと行ってさくっと終わらせやしょう!』


 内ポケットからビニル製の小袋を取り出し、一本を揉み消す。

 再び妖精へと上げた顔。彼は眼光鋭い、不敵な笑みを浮かべていた。


『ああ、カタを着けるとするか……!』


 彼は体を沈ませ―― 一瞬にしてその場から消えた。


 電飾の消えた商店街、どこかの飼い犬が吠える声が木霊していた。



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