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⑤ ブラック企業にご用心!?

 二週間前の昼。レインボーシューターズの面々は実家がお屋敷で広いからという理由でアジトにしている、ミサオの部屋に集まっていた。

 床に座り、ベッドに寝そべり、皆が思い思いのスタイルで部屋の真ん中に浮かぶ熊のぬいぐるみ、妖精ハッグマンに顔を向けていた。


「そっかぁ…… これで終わりなんだね……」


 ガラスのテーブルに頬杖をついたアオシがぼんやりと呟く。


「ああ、そうだ。皆よくやってくれた。君たちのおかげで世界は救われたんだ」


 口が動く動作も無しに、ハッグマンが言った。

 悪の魔法科学者ブリザデス。魔法の国から世界に混沌を広めるためにやってきたというマッドなサイエンティスト。彼を倒すために選ばれ魔法少女となった彼女らは、数ヶ月にわたる彼が生み出した数々の怪人との戦いを経て、ついに昨日、その戦いに終止符を打った。

 戦いの疲れのままに解散し、一夜明けた今日。レインボーシューターズは最後のブリーフィングをハッグマンとともに行っていた。


「そっかぁ…… 終わりかぁ……」


 ハッグマンからの感謝の言葉にも、アオシは「そっかぁ」とぼんやりと呟く。


「どうしたんだい? アオシ。もう戦いは終わったんだ、平和は取り戻せたんだよ?」


 世界規模の危機のはずであるのに、なぜかご町内でばかり戦っていた日々。どんな時でもアオシはまさにリーダーという感じで平和のためにみんなを率先して引っ張り、落ち込むことはあっても必ずと立ち直り、戦い抜いていった。例えみんなが実は一番頭のキレるミサオをリーダーだと思っていても。

 そんな彼女をずっと見てきたハッグマンとしては、目標を達成した彼女の今のへにょんとした気力の失せた感じが不思議で仕方がなかった。


「アオシちゃんー、だいじょうぶー? 疲れてるのー?」

「あはは~」

「……戦い終わって、ほっとしたら気が抜けたって感じなんじゃないか?」

「あ、わかります…… 私ももう怖いことしなくていいんだなって思うと気が抜けちゃって……」


 他の皆がそれぞれに彼女を心配したり気遣ったりと声をかける。

 彼女達はやりとげた達成感と日常に戻れた安堵の中にいて、アオシがその緊張の開放感から気怠くなっているというのが理解出来た。アオシほどでは無いにしろ、なんだか今日は動きたくない、気怠いままで過ごしていたい、そんな気持ちは自分達にもあった。


「ちがうちが~う、そ~いうのじゃないんだよぉ~」


 だが、頬杖をついたまま片手を振り上げるアオシ、彼女がダレでいる理由はそんなことではなかった。それは道理の通った感情であり、本当は誰もが思って当然で、思いながらも成し遂げた偉業の大きさから、大人ならば世間体やプライドから口には出来ないこと。

 きっと彼女が大人で、まわりも子供でなければこの後の展開も変わっていたのだろう。


「平和になったよ? 倒したよ? そんで私達に、何があんの?」


 アオシは容赦無く、命を賭けたボランティア活動への報酬を要求した。

 その無表情に冷めた目が、熊のぬいぐるみを突き刺していた。



~~



「なるほどな……」


 袖口が破れてしまったジャンパーから覗く元に戻したいつもの右手を確かめながら、伊達がうなずく。


「で、狼狽した熊のぬいぐるみは最終的に、アオシちゃんの一言から啓蒙けいもうされちゃった他の女の子達からボロカスに言われ、縄跳びでぐるぐる巻きにされてタンスに仕舞われたそうっス」


 ミサオの家の冬服の引き出しに放りこまれて既に二週間のハッグマン。引いてびっくり、動かないただのぬいぐるみと化していそうでイヤな感じだった。

 伊達の隣に立つ茶色の子が言う。


「私もその時は怒って当然かなって思いました…… アオシちゃんは真夜中に怪人を追いかけてお家の人にすっごく怒られたことがあったし、ミサオちゃんは私立中学の受験勉強中なのに成績が落ちちゃうし…… ミドリちゃんが怪我をした時はお父さんが警察を連れて学校に怒鳴り込んでくるし…… 授業をいっぱい抜け出しちゃったから私達全員学校からの印象最悪になっちゃってますし……」


