(16)
アベルの部屋に入ると、アベルの部屋は昨日裕也が見た部屋とは違い、綺麗に清掃し終わった状態になっていた。清掃とはいっても、昨日ミゼルが言っていたようにアベルの死体と肉片と血が見事に綺麗になくなった状態で部屋の荒れ方などはあの時のまま。
ただ、裕也からすれば、その違いはほぼ微々たるものだった。
なぜなら、あの時は部屋の荒れ方などをしっかり見る余裕もなく、目の前に入ってきた惨状に絶句し、自分の体調を気遣うことが精一杯だったからだ。
それは今も同じだった。
「……ッ!?」
裕也はこの部屋に入った瞬間、思わず口元を押さえて屈みこんでしまう。その行動を取ってしまったのは、口の中に何か酸っぱい感覚がやってきたせいである。
視界に入る部屋は綺麗なはずなのに、昨日の光景や咽かえるような鉄の匂いが忠実に再現されてしまったからだった。
――くそっ、面倒な記憶を刻み込みやがって……。
トラウマになってしまったこの部屋の状態を少しだけ恨みながら、気持ちをなんとかして落ち着かせようと肩で息をしていると、スッと横には誰かがやってくる影と同時に背中を撫でられる感触が伝わる。
「大丈夫ですか?」
そして、ユナの心配そうな声。
裕也は顔をゆっくりとずらすようにして、ユナを見る。
「た、たぶんな。悪い、フラッシュバックってやつだと思う」
「みたいですね。無理しないで部屋の外に出ても大丈夫ですよ? 探索するのは私とアイリちゃんでしますから」
「……そうしようかな? って言いたいところだけど、オレがやらなきゃいけない気がするから、やれる範囲でやるよ」
「そうですか。本当に無理はしないでくださいね?」
「分かってる。そんなことよりもアイリ」
ユナに背中を擦ってもらっていたおかげで少しだけ落ち着いたことからゆっくりと顔を上げ、ユナと同じように屈みこみ、心配そうに自分を見ているアイリの名前を呼ぶ。
「何? 何かして欲しいことでもあるの?」
現在の裕也に頼られることが嬉しいのか、少しだけテンションが上がった状態で裕也に尋ねる。
が、裕也は首を軽く横に振り、それを否定し、
「戻ってくるのが早かったけど、途中でセインに会ったんだよな?」
と、部屋に入って尋ねようと思っていたことを尋ねた。
その質問にアイリはちょっとだけがっかりしたらしく、「うん」と落ち込んだ声で頷く。
「そうだよ、ユーヤお兄ちゃんに頼まれたことをしようと思って、救護室に向かってる最中で会ったの。『そんなに走ってどこ行くんだ?』って聞かれたから、ウソをつくわけにもいかなかったし、本当のことを言ったら――」
「セインが説得するって言ったわけか」
「うん。ごめんね、今、一番怪しんでる人を連れて来ちゃって……」
裕也の気持ちを先読みしてか、アイリは屈んだ状態でペコッと首だけ下げる。
その仕草に裕也は口元を押さえている手とは反対の手で、アイリの頭の上に手を置き、
「そのことが悪いって言ってるんじゃないんだ。そんな状況なら、きっとオレもセインをこの部屋まで案内したと思うからさ。そうだろ、ユナ」
ゆっくりと撫でながら、ユナをチラッと見る。
「そうですね。私も同じだと思います。いえ、間違いなくセインを連れて来ないといけない状況になっていましたね」
今までのような目配せから言わされたフォローではないらしく、ユナは少しだけ困ったように笑みを浮かべながら、裕也の言葉に頷いた。
アイリはその言葉で少しだけ救われたらしく、落ち込んでいた空気から少しだけ元気が戻ったように嬉しそう笑みを溢す。
「二人ともありがとう! ボクの行動、間違ってなかったんだね!」
そのことを改めて自信を持ちたいのか、そう繰り返すアイリに裕也とユナは二人同時に頷く。
「アイリの選択は間違ってないことは自信を持っていい。けど、それよりももっと聞きたいことがあるんだ。出会った時のセインの様子、どうだった?」
裕也からすれば、この質問が本命だった。
アベルが殺された件で城の警戒を怠らないためにピリピリとしていることは当たり前だと分かっていても、最初に出会った時の印象を聞いておきたかったのだ。
アイリは「え?」とちょっとだけ驚いた顔をして、「んー」と悩み始める。
それは怪しんいでる人との予想外の出会いのせいで、びっくりしすぎて、その時のセインの様子を上手く把握出来ていなかったせいだった。
もちろん、裕也もそのことが分かっているため、焦らせるつもりは一切なかったため、
「別に覚えてないならいいんだ。あっちもきっと予想外の出会いだったと思うから、その時の印象を知っておきたかっただけなんだ」
そうフォローした。
「ちょっ、ちょっとだけ待って! 思い出すから! 絶対に思い出すから!」
すると、その期待に応えたいと思ったのか、アイリは必死にそう言いながら、頭を抱えて、「んー! んー」と必死にその時の印象を思い出そうと頑張り始める。
そこまで必死になるアイリに、裕也は「無理しないで大丈夫」と言う言葉をかけることは出来なかった。だからこそ、アイリが思い出すのを大人しく待つことを決める。
それを伝えるためにユナへまた顔を向けると、こちらもまた裕也の考えを察したのか、アイコンタクトを送る前に頷く。
が、アイリはすぐに思い出したらしく、
「えっとー、やっぱりピリピリしてたかな?」
と、まだ不安はぬぐえないらしく、ちょっとだけ悩んだように答えた。
「そうか」
「ま、待ってね! ボクが思った感じでいいんだよね?」
「そうだぞ。アイリが感じた通りでいい」
「うん! そのピリピリなんだけど、お城の警戒とかじゃなくて、違う感じのピリピリみたいに感じたよ? なんていうかなー、悪意に満ちてた?」
「悪意に満ちてた?」
「うん。ボクはユーヤお兄ちゃんと同じく怪しむ立場だから、そう感じただけかもしれないけど……」
「そうだよな。その先入観があるのは分かってて聞いてるからいいんだけど……そうか……」
裕也もまた「んー」と唸り始める。
アイリの言葉通り、現在自分たちに先入観のせいで、セインがどんな行動を取ろうとも怪しんでしまうことは分かりきっている事だった。
それを考慮して考えても、裕也はアイリの言っていることが嘘だと思えなかったのだ。
だから裕也は、
「ありがとうな、その印象は大事だから助かるよ」
自分が考えていた時間の間のせいで、少しだけ不安になっていたアイリに改めてお礼を言うと、
「うん、何か思い出したら言うね!」
それだけアイリは嬉しかったらしく、暗かった表情は笑顔に変わり、そう宣言した。




