③ 河川敷で激闘!? 昭和の臭いがするよ!
銃口から目標まで僅か三メートルとない距離。完全に狙いをつけた、そんな至近距離での射撃をかわされたことはこれまでになかった。
「なっ、なんで!?」
再び彼女はトリガーに手をかける。もう一度目の僅かな逡巡などはどこにも無い、今度は二丁の拳銃を続けざまに撃った。
連弾で六発と放たれた弾丸に、伊達と名乗った男はひらひらと回転しながら対応する。
「ぐああああっ!」
男の野太い絶叫があがる。弾は見事に――
背後の布団屋の商品を打ち抜いていた、打ち抜きまくっていた。叫んだのは、オヤジ。
「くっそぉっ! こうなったら……!」
「おおっ?」
赤髪のアオシがポージングに入る。間近で見ると結構可愛らしい動作に妖精が「わー」とニヤけた。
「レッドデッド・カーニバル!」
「えらい物騒な名前だな―― うおっ!?」
「おっとっと!」
先ほどの数倍の速度で両の拳銃から弾丸が連射された。それは最早二丁拳銃などではなく、両手持ちのマシンガンのようだった。
「ぎゃああああああああっ!」
横っ飛びに場を離れる伊達、飛んで上へと逃れる妖精、細切れになる布団、叫ぶオヤジ。
「ちっ…… かわしきれんか……!」
連射開始五秒で回避に見切りをつけ、伊達は銃口に向き合った。
「うらあああああああああっ!」
全身に紫色のオーラを纏い、腕が百本になったのではと思うほどの残像とともに、高速で彼の前を舞う。
やがて血と死の祭事が終わりを迎え、商店街に砂埃が流れた。
「え……?」
「嘘……」
本物の弾丸であったとすれば、ガラガラと弾が地面に転がるシーンだったろう。伊達が開いた両の手は何事も無く、全ての弾を受け止めていた。
「なんだってぇぇー!?」
古い漫画のような絶叫をアオシが放つ。
「どうした? 終わりか?」
眼前に据えた腕はそのままに、したり顔で笑う伊達の表情にアオシは後ずさった。
「え? 当たったろ? 当たったよな? 嘘ぉ……」
後ずさりながらも上下に目をやって確認するが、まるで効いている様子は無い。今この場で、ダメージを受けているのは布団屋のオヤジだけだった。精神的な。
「やりますなー大将! キ●ヌもびっくりです!」
「おう、出来るもんだな」
「まぁ、これでキア●くらいイケメンならとは思いますが……」
「ぶっとばすぞてめぇ」
私服のセンスとベンチに座った時のぼっち感なら似てるかもなぁ~、などと妖精は思う。
「さぁて、じゃあ今度はこちらから行くか……」
胸の前で左手の掌に右手の拳を打ち鳴らし、伊達が近づく。
「うぅ……」
強気だったアオシがその迫力に更に一歩と後ずさった。
「そうだ、先に一つだけ、いいことを教えておいてやろう」
「……?」
すっと彼女に向けて左手を掲げた伊達が、足を止めた。
「必殺技を序盤で使うのは負けパターン。焦った素人がやるミスだ」
赤い閃光がその手のひらに輝き、アオシが驚嘆する。
「私の魔法……!」
「アオシ!」
青い光の帯が伊達へと飛び、伊達は瞬時に一歩下がった。
「ミーたん!」
「気力で負けちゃダメ! あれは強敵よ!」
小気味良い再装填の音を響かせ、スナイパーライフルを構えたミサオが伊達に狙いをつけていた。
「ひさびさに、腕がなりますねー」
緑の子がハンドガンの謎なチューブを謎なチューブと取り替えていた。
「あはは~」
黄色い子も朗らかに、両手に手榴弾を構えている。
「みんな……!」
感動したようにみんなを見回すアオシ。
「えっ? あ、あの……」
茶色い子だけが武器を持たず、まわりの妙なノリに困っていた。あと、「みんな」に自分は入ってないのかな、などとちょっと泣きそうだった。
「あららー、なんか大将悪者みたいっスねー」
「いや、あいつら強盗だぞ……」
「相手の見た目には惑わされない」が信条の玄人が、しらーっとした目で彼女達を見ていた。
~~
とりあえず、布団屋のオヤジがかなり可哀想な状態だったので、彼らは近所の河川敷に移動した。
彼女達は魔法少女ではあっても空を飛んだりは出来ないらしく、徒歩での移動となった。五人の妙な服を着た小学生を引率して歩いた数分の道。伊達はこれほどまでに「パトカー来るなよ」と祈って歩いたことはなかったという。
「さて、じゃあ始める――」
「ケンカは先手必勝!」
彼女達と間を空け、向かい合った途端に戦いは始まっていた。