 触手から解放されてメソメソやっている少女達から、伊達は目線を空に向けた。


「いっぱい怪我をして死にそうな目にあって、それで平和が戻ったんだからもういいよ、じゃあねって言われて…… ひどいなって」


 チャコからの当時の印象を聞きつつ、ハッグマンはもう、タンスの中のままでいいんじゃないかな、と伊達は一番星を見ながら思った。


「そうなんだよ…… ひどすぎる…っ…!」


 話が聞こえたのか、へたりこんだままのアオシが伊達に向かって言った。


「私達だよ!? 私達が世界を救ったはずなんだよ! 頑張って! なのに…… 私達は魔法少女だから誰も私達が頑張ったことなんて知らないし、わからないし…… 私達に残ったのって先生やお父さんからいっぱい怒られたことしかないじゃないか! 私達みんな悪い子だって思われるようになっただけじゃないか!」


 涙ながらに叫ぶアオシは、本当に悔しそうだった。決して報われることの無い戦い。残るのは日常との乖離かいりと、振るう相手すらいない強力で無意味な力。全てが終わって、ようやくとそれに気づかされた彼女の鬱憤うっぷんが爆発しているようだった。


「だから、商店街で本当に悪いことしてたってわけか?」

「そうだよ…… 私達が助けた世界なんだ…… ちょっとだけでも、楽しんだっていいじゃないか…… 悪いことでも、どうせ悪いって思われてるんならいい目見たっていいじゃないか……!」


 そこまで絞り出すように言って、彼女は泣き出してしまった。友達同士、子供同士、感化されてしまうのだろう。引っ張られるように他の子も泣いていった。


「大将……?」


 伊達の胸あたりまで飛んだ妖精が、彼を心配そうに見つめた。

 伊達は笑顔を一つ返すと、魔法少女達に向かって歩き出し、固まって泣いている四人のそばに座った。


「そりゃそうだよな? 仕事してやったんだから報酬よこせよって話だよな?」


 彼が放った一言に、少女達はあっけにとられたような表情で振り向いた。目に飛びこんだのは、湿っぽくなった場を茶化すような彼の笑顔。


「お前らが思ったことになんにも間違いはねぇよ。タダでお前ら引っ張り回したクマ野郎が悪い、それだけの話だ」


 その顔は大人に感じるものではなく、自分達に近い、ただの年上の兄ちゃんに見えた。


「どしたよ? ヒーローが甘えんなとか、知った風なお為ごかしで怒られる方でも期待してたのか?」


 怒られる、という部分に反応して子供らしく彼女らが首をふるふる振った。

 伊達は一番近くにいたアオシの頭に手を乗っけると、手荒く、髪を乱すようにして撫でた。


「お前ら子供だからまだよくわかんねぇだろうがな、人に仕事させるってのはちゃんと見合ったもん用意しとかねぇと成り立たないんだ。ああ、勉強は違うぞ? それは自分が強くなるためにするもんで仕事じゃねぇ。なんか貰えるとか思うなよ?」


 嫌がるそぶりもなくされるままになっていたアオシの頭を離し、伊達は続けた。


「仕事してもらうのに給料払うのは当たり前。それ破ってお前らのところのクマ野郎みたいに、なーんにも用意しねぇで人をコキ使うとだな、こうやってロクでもない結果が生まれちまう、つまり――」


 言葉は優しく、笑顔を強め、笑い飛ばすように彼は言った。


「悪いのは一方的にブラックな詐欺クマ野郎、お前らなーんも悪くねぇ。だからもうそうやって、悪いことをした自分を自分で責めるな、な?」


 そして左手と右手で、ぽんぽんと抱くようにしてアオシとミサオの肩を叩いた。

 その言葉が、彼女達のどこかに触れたのだろう。二人は両脇から、大きな大人にすがるようにして、また泣き始めた。


 陽が終わり、暮れていく河川敷に、固まるようにして座る大人と四人の子供達。


 その光景を見ながらチャコが「いいなー」と人差し指を口に当て、妖精は土手の上や橋の上に目をやり、


「パトカー、来ないといいっスな……」


 と、微笑みを浮かべて辺りを見回していた。


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