(14)
アイリとのやりとりが終わった後、裕也はゆっくりと目を開けて、周囲を確認した。
すると、三人とも心配そうな表情で裕也とアイリを見つめていた。
「どうですか? 上手くいきました?」
ユナが一歩近寄り、持っていた弓と紙を差し出しながら、裕也に尋ねる。
その質問に裕也が答えようとする前に、
「もっちろんだよー! ボクが手伝ったんだから、失敗するわけないじゃん!」
と、アイリが元気よく尋ねる。
しかし、それを注意するようにミゼルの拳骨がアイリの頭に落とされる。
いきなりの行為にアイリは避ける暇も身構える暇なく、その拳骨を食らい、「痛っ!」と少しだけ大きな声を出して、その場に蹲った。
「アイリが答えてどうするんだい。このタイミングで答えなきゃいけないのはユーヤくんだろ?」
「べ、別にいいでしょー」
「そういう問題じゃないのさ。いいから黙ってな。じゃないと――」
そう言って、再びミゼルはアイリの頭上に右手を構える。
アイリはその構えから拳骨が落とされるかもしれないということが理解し、それ以上文句を言うことなく、沈黙した。
その様子を見ていた裕也とユナはお互いに空笑いを溢す。
そして、ユナは改めて同じ質問を裕也にした。
「それでどうでした?」
「んー、いまいちって感じかな?」
「いまいち?」
「確かにアイリのおかげで上手くいったとは思う。あくまで妖精に対する頼み事とかは……。でも、それはアイリが居て、ようやく出来たことだから、一人でやれって言われるとまた別問題ってこと」
そう言いながら、裕也はユナが差し出した弓と紙を手に取る。そして、その紙を膨らませるように魔力を送る。が、今までとは違い、その紙は裕也が魔力を右手に送るよりも先に膨らみ始め、あっという間に矢の形状に変わってしまう。
「ほらな。アイリが手伝ってくれたから、あっさりこんな風に出来るんだよ。けど、それを最初からするのは無理なんじゃないかな?」
妖精に頼んでいたとはいえ、まったくと言って言いほど魔力を送らなくても膨らんでしまった紙を驚いた表情をした後、困ったようにユナに向けて笑う。そして、膨らんだ紙の魔力を抜くべく、ヒラヒラと振るうとそういう設定はしていなかったものの、あっさりと妖精が居なくなり、紙の状態へと戻る。
「大変だと思いますが、裕也くんには頑張ってもらうしかないですね」
「だな。本当でしたら、このまま訓練をしてもらうのいいんですが、先に他の用事も終わらせた方が良いかもしれませんね」
「他の用事って言うと――」
「はい。みなまで言わなくても大丈夫ですよね?」
「ああ、言われなくても分かるよ」
ユナの視線が一瞬アイナへと向け、言いかけた言葉を遮られたことから、アベルの部屋の探索を行うことを示唆していると分かった裕也はコクンと頷く。
確かにこのまま訓練を続行してもいいのだが、それ以上に必要なことをしないといけない。優先順位を見失っては元も子もないことを分かっている裕也は、そのことに頷くことしか出来なかった。
「そういうわけでだ、アイリ。訓練は一時中止だ。たぶん、昼間か夕方にも時間を取ると思うから、その時またよろしくな?」
そう言って、裕也はアイリが押さえている手の上に手を重ねるようにして、今後の予定を一応伝える。
「うん、分かった。ちょっとだけ調子が出て来たところだったけど、ユーヤお兄ちゃんに合わせるね!」
と、素直にその提案に乗ってくれた。
それを確認した後、裕也はアイナを見る。
アイナもまた裕也がこれから何をするのか分かったらしく、今までよくなっていた顔色が少しだけ悪くなってしまう。
念のために言葉には気を付けていた裕也だったが、それでも少し思い出させてしまったことを後悔しながら、
「王女様は安静にしててくださいね。無理はなさらないように」
体調の心配をすることしか出来なかった。
そして、そのことを頼むようにミゼルを見る。
ミゼルも裕也が自分に視線を合わせたことから、裕也が何を頼みたいのか察したらしく、
「分かってるから、安心しな。ユーヤくんたちは自分がするべきことをちゃんとやってきな」
と、裕也がお願いする前にそう答えられてしまう。
それが救護室の先生にとって当たり前だということは分かっているものの、やはりそう言われるだけで裕也は内心ホッとしてしまっていた。
「はい、お願いします」
だからこそ、そのことにお礼を言うと、
「お礼を言われることじゃないって。自分がやるべきことなんだから」
すぐにミゼルから否定されてしまう。が、思い出したように、「あっ」と声を漏らし、
「ユーヤくんも無理しないように。昨日よりはマシになってるかもしれないけど、無理は禁物だよ? 体調が悪くなったら、すぐに救護室に来ること。いいね?」
裕也の体調を気遣うような発言をした。
昨日、自分の体調が崩してしまったことを忘れていたわけではなかったが、それでもこのタイミングで心配されてしまうとは思っていなかったため、
「あ、ありがとうございます。体調がもし悪くなったら、よろしくお願いします」
少しだけびっくりしながら、頭を下げた。
「じゃあ、行こうか。のんびりしてる暇はないよー!」
そう言って、裕也はアイリに右腕を掴まれ、ドアの方に向かって引っ張られる。
ユナは二人の様子を困った笑いを溢しながら笑い、裕也とアイリの後に続く。
「大丈夫でしょうか、ユーヤさんは」
三人の背中を見送りながら、心配そうな表情を浮かべて、ミゼルにそう尋ねた。
ミゼルはその質問に対し、
「そのために言ったんですよ。だから、体調が悪くなったら来るでしょう。それよりも王女様は自分の体調を心配してください。無理をしすぎです」
そう言いながら、指を弾いて、パチンと音を鳴らす。
その瞬間、全身の力が抜けたようにアイナはその場から崩れ落ちそうになるも、それを間一髪で身体をアイナの下に潜り込ませたミゼルによって、地面に激突することはなかった。
「魔法で体調を安定させるのは後での反動が大きいんですから。救護室まで我慢してもらいたかったですが、なるべく早い方が反動も少ないので切らせて頂きました。あとは自分の背中の上で大人しくしてくださいな」
「……ですね、ありがとう……います……」
そして、いきなり息が荒くなったアイナは力尽きるように気を失った。
ミゼルはそのまま王女様をおんぶして立ち上がり、
「ここまで好きな人のために頑張れるって、なんだか嫉妬しちゃうね」
と、少しだけ悔しそうに漏らし、救護室へ向かうのだった。