赤いのにアオシという面倒な名前の少女が伊達に向かって走り込みつつ、二丁拳銃を乱射した。
「いきなりかよっ!」
先ほどの必殺技ではなく、ただの射撃。放たれる弾丸の速度もそれほどではないが、かわすには勝手が違った。
「……! ちったぁ考えたな!」
弾は伊達を正確に狙って放たれているわけではなく、適当に、バラ撒くようにして撃たれていた。不規則に空中に置かれていく弾丸は、点ではなく面の攻撃と言える。
「だが―― ……!?」
子供なりの戦術の巧みさを褒めつつも、回避を捨て突破に踏み切ることで打破しようとした矢先、他のメンバーがいなくなっていることに彼は気づいた。
何かが風を切り、近づいてくる気配に彼は目をやる。
「……! ちっ!」
「それ」が地面に落ちた瞬間、彼は空へと跳躍した。先ほどまでいた地面が黄色い閃光とともに爆発し、爆風にジャンパーが煽られた。
「手榴弾か―― よ!?」
真横から迫った青い光の帯――
「だぁっ!」
彼はそれを両腕で弾き飛ばす。そうしている間にも赤い弾丸はそこかしこにバラ撒かれ、息つく暇も無い攻撃が彼を襲い続ける。
「うぉいおいおい!」
着地と同時、伊達が回避に走り出す。
率先して近接で撃ちまくる赤。いつの間にやら河川敷の土手の上に陣取り、高い位置から援護と必殺を狙う青と黄。魔法少女というよりは特殊部隊のようなチームワークの彼女らは、少なくとも日曜の朝なんかには放送出来ない類いの渋すぎるヒロイン達だった。
『これは…… この子達と戦う悪者側って結構可哀想なのでは……?』
戦闘中ということで伊達の中に一体化している妖精から思念が飛んできた。策略に翻弄され、毎回蜂の巣にされたり爆散させられたり、遠距離からのヘッドショットで始末される。敵側は結構どころかかなり悲惨だなと伊達は思った。
しかし、かく思う、伊達は今まさに敵側真っ最中である。
「えいっ」
「え?」
彼のすぐ傍で、緑の茂みから緑が顔を出し、ぱしゅっと銃を発射した。
「あっ……」
撃ちまくっていたアオシが銃撃を止め、その光景に呆けた。
ぐらりと体勢を崩し、伊達がパッタリとその場に倒れた。うつぶせになった彼の肘の辺りに、深々と緑のダーツ状の矢が刺さっていた。
「やりましたー」
「え、ええ~……?」
アオシが拍子抜けしたような顔で伊達を見る。散々と撃ちまくった自分の弾は当たらず、一発ひょろっと撃ってみた感じの緑の弾が当たったのだ。なんとも釈然としない。
ちなみに、緑の子の名前はそのまま「ミドリ」という。覚えやすいことこの上無い。
「お、終わったのか?」
「あはは~」
ミサオがスナイパーライフルを手に、おっかなびっくり近づいてくる。手榴弾を手に、黄色いのも近寄ってきた。ついでだから紹介しておくと、黄色い子は「モモ」という。アオシといい、まぎらわしいことこの上無いが、本名なのだから仕方が無い。
「ミドリ…… ちなみに今の銃の中身は?」
たっぷんと揺れる謎なチューブの中の液体を見つつ、ミサオが聞く。ミドリは首を傾げてぽわんと何か考えるような顔をした。
「たぶん~、デボラ? なんかそんな名前のウィルスだった、かなぁ?」
「それダメなやつじゃないですか!」
非難の叫びにミドリが「え~」という顔をした。
「あ、チャコ、いたんだ」
「ぐふっ……!」
アオシの心ない一言に、茶色い子、実はさっきからいたチャコがへこんだ。
「む、むぅ…… しかし……」
「ミサオ?」
難しい顔をしだすミサオを、アオシが覗き込む。途端に、ミサオは取り繕ったような笑顔で言った。
「い、いや、まさかだが、これもう、死んじゃったんじゃないかな…… とか、ははは……!」
周りの誰もが、固まっていた。黄色以外。
魔法少女の戦い、まさかの薬物注射による決着である。
「そんな危ないもん小学生が使うなぁっ!」
「わー!?」
がばっと伊達が唐突に起き上がり、皆が一斉にその場を退いた。
「うわ、生きてる」
「ぶ、無事なのか……?」
「あれー?」
「よ、よかった……」
「あはは~」
ぜいぜいと、怪しげな薬から復帰した伊達が少女達を睨み付け、
「ええい! もう許さん! お前ら全員ひどい目にあわせてやる!」
「わー、逃げろー!」
「ひゃー!」
「きゃー!」
腕を振り上げて怒る彼の叫びとともに、少女達が散開していった。
その様はどこか、近所のお兄さんが子供達とじゃれあっている感じに似ていた。
※本人達は真剣です。