(6)
先に訓練所に着いた裕也とユナはキョロキョロと周囲を見回し、昨日とは全く違う状況に少しだけ戸惑っていた。
その戸惑い訓練するにはちょうどいい環境ではあるものの、そのギャップが違い過ぎることからくるものだった。
「今日はギャラリー居ないんですね……」
昨日はあれだけ文句を言っていたユナだったが、今日に限っては少しばかり残念そうに呟く。まるで、この状況の方がおかしいと言いたそうな雰囲気で。
「ユナからすれば、こっちの方がいいだろ?」
だからこそ、裕也は昨日のお返しと言わんばかりにそう言い返す。
その言葉に対し、ユナは少しだけ頬を膨らませて、
「それはそうですけど……昨日のことを考えると今日もギャラリーが来ていると思うじゃないですか。その心構えをしてたのに、ちょっとだけ残念だなって思っただけですッ」
ムキになったように裕也の煽りに素直に乗っかってしまう。
「けど、ギャラリーがいない理由なんてすぐに思いつくだろ?」
「……王女様が注意したからですか?」
「それもある」
「それだけじゃないんですか?」
「あくまで可能性の話だけど、な」
「可能性……嫌な予感しかしないんですけど……」
「たぶん的中だ。アベルを殺したのがオレたちだと思われてるから、だ」
「……嫌な予感が的中しましたね」
「しょうがないだろ? その二択しかないんだから」
「それはそうですけど……」
ユナはその嫌な状況を考えたくないらしく、盛大なため息を溢す。隠す素振りすら見せなかったのは、自分の気持ちを裕也にアピールするためである。
裕也もまたユナがため息を溢した後、つられるようにため息を溢す。裕也もまたユナと同じ気持ちだったからだ。
裕也が同じようにため息を溢したことが不満だったらしく、
「マネしないでくださいよ」
と、ユナが文句を言ってきたため、
「しょうがないだろ? 欠伸と同じで移ってしまったものは……」
裕也も負けず、即座に言い返す。
二人はしばらく睨み付けるように見つめ合った後、どうでもよくなったというように二人して同時にため息を溢した。
その時、ドアがガチャリと開き、
「あれ? 二人ともため息なんて吐いて、どうしたの?」
武器を取りに行っていた三人の内の一人――アイリが不思議そうに声をかけながら、中に入ってくる。
その後に続く様に、アイナとミゼルも中に入る。
「いや、別に何でもない」
アイリの質問に、裕也は答えるのも面倒くさそうにぶっきらぼうに言うと、
「ふーん。ならいいんだけど……」
そこまで興味を持っていなかったらしく、あっさりと流されてしまう。
「今日はちゃんと注意したように皆さんは来てないようですね。安心しました」
と、問題の核心を突くようにアイナがそう漏らす。
その言葉に裕也とユナは「え?」とほぼ同時に尋ねてしまう。
アイナもまた裕也とユナが漏らした言葉の意味が分からず、「え?」と言い返した。
「今、なんて言いました?」
と裕也。
「今日は注意したから、みなさんが来てなくてよかったですね……って言いましたけど……」
裕也に尋ねられた言葉を言い返しながら、アイナはきょとんとしていた。
「えっと、アベルの殺害が起きたから、みんなが来てないわけじゃないんですね?」
「え? 違うと思いますよ? もしかしたら、少しはその影響があるかもしれませんけど、昨日の内に『ユーヤさんたちの邪魔をしないように』って言っておきましたから」
「……なるほどね……」
その言葉を聞いて、裕也は少しだけホッとして、心の中に溜め込みつつあった重い空気をため息と一緒に吐き出す。
それはユナも同じだった。
二人がため息を吐いた理由が全く分からない三人は裕也とユナの様子を不思議そうに見ていたが、その理由を察したミゼルが「あ、なるほど」と漏らす。
「ミゼル先生は何か分かったのですか?」
ミゼルにそう尋ねたのはアイナ。
「昨日の件でまた自分たちが犯人と思われたのかもしれない。そう思ったから、今日はギャラリーが来てないのかもしれない。ユーヤくんたちはそう思ったんですよ」
「そういうことですか! それを考えると、昨日はたくさんのギャラリーがいたのに、今日は全然いないことを考えると、そう勘違いしてもしょうがないですね。先に注意したことを言っておくべした。すみません」
「えへへ」と報告をすることを忘れたに対して、照れ笑いを浮かべつつ、頭を下げようとしてきたため、
「王女様!」
と、その動作を引き止めようとして、裕也が少しだけ大きな声で呼ぶ。
案の定、アイナは「え?」という感じで頭を下げ切る前に下げる動作を止めて、頭を上げた。
「な、なんですか?」
「頭を下げたらダメですよ。セインさんに怒られますよ? 下げたところで誰も言わないとは思いますけど、口を滑らせる可能性だってあるので」
そう言いながら、ユナとアイリを一瞥。
「そ、それもそうですね。止めてくださってありがとうございます。あっ、頭は下げませんよ?」
先ほどの二の舞を踏まないようにお礼を言った後、頭を下げないことへの謝罪と自分でそれをしないことを言い聞かせるようにアイナはそう付け加えた。
「はい、それで大丈夫です」
裕也がにっこりと笑い、そのことに対して気にしないように伝えた後、
「私たちは全然大丈夫じゃないですけどね?」
「なんで、ボクたちが口を滑らせるタイプの人間だと思われてるのかな?」
先ほど一瞥した二人の怒気の混じった文句が裕也へとぶつけられる。
裕也からすれば冗談の割合が多く、ここまで二人から不満がぶつけられると思っていなかったため、
「ほら、可能性だって! だから、気にするなよ。うん、そんなことより訓練だ! さぁ、訓練を始めよう!」
攻められれば自分が負けることが確定しているため、こう言って逃げようと試みる。
二人ともあまり納得がいかない顔をしていたものの、それでも裕也の言い分も間違っていないと思ったらしく、
「裕也くん、あとで覚えておいてくださいね?」
目は全く笑っていない状態で笑うユナ。
「右に同じく」
アイリの方はその不満を隠すことなく、裕也を軽く睨み付けていた。
――オレ、どうなるんだろ……。
この二人がどんな仕返しをしてくるのか、全く想像がつかない裕也は苦笑で、その場を乗り切ることしか出来なかった。




