(25)
アイリはベッドから降り、深く息を吸った後、全身から力を抜くようにして大きく息を吐いた。そして、ゆっくりと目を閉じる。が、すぐに目を開ける。
「分かってると思うけど、静かにしておいてね? 他人の使役していた妖精に干渉するのって、結構神経使うと思うから」
そして、改めて裕也とユナに注意した。その表情には不安しかなく、成功することが奇跡とでも言いたそうな哀愁が身体から溢れていた。
「分かってるよ。それにそんな気構えなくても大丈夫だぞ。最初から成功するなんて思ってない。けど、やれるべきことはやらないといけないと思って頼んだんだから」
アイリの気持ちが少しでも和らげるつもりで言ったはずの言葉だったが、それがアイリの何かに引っ掛かったらしく、ちょっとだけ不機嫌そうな表情に変わってしまう。
「へー、成功するって思ってないんだ?」
「え? いや、そういうわけじゃないけどさ」
「ふーん、これで成功させたら、どんなご褒美が待ってるのかな?」
「……ご、ご褒美?」
「それもそうでしょ? ねぇ、ユナお姉ちゃん」
そう言って、ユナを睨み付けるようにして見るアイリ。
アイリも自分に振られるなんて思ってもみなかったのか、
「え? あ、そ……そうですね! 頼んでおきながら期待してないってのはダメだと思います。はい、そういうわけでご褒美は必要ですッ!」
その場のノリに任せるように、早口でそう口から漏らす。そして、言った後に「あっ」と自分が言ってしまった言葉に後悔した様子で、裕也を見つめる。
アイリも口端を歪めた状態で裕也を見て、
「ユナお姉ちゃんから承諾を得たことだし、ユーヤお兄ちゃんの期待を裏切り形で良い成果を出してみせるよ」
「ふふん」と鼻で笑いながら、改めて目を閉じる。
それは集中するから何も喋るな、という無言の行動であった。
そのため、裕也とユナは言い訳すら出来ない状態で、アイリの様子を見守る羽目になってしまう。
一応、ユナも悪いことをしてしまったという罪悪感が生まれたのか、言葉ではなく行動――手を両手の前で合わせて、頭を下げる謝罪を行っていた。
――謝られたところで、もう過ぎたことだしな……。
そう思うと、裕也は自然と「気にするな」という意味を込めて、手を横に振って気にしないように促すことしか出来なかった。
いくら、そう裕也が促したところで、ユナの申し訳ない表情が良くなることはなく、チラチラと裕也の様子を伺い続けていた。
が、それもすぐに出来なくなってしまう。
それは、アイリの身体がチカチカと輝き始めたからだった。
その輝きは、裕也が訓練の時に見せてくれた時のような精霊による点滅。しかし、あの時違い、その点滅は一際明るく、アイリの身体が光によって見えなくってしまうほど。それほどの光のため、裕也とユナも自分の顔を腕または手で光を遮らないといけなくなる。
――な、何が起きてるんだ?
こんな状態の中でもアイリは一言も裕也たちに言葉をかけることはなく、精霊と話し続けているのか、もごもごと小さく口が動くばかり。ただ、相当魔力を使っているのか、最初は何ともなかった表情が少し険しくなっていた。
裕也もユナもそんな表情のアイリを見ていると、思わず「大丈夫か?」と声を心配の一言でもかけたくなってしまうも、そんなことをして邪魔をしてはいけないと思い、必死に口を閉じていた。
そして、その状況も終わりを付ける。
ベッドに置かれていた本全部が光に包まれるようにして、宙に浮きあがると同時に、
「解錠」
アイリのその命令が精霊へと下される。
その命令に従うように、パッ! と部屋自体が光に包まれるようにして一瞬光る。そして、それが終わると同時に本がバサバサと勢いよくベッドに落下。それ以上に大きな音がドサッ! と落ちる音が裕也の耳に入る。
――アイリ!?
本以上の大きな物音の存在がアイリしか思いつかなかったため、すぐにでもアイリの元へと近寄りたかったが、先ほどの明かりのせいで視界がまだまともになっておらず、
「おい、アイリ! 大丈夫か?」
ただ、声をかけることが精一杯だった。
「アイリちゃん!」
それはユナも同じだったらしく、焦ったような声でアイリへ呼びかける。
しかし、アイリの返事はなく、「はぁはぁ」と荒い息と共に、
「へ……へーきだよー……」
全然平気そうな声じゃない声で裕也とユナの呼びかけに答えた。
「とにかくその場で大人しくしてろ。オレたちの視力が戻るまでは動くな。ユナも同じだぞ!」
本当は一秒でも早く近寄りたかったが、未だにまともにならない視界で無理矢理近寄ってはお互いケガをする可能性があるため、そう二人に裕也が命じると、
「分かってますよ! 言われなくても!」
その焦りはユナも同じだったらしく、暴言に近い言い方で反論されてしまう。
「ボクも、今はそんな力ないから動けないよー。ふふっ! け、結果だけ言うと成功したよ、ユーヤお兄ちゃん……」
本当に力が入らないのか、言葉さえも気が抜けた状態でアイリは裕也へとそのことを報告した。
「のんきに報告してる場合かよ! ったく、無茶しやがって!」
「へへっ。だって、ご褒美のためだもん。ユーヤお兄ちゃんが信じてないのがいけないんだよ……」
「良いから黙って、体力を回復させろッ」
「……ッ! わかったー……」
少しだけ怒鳴りつける形で裕也がそう言うと、アイリはしぶしぶと言った感じでその指示に従うのだった。




