(7)
不満そうなままだったが、アイリは手を裕也に突きだす。そして、手の中に握られていた物を見せた。
「……これか?」
アイリの手に握られていた物は弓の形をしたおもちゃのようなものをマジマジと見つめる。
その弓は国宝級の武器とは全然思えないほど小さく、本当にそんな価値があるのかどうかも裕也には分からなかった。
「裕也くん、疑ってますよね? 『このおもちゃに、本当に国宝級の価値があるのか?』って」
そんな裕也の心を読み当てるように、アイリがにっこりと先ほどの仕返しをするかのように微笑む。
ちょっとだけその言葉にビクッと身体を震わせてしまうも、裕也はユナが自爆していることも気が付いていた。
それはいくら自分の心を読んだとしても、自分の口からは一言も「おもちゃ」と言っていない。つまり、それはユナの見解でそう勝手に思っているだけで、自分が否定すれば、それは違う意見になるのだから。
しかし、裕也の思惑は外れてしまう。
ユナの言葉を信じた三人は、ジト目で裕也を見ていたからだ。
「え? オレ、まだそんなこと一言も――」
「まぁ、いいよ。このちっちゃいおもちゃを見てたら、そう思われても仕方ないね」
アイリはこのことで論議することが時間の無駄と言わんばかりに、裕也の言葉を聞こうともせずに説明を始める。
「この弓は『トリス』っていう武器なの。弓の持つ能力は『必中』。ユーヤお兄ちゃんが当てたい場所を頭の中に思い描いて放てば、その場所に絶対に当たるという優れものだよ」
「なるほどな。さっき部屋で心配してたことをその能力でカバーするってことか」
「そういうこと。でも、こんなおもちゃが役に立つのかって不安になってるところ悪いけど、これは封印されている状態なだけだからね?」
先ほどの裕也の心の呟きに対し、ようやくその文句が言えるかのように、少しだけ睨み付けるようにしてアイリは裕也を見る。
「あのなー、それぐらいの予想は付くって。何かしたら、その武器は普通の武器と同じ大きさになるぐらい。ってか、ユナの勝手な心の声を真に受けるなよ」
裕也は少しだけ呆れた口調で、腰に手を当てて、心外だと言わんばかりにそう不満を漏らす。ちょっとだけそう思ったことを隠して。
が、アイリの目はずっと裕也を睨みつけたままだった。その真偽を確かめるようにジッと裕也の目を見つめ続ける。
「本当に?」
「本当だって」
「本当の本当?」
「そこまでして疑いたいのかよ?」
「だって、怪しいんだもん」
「怪しくないっての」
「んー、そこまでするなら……」
しかし、完全には納得がいかないらしく、ずっと裕也を疑いの目で見つめたまま、
「とにかくこれを持って、自分の魔力を込めてくれるかな?」
手を上げるようにして、裕也に「早く取って」と促す。
裕也は促されるまま、そのおもちゃの弓を二本の指で掴み、改めて手の平身に納める。そして指示通り、魔力を込めようと昨日教えて貰った通りの流れで魔力を込めた。ただ、魔力に移動が素早く行うコツが上手く掴め切れていないのか、少しだけ時間がかかってしまう。が、無事に成功したらしく、
「お、おおう!?」
手の平に納まっている弓が急に大きくなることを感じて、裕也は掌を広げる。そして、反射的にそれを高く投げてしまう。なんとなく、そうした方がいいと感じてしまったからである。
「ちょっ、裕也くん!?」
「ユーヤお兄ちゃん!?」
「おいおい!」
ユナとアイリ、ミゼルは投げる行為に驚いたらしく、声を荒げる。
しかし、アイナだけはキャッチすることを信じていらしく、巨大化し、正常な大きさになる弓をジッと見つめていた。
そんな状態の中、裕也はクルクルと回転しながら落下してくる弓を観察し、タイミング良く真ん中を掴むように、その回転の中に手を突っ込む。先ほどよりも確実に重くなった弓を掴んだ途端、ズシッとした重みが手に加わるがなんとか耐えきり、その弓を自分に合った高さへ持っていく。
その光景を見ていた四人から拍手が起こり、
「何をヒヤヒヤさせるようなことしてるんですかッ! でも、さすがですッ!」
と、注意しながらもその文句を言うユナ。
「さすがだね。大丈夫だと思ってたよ!」
なんて、アイリは先ほどまで驚きの声を撤回し、
「まったく、ちゃんとキャッチ出来たからいいものの……」
最悪の流れを想像したらしいミゼルはホッとした様子で小さく呟き、
「やっぱりユーヤくんなら大丈夫でしたね」
最初から信用してくれていたアイナはそのキャッチを素直に褒めてくれているらしく、誰よりも大きな拍手をしてくれていた。
裕也は三人の反応を無視し、その弓をマジマジと見つめる。
小さくなっていた状態では分からなかったことが克明に分かるからである。色は緑に黄金が混ざっているらしく、光を浴びると綺麗にピカピカと軽く光っているだけの簡単なものになっていた。そして左右の端の外側の部分は一部分軽く削られており、誰もが考える本来の弓とは少しだけ形の違う形状だった。が、それ以外は何も変わらず、国宝級ならば簡単に想像出来る宝石などの装飾はなく、あくまで見た目よりも攻撃に特化しているような感じになっていた。
「どんな感じですか?」
マジマジと観察している裕也に対して、そう質問するアイナ。
見た目よりも感触の方を尋ねられていると思った裕也は、
「想像してたより、ちょっとだけ重いって感じですかね? まだ慣れてないせいかもしれないけど、王女様を守った時に使った盾よりははるかに軽いからまだマシですね」
と、弓を軽く上下に振りながら答えた。
「そうですか。違和感がなくて何よりです。まだ契約したばかりなので、慣れるまで時間がかかるのでしょうね」
「ん? 契約?」
「はい。その弓――『トリス』に使い手の魔力を送ることが契約なのです。簡単ではありますけど、その契約を解除する方が複雑なので、例えば奪われたとしても持ち主以外は使えないんですよ?」
「……普通は契約だけど、こっちは契約解除を複雑にすることで分かりにくくしてあるのか……。って、逆に無契約状態と奪われやすくないですか? 必中の弓だったら取り返すの苦労するでしょ?」
「封印の方も厳しいので、何の問題もないですよ? ね、アイリ」
そう言って、意味深にアイリを見つめるアイナ。
「うん、そうだね!」
その問いかけにアイリも元気よく頷き返す。
ミゼルは省き、アイリにだけに問いかけた理由が分からない裕也ではあったが、二人の仲には何か特別なものがあることだけは理解出来た。
ユナもそのことが理解出来たのかを確認するためにユナに目配せしようとすると、ユナも同じように目配せをしようとしていたため、自然と視線が軽くあってしまう。そして、二人は頷いた。
それは、このことについて質問をしない合図でもあった。




