(1)
裕也はゆっくりと目を開け、真上に映る綺麗な緑色になっている葉を眺めた。
――オレはいったい、何をしてるんだ?
全身で心地良い風の感触を受け、草原などで嗅ぐことが出来る良い匂いを感じながら、ぼんやりと考える。
しかし、頭の中は白い靄がかかったみたいに何も思い出すことは出来なかった。
そんな風に考えていると、横からひょっこりと顔が現れる。
「起きましたか、裕也くん」
顔を覗き込ませてきたのはユナだった。
ユナの笑顔は、現在、裕也が感じているこの環境にふさわしいほどの暖かい笑顔。思わず、その表情を見た裕也も笑顔を返してしまうほど。
「悪い、寝てた。……何時間ぐらい寝てた?」
ゆっくりと身体を起こしながら尋ねると、
「そんなに寝てませんよ。時間にして十分ぐらいですかね。異世界へ転送する時の負荷がかかってしまったみたいですので、これぐらいは普通です」
首を横に振りながら、ユナはフォローの言葉を裕也へと返す。
――ああ、オレ、異世界に来たんだったな。
その言葉と共に、裕也は自分の身に置かれた立場を思い出す。
ユナに本来、生まれるはずだった世界のピンチのことを聞かされ、それをなんとかするためにこの世界に来た、ということを。
「そっか。早くなんとかしないといけないのに――」
ユナの方を向き、その言葉に感謝しようと思った矢先、ユナの服の異変に気が付く。
「――制服じゃない?」
現在のユナの服装は裕也が着ている学校の制服ではなく、黒いワンピースに両手足に何かの紋様が刻まれたブレスレットを付けていた。その紋様は現在の裕也には解読不可能な文字で刻まれており、何を意味するか全く分からなかった。分からなかったものの、あまり良い感じのする物ではないことだけは確かだった。
ユナは少し恥ずかしそうに身体を捻るようにしながら、
「この世界用の服装ってやつです。裕也くんが住んでいた世界ではああいう服装がちょうどいいと思って、調達したんです。ですが、この世界ではこの服装が私の正装……みたいなものなので……」
自分を落ち着かせるように髪を撫で始める。
「へー」
「あ、あの……何かおかしいですか?」
「え? 別におかしくないけど……」
「で、ですよね?」
「どうかしたのか?」
「いえ、そんなマジマジと見てくるので、似合ってないかなって思いまして……」
ユナにそう言われたことにより、自分がマジマジと見ていたことに気が付いた裕也は慌てて顔を逸らす。
「わ、悪い! そんなつもりはなかったんだ!」
「あ……気にしないでください! っていうか、そんなあからさまな態度を取らないでください! 逆に……恥ずかしくなりますから……」
「そ、そうだな」
その言葉に従い、裕也はもう一度、ユナの方へ顔を向ける。
最初は全く意識せずに見ていた裕也だったが、今は少しばかり意識してしまっているため、自然と視線はユナの鼻辺りを見つめることで、それを誤魔化す。
しかし、ユナの方は意識してしまっているらしく、目が泳いでいた。それを誤魔化すようにユナは口を開き、
「こ、これからどうしますか?」
と裕也に尋ねる。
裕也はその質問に対し、首を傾げた。
その質問こそ、これから行動する上で裕也がユナに一番に尋ねたいことだったからだ。
「それって、オレの台詞じゃないのか? これからどう行動したらいいのか、全く分からないんだけど……」
「ッ!? そ、そうですよね! 本当は私が裕也くんを引っ張っていかないといけないのに、
何を言っているんですかね!?」
ユナはアワアワした様子で早口で言うと俯いてしまう。そして、「私のバカ」などと小さな声で少しだけ自虐し始める。
裕也はそんなユナを見ていると、少しだけ心が和み始めていた。
何をどうすればいのか分からない、不安な世界に居る状況で、ユナが裕也の心境を気遣うことなく、自分らしさを出してくれているからだ。
そして、それが少しだけおかしくなってしまい、笑ってしまう。
突如として笑い出した裕也の方へ顔を上げると、
「な、なんで笑うんですか? 何か面白いことでもあり――」
そこでハッとして、いきなり深刻そうな表情へ代わり、
「裕也くん、急いでここから離れましょう。いえ、離れます!」
と、裕也の手を掴み、無理矢理立たせようとする。
裕也はいきなり変わったその表情に意見するなんてことが出来ず、笑いを止めて、その指示に従う。
そして、ユナに引っ張られるままに今まで寝転がっていた大木から離れ、舗装されていない道へと連れ出す。
――ここが一番危なくないか?
ユナの深刻な表情=何かの危険があると判断した裕也はそう思ってしまう。
それぐらいこの場所は周囲を見回すことが出来るからだ。
そんな裕也の気持ちとは裏腹に、ユナは安堵したような表情を浮かべている。
だからこそ、余計にこの場所に連れ出されたことの意味が裕也には分からなくなってしまう。
「なぁ」
「はい、なんですか?」
「なんで、連れ出したんだ?」
「裕也さんが突然笑い出したからです」
「笑い出したから?」
ユナの行動が面白くなって笑い出した裕也にとって、やはりユナのその言葉の意味が分からない。
逆にユナは真面目な顔で、
「もしかしたら、あの大木の葉の鱗粉に笑い出す効果みたいなものが含まれているのかなって思ったので。じゃないと突然笑い出すことなんてないでしょう?」
自分の考えたことを話し始める。
裕也はユナのその言葉にしばらくの間、口を閉ざしてしまう。
理由が真面目すぎて突っ込むことが出来なかった。むしろ、「そんな鱗粉まであるのかよ」、とそのことにも驚いてしまっていた。そして、自分の認識が甘かった、と思い知らされてしまうほど。
そんな風に考えている間にも、ユナは少しばかり不安そうに裕也を覗き込んでいた。
だからこそ、裕也が取れる手段は、
「そ、そうだったのか。突然、笑いたくなったから困ってたんだよ。サンキューな!」
ユナの気遣いをフォローするということだけだった。
「よ、良かったー。もしかしたら――」
「大丈夫だ。ユナの推測は正解だった。本当にありがとう」
「いえ! 私の使命は『裕也くんを守ること』ですから!」
「おう。これからもその調子で頑張ってくれ」
「はい」
推測が当たり、褒められたことに喜ぶユナ。
そんなユナを見て、上手く誤魔化すことが出来たことに裕也は胸を撫で下ろした。